第三十三話 面接
部屋には煙草の匂いが染み付いていた。
ワイトは椅子に腰掛けたまま、しばらく何も言わなかった。
フィーノは壁にもたれている。
ライフルと長コートも黙っていた。
誰も急かさない。
ただ待っている。
やがてワイトが煙草に火を付けた。
紫煙がゆっくり天井へ昇る。
「じゃあ聞くか」
その一言で空気が変わった。
「何で管理局を殺したい」
単刀直入だった。
カイは少し考える。
だが答えはすぐ出た。
「仲間を殺された」
「誰に」
「管理局に」
「名前は」
喉が少し詰まる。
「リー」
一拍遅れて続けた。
「ワンもだ」
ワイトは何も言わない。
ただ聞いている。
「研究所で死んだ」
「実験で死んだ」
「だから殺す」
短い言葉だった。
だが嘘はなかった。
ワイトは煙を吐く。
「なるほど」
それだけだった。
否定も肯定もしない。
しばらく沈黙が続く。
その時だった。
「で?」
フィーノが口を開いた。
「それだけか?」
「何がだ」
「復讐だけでここ来たのかって話」
少し腹が立つ。
だが答えられない。
復讐。
確かにそうだ。
それは間違いない。
だが、それだけだっただろうか。
リーが死んだ。
ワンが死んだ。
研究所を見た。
255と戦った。
99と戦った。
管理局を見た。
その全部を思い出す。
「……気に入らねえんだよ」
自然に言葉が出た。
「全部だ」
部屋が静かになる。
「人間を番号で呼ぶのも」
「実験するのも」
「捨てるのも」
「消すのも」
拳を握る。
「全部だ」
ワイトが初めて少し笑った。
暗い笑いだった。
「そうか」
それだけ言う。
フィーノは吹き出した。
「重症だな」
「うるせえ」
「安心しろ」
フィーノは肩を竦める。
「ここの連中、大体そんな感じだ」
ライフルも笑う。
長コートも否定しない。
そこでふと視線が動いた。
洗濯物。
まだ僅かに残っていた水滴。
フィーノが指を鳴らす。
次の瞬間には消えていた。
熱。
空気。
水分。
流れ。
見える。
だが分からない。
「お前」
フィーノが眉を上げる。
「ん?」
「指じゃないな」
部屋が少し静かになる。
「何がだ」
「熱じゃない」
カイはフィーノを見る。
「空気の流れを変えてる」
フィーノが笑った。
少しだけ。
「また始まったな」
ライフルが呆れたように言う。
「病気だろ、もう」
長コートも煙草を咥え直す。
フィーノは肩を竦めた。
「正解」
あっさり認めた。
「やっぱり面白いな、お前」
ワイトが灰を落とす。
「観察癖か」
「勝手に見える」
「便利だな」
「面倒だぞ」
即答だった。
フィーノが笑う。
ワイトも少しだけ口元を緩めた。
その時。
廊下の向こうから足音が聞こえた。
ゆっくり。
一定。
誰かが歩いている。
ライフルが黙る。
長コートも煙草を揉み消した。
フィーノの笑顔も消える。
部屋の空気が変わる。
タマが反応した。
黒い霧が揺れる。
赤い目が廊下を見る。
扉は開かない。
ただ足音だけが近付く。
そして通り過ぎる。
一瞬だけ。
廊下の向こうに老人の姿が見えた。
白髪。
小柄。
発泡スチロールの箱を抱えている。
魚でも入っているのかもしれない。
ただの老人。
本来なら。
だが。
カイの視線が止まった。
歩幅。
重心。
呼吸。
足の運び。
全部が綺麗だった。
綺麗すぎた。
177。
255。
99。
フィーノ。
今まで見た誰とも違う。
まるで無駄という概念が存在しない。
そんな歩き方だった。
気付けば立ち上がっていた。
「あの爺さん誰だ」
誰も答えない。
ライフルは視線を逸らした。
長コートは窓を見る。
フィーノは黙る。
ワイトだけが煙を吐いた。
「知らなくていい」
短い言葉だった。
だが。
初めてだった。
この部屋に入ってから。
全員が同じ反応をしたのは。
廊下の向こうでは、もう足音も聞こえない。
それなのに。
なぜか頭から離れなかった。




