第三十話 崩壊
「周りが邪魔だ」
「下でやろうぜ」
足を高く上げる。
靴が裂ける。
足が膨らむ。
人間の倍近くまで。
「おい、やめとけ」
99が止める。
177、足を激しく叩きつける。
ビシ。
大きな音だった。
次の瞬間。
リング中央の亀裂が一気に広がった。
鉄骨が悲鳴を上げる。
床が沈む。
「おい――」
誰かが叫ぶ。
最後まで続かなかった。
ドゴォォォォォン!!
爆音。
リングが崩壊した。
鉄骨。
照明。
コンクリート。
観客席の一部まで巻き込みながら巨大な穴が口を開く。
悲鳴。
怒号。
歓声。
全部が混ざった。
カイの足元も消える。
身体が宙へ放り出された。
横。
99も落ちていた。
黒いコートが闇へ消える。
次の瞬間。
視界が反転した。
轟音。
衝撃。
砂埃。
カイは受け身を取る。
何度か転がり、ようやく止まった。
「っ……!」
肺へ空気を入れる。
見上げる。
遥か上。
崩れたリングが小さく見えた。
巨大な地下空間。
その中央。
古いリングが残されている。
血痕。
錆。
無数の傷跡。
闘技場の深層。
処刑場。
エストの言葉が頭をよぎった。
カイは99と向き合っていた。
砂埃の向こう。
黒いコート。
空っぽの目。
処理場で見た男。
あの日カードケースを投げてきた男。
99だった。
「決着つけるぞ」
99は肩を回した。
「来い」
短かった。
カイは息を吸う。
吐く。
構造接続。
世界から音が消える。
99だけが残った。
肩。
腰。
足。
呼吸。
全部を見る。
さらにその先。
身体が勝手に動く。
99の踏み込み。
99の重心。
99の軌道。
模倣する。
ほとんど同じ動きだった。
99の目が少しだけ細くなる。
だが。
次の瞬間。
カイは気付いた。
誘導されている。
わざと見せられている。
遅い。
99の拳が突き刺さる。
腹。
胸。
顎。
三連撃。
身体が吹き飛んだ。
鉄骨へ叩きつけられる。
「がっ……!」
血を吐く。
だが立つ。
息を吸う。
吐く。
吸う。
吐く。
リーの声が聞こえた気がした。
『焦るな』
息を吸う。
『合わせろ』
吐く。
99は動かなかった。
数秒。
沈黙。
それから。
初めて小さく笑った。
「なるほど」
カイを見る。
「本当に成長したな」
カイが眉をひそめる。
「何なんだお前」
99は答えない。
その代わり。
視線がタマへ向く。
タマが低く唸った。
黒い霧が揺れる。
99はそれを見ていた。
しばらく。
ずっと。
そして。
「なるほどな」
小さく呟く。
「そういうことか」
「何がだ」
99は答えない。
ただ背を向ける。
「まだ早い」
「今のお前じゃ届かない」
歩き出す。
「待て!」
カイが叫ぶ。
99は振り返らない。
「また来る」
それだけ言って闇へ消えた。
177がその背中を見る。
「帰るのかよ」
つまらなそうだった。
だが追わない。
カイを見る。
立っている。
鼻で笑う。
「今日は白けた」
長い腕を肩へ乗せる。
「次はちゃんと殺し合おうぜ」
そのまま去っていく。
処刑場にはカイとタマだけが残った。
その時。
上から声が降ってきた。
「終わりだ」
見上げる。
崩れた観客席。
VIP席。
エストが立っていた。
煙草を咥えている。
「闘技場はしばらく閉める」
「は?」
「中軸が死んだ」
崩れた鉄骨を見下ろす。
「再建に時間がかかる」
部下達が避難誘導を始めていた。
エストはカイを見る。
少しだけ笑う。
「残念だったな」
「金が無くなる」
「知るか」
即答だった。
エストは肩を竦める。
それから。
何か思い出したように言う。
「強い奴とやり合いたいなら」
カイを見る。
「ハンターでもやったらどうだ」
沈黙。
「ハンター?」
エストは煙を吐いた。
「管理局狩りだ」
その言葉で空気が変わる。
154。
99。
研究所。
全部が頭をよぎった。
エストは笑う。
「お前には向いてる」
タマが低く唸った。
「血の匂いしかしねえな」
「隠せたら他は何でもいい場所だ」
黒い霧が揺れる。
カイは何も言わなかった。
一つだけ気になった。
一点、柱の切り口。
「何を見ている」
「ここ」
カイは柱を指した。
「切り口が綺麗すぎる」
エストの目が細くなる。
数秒。
「……なるほどな」
「何がだよ」
エストは答えなかった。




