第三十五話 刺突
地下水路は暗かった。
古いコンクリートの壁。
頭上を走る配管。
濁った水が流れる音だけが反響している。
カイは足を止めた。
少し先。
管理局の輸送車が停車している。
黒い装甲車。
周囲には黒コートが四人。
そして一人だけ青迷彩がいた。
タマが低く唸る。
黒い霧がわずかに濃くなった。
『深い』
頭の奥に響く。
カイは青迷彩を見る。
細身。
背は低い。
おそらく女。
腰には細長いノズル。
背中にはタンク。
右手には八十センチほどのブレード。
普通の回収班ではない。
その瞬間だった。
青迷彩が顔を上げた。
視線が噛み合う。
「接触!」
叫び声と同時にノズルが噴いた。
細い水流。
違う。
針だった。
高速で圧縮された水。
コンクリートを貫通する威力。
カイは横へ飛ぶ。
背後の壁に穴が開いた。
黒コート達が一斉に銃を抜く。
銃声が響く。
地下水路が火花に包まれた。
カイは走る。
避ける。
飛び込む。
だが針が混ざる。
銃弾より読みづらい。
肩が裂けた。
血が飛ぶ。
青迷彩が笑う。
「避けるじゃん」
再びノズルが唸る。
今度は散弾。
壁が蜂の巣になる。
カイは黒コートへ突っ込んだ。
拳を叩き込む。
一人沈む。
もう一人。
首を掴む。
壁へ叩きつける。
動かなくなる。
その間にも青迷彩は止まらない。
刺突。
刺突。
刺突。
異常な速度だった。
だがカイは刃を見ていなかった。
見ていたのは身体だった。
肩。
腰。
足。
呼吸。
動き。
無駄がない。
その瞬間。
脳裏に浮かぶ。
厨房。
魚。
包丁。
老人。
タリム。
あの時と同じだった。
最短。
最速。
最小。
必要な動きしか存在しない。
「……そういうことか」
青迷彩が眉を上げた。
刺突が来る。
速い。
だが。
昨日見たものより遅い。
魚。
包丁。
白い指。
一歩。
必要なのは、それだけだった。
身体がなぞる。
タリムの足運びを。
青迷彩の目が開く。
「は?」
その瞬間。
掌が胸にめり込んだ。
空気が爆ぜる。
青迷彩が吹き飛んだ。
壁へ激突する。
だが空中で姿勢を立て直す。
水流を噴射して着地した。
驚いていた。
初めてだった。
カイは答えない。
もう一度踏み込む。
そのまま。
無駄なく。
一直線に。
掌打。
右脚に痛みが走った。
筋肉が動きについてきていない。
轟音。
青迷彩が壁へ叩きつけられた。
背中のタンクが砕ける。
ノズルが弾け飛ぶ。
崩れ落ちる。
残った黒コート達は逃げようとした。
だがタマの霧が足へ絡みつく。
転倒。
大型拳銃。
二発。
静かになった。
地下水路には水音だけが残る。
「……ロイに怒られるな」
腹から流れる血を見る。
肩も切れている。
結構ひどい。
それでも少し笑った。
面白かった。
今までとは違う。
弱点を見たんじゃない。
動きを盗んだ。
それが妙に気分が良かった。
輸送車へ向かう。
荷台を開ける。
中にはケースが並んでいた。
因子抑制剤。
アンプル。
弾薬。
管理局端末。
当たりだった。
ワイトが喜びそうだ。
だが。
タマは荷物を見ていなかった。
奥を見ていた。
黒い霧が揺れる。
『深い』
視線を追う。
荷台の一番奥。
小さな金属ケースが一つ。
他とは違う。
厳重な封印。
管理番号も消されている。
カイは鍵を破壊した。
蓋を開く。
中には端末が一台だけ入っていた。
古い型だった。
電源を入れる。
画面が点く。
数秒。
そして表示された。
【回収優先順位】
一位 黒体
二位 NO99
三位 776
カイの眉が寄る。
「……は?」
タマが端末を見る。
赤い目が細くなる。
黒い霧が静かに揺れた。
『いた』
小さな声。
頭の奥に響く。
意味は分からない。
だが。
タマは端末を見ていた。
だが数字ではない。
もっと奥にある何かを見るように。




