第四十三話 侵入
夜だった。
雨が降りそうな空だった。
古い研究所は街外れにあった。
白かったはずの外壁は灰色に変色している。
窓ガラスは何枚も割れ、
雑草が駐車場を埋めていた。
人の気配はない。
管理局の封鎖線もない。
静かだった。
静かすぎた。
「ここか」
カイはフェンス越しに建物を見る。
タマは黙っていた。
赤い目だけが研究所を見ている。
端末を確認する。
エストから送られた地図。
位置は一致していた。
入口も表示されている。
だが、
建物正面ではなかった。
裏手。
搬入口。
地下へ続く非常通路。
「露骨だな」
罠にしか見えない。
それでも来た。
今さら引き返す理由もない。
フェンスを乗り越える。
着地。
乾いた草が潰れる。
タマは先に歩き始めていた。
迷いがない。
まるで知っているみたいだった。
搬入口は半分崩れていた。
シャッターは歪み、
隙間が開いている。
人が一人通れる程度。
中は暗い。
冷たい空気が流れてくる。
薬品臭はない。
埃と錆の臭いだけだった。
カイは拳銃を抜く。
そのまま中へ入った。
薄暗い通路。
非常灯。
死んでいる。
足音だけが響く。
壁には管理局のマークが残っていた。
古い。
かなり古い。
途中。
エストからのメッセージ。
《現地に案内役を一人置いた》
「いらねえ」
でも姿はいない。
事務室らしい部屋が見える。
ガラスは割れていた。
机。
椅子。
書類棚。
全部荒らされている。
誰かが先に来ていた。
かなり前に。
カイは棚を開ける。
中は空。
ファイルもない。
端末もない。
綺麗に持ち去られている。
「徹底してるな」
管理局らしい。
残したくないものは全部消す。
その時だった。
タマが立ち止まる。
黒い霧が揺れる。
『下』
頭の奥に響く。
カイは視線を落とす。
床。
コンクリート。
ただの床。
だが。
構造接続が反応した。
違和感。
配管。
支柱。
空洞。
その下。
何かある。
「地下か」
タマが歩き出す。
廊下の突き当たり。
重い鉄扉。
鍵は壊れていた。
最近壊されたような跡だった。
エストか。
別の誰かか。
分からない。
取っ手を握る。
重い。
押す。
ギギギ、と音が響く。
冷気が流れてきた。
下へ続く階段だった。
地下。
深い。
かなり深い。
研究所の規模に対して不自然なくらい。
カイは眉をひそめる。
「隠す気満々じゃねえか」
タマは返事をしない。
当然だった。
黒い霧だけが先へ進んでいく。
階段の先。
闇の奥。
微かに赤い光が見えた。
非常灯。
まだ生きている。
誰もいないはずの研究所で。
カイは拳銃を握り直した。
そして地下へ足を踏み入れる。
その瞬間。
頭の奥で、
タマが小さく呟いた。
『近い』
カイの足が止まる。
「何がだ」
返事はなかった。
ただ。
地下のどこかで、
金属が擦れる音がした。
誰もいないはずなのに。




