↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/83

第四十六話 主任研究員

夜だった。


 森を抜けた先。


 人気のない倉庫街。


 錆びたコンテナが並び、風だけが吹いている。


 管理局の気配はない。


 ようやく足を止めた。


「終わったか」


「一応な」


 カイは肩の鞄を降ろす。


 鈍い音。


 中には研究資料が詰め込まれていた。


「死ぬほど重かった」


「研究所一つ分だからな」


 当然のように答える。


「第四研究区だけは行くな」


「またそれか」


「全員そう言う」


「全員知ってるからだ」


 99が歩き出そうとする。


「待て」


 カイが呼び止めた。


「その腕」


「何だ」


「それ」


 袖口から幾何学模様のような線が覗いていた。


 手首から指先まで。


 血管とも違う。


 傷とも違う。


 99は少し黙る。


「……よく見てるな」


「どこまで続いてる」


 99は小さく息を吐いた。


「お前にならいい」


 ゆっくり上着を脱ぐ。


 胸。


 肩。


 腹。


 首筋。


 全身へ同じ線が走っていた。


 心臓を中心に。


 枝分かれするように。


 腕へ。


 脚へ。


 首へ。


 まるで体の中に、もう一つ別の循環器官が埋め込まれているようだった。


 カイは目を細める。


 視線が自然と深く潜る。


 血流。


 筋肉。


 神経。


 その奥。


「……血管じゃない」


 思わず漏れる。


 99が頷く。


「構造接続の人工構築」


「最初に成功した完成形」


「それが俺だ」


 カイは息を飲む。


 構造が違う。


 人間なのに。


 人間じゃない。


 全身が別の理屈で動いている。


「何なんだ……これ」


「見過ぎるな」


 99が笑う。


 そのままカイの額へ手を当てた。


 景色が砕けた。


 白い天井。


 手術灯。


 研究員。


 悲鳴。


 拘束具。


 胸が開かれる。


 心臓。


 黒い何か。


 叫び。


 失敗。


 成功。


 子供。


 手術台。


 カイ。


 まだ幼い。


 泣いている。


 麻酔。


 メス。


 絶叫。


 視界が戻る。


 膝が揺れた。


 息が乱れる。


「……今のは」


「俺の記憶だ」


 99は静かだった。


「死ぬなよ」


 風が吹く。


「資料は持っとけ」


「お前の方が必要だろ」


「俺はもう見た」


 短い返事。


 本当かどうか分からない。


 だが。


 それ以上一緒に行く気はないらしい。


「また消えるのか」


「元々そういう役だからな」


 99は笑う。


 数歩歩く。


 止まる。


 振り返らない。


「ロイは殺すな」


 カイが目を細める。


「理由は」


 少しだけ沈黙。


「……多分」


「一番後悔してる」


 それだけだった。


 99は歩き出す。


 今度は止まらない。


 闇へ溶ける。


 やがて気配も消えた。


 タマが隣へ座る。


 赤い目。


 何も言わない。


 カイは鞄を開いた。


 大量の資料。


 被検体管理記録。


 実験報告書。


 研究員名簿。


 その一番上。


 主任研究員一覧。


 写真付きだった。


 そこに書かれている。


ロイ・アーベル


 若い。


 今より十年以上若い顔。


「……主任研究員」


 ページを見つめる。


 第四研究区へ行くな。


 研究所を知っていた。


 実験体を見て理解した。


 全部。


 全部繋がる。


 繋がり過ぎる。


 だからこそ。


 怒りだけが残った。


 資料を閉じる。


「帰るぞ」


 タマが立ち上がる。


 向かう先は一つ。


 闇診療所。


 薬品の匂い。


 缶コーヒー。


 そして。


 全部知っていながら黙っていた男。


 ロイ・アーベル。


 夜風が吹く。


 カイは鞄を担ぎ直した。


 今度は。


 逃がさない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。