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第四十四話 記録室

鉄扉の向こうに人はいなかった。


研究所というより地下施設。


コンクリートの壁。


非常灯だけが赤く点滅している。


足音が反響する。


カイは拳銃を構えたまま降りていた。


タマは少し先を歩いている。


迷いがない。


知っている場所を歩いているみたいだった。


やがて階段が終わる。


重い鉄扉。


半開き。


誰かが無理やりこじ開けた跡が残っていた。


最近ではない。


かなり前だ。


扉を押す。


軋む音。


冷たい空気が流れ出した。


中は広かった。


地下フロア。


受付らしいカウンター。


警備室。


監視室。


全部荒らされている。


モニターは割れ、


端末は持ち去られ、


棚は空だった。


管理局らしい。


消したいものは徹底して消している。


「何もねえな」


独り言が響く。


その時だった。


タマが止まる。


黒い霧が揺れる。


『左』


頭の奥に響く。


カイは視線を向けた。


廊下の奥。


プレートが残っている。


【記録保管室】


「記録ね」


今一番欲しいものだった。


近づく。


電子ロック。


死んでいる。


だが扉は閉じたままだった。


拳を叩き込む。


鈍い音。


蝶番が曲がる。


もう一発。


扉が外れた。


部屋は予想外だった。


大量の棚。


大量の紙。


埃まみれ。


誰も持ち出していない。


いや。


持ち出しきれなかったのかもしれない。


「当たりか」


カイは近くのファイルを開く。


被験体管理記録。


被験体248。


被験体267。


被験体315。


全部知らない番号だった。


さらに漁る。


280。


見覚えがある。


列車で倒した刺突型。


ページを開く。


被験体280。


適合率78%。


戦闘試験継続。


中央移送予定。


写真もあった。


まだ人間だった頃の顔。


若い女だった。


少しだけ手が止まる。


その時。


タマが棚の奥へ向かった。


黒い霧が膨らむ。


縮む。


また膨らむ。


『近い』


まただ。


カイも後を追う。


部屋の最奥。


倒れた棚。


その裏。


小さな金庫があった。


「こんなの隠してたのか」


鍵は壊れていた。


誰かが開けようとした跡がある。


だが途中で諦めたらしい。


カイは周囲を見る。


鉄パイプ。


拾う。


振り下ろす。


二回。


三回。


金属が歪む。


四回目で蓋が吹き飛んだ。


中には紙が数枚。


古い写真。


そして一冊の薄いファイル。


埃を払う。


表紙。


文字が見えた。


《特別管理対象》


ページを開く。


最初のページ。


被験体99。


カイの動きが止まる。


写真は剥がされていた。


名前も黒塗り。


だが結果欄だけ読めた。


《適合》


《生存》


《回収優先度A》


次のページ。


存在しない。


切り取られている。


その次。


また切り取られている。


誰かが意図的に消していた。


だが最後のページだけ残っていた。


カイは目を細める。


そこには一枚の集合写真が挟まれていた。


研究員達。


白衣姿。


古い写真。


十数人いる。


その中央。


見覚えのある男がいた。


思考が止まる。


若い。


今よりずっと若い。


だが間違いない。


「……ロイ」


写真の中央で笑っていた。


闇医者ロイだった。


今まで一度も見たことのない顔だった。


隣には管理局の腕章を付けた男。


後ろには研究所。


新築だった頃の南区研究所。


写真の裏を見る。


日付。


十五年前。


カイは無意識に写真を握り締めた。


ロイは知っている。


第四研究区を。


99を。


そして。


自分のことも。


その時だった。


部屋の奥で音がした。


カタン。


小さい音。


反射的に拳銃を向ける。


「こんな所まで来たか」


「お前」


99だった。


「エストから聞いた」


「護衛と道案内のつもりだったが、手際いいな」


「研究所には縁がある」


「似たような構造ばっかだ」


非常灯が一度だけ明滅する。


赤い光。


次の瞬間。


警報。


『対象確認』


『被験体99』


『被験体776』


『黒体』


99の笑みが消えた。


「時間切れだ」

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