第二十一話 誤差
白い天井。
見覚えがある。
「……またここか」
脇腹が痛む。
肩も痛い。
だが動ける。
起き上がる。
包帯が軋んだ。
横を見る。
タマが丸くなっていた。
黒い霧の身体がゆっくり膨らみ、ゆっくり縮む。
寝ているらしい。
「犬かよ」
耳だけが少し動いた。
返事はない。
当然だった。
扉が開く。
ロイだった。
缶コーヒーを二本持っている。
一本が飛んできた。
反射で受け取る。
冷たい。
「また世話になったな」
「商売だ」
即答だった。
ロイは椅子へ座る。
机へ何かを置いた。
パチンコ玉だった。
銀色。
見慣れている。
「触れ」
「何で」
「いいから」
雑だった。
カイは拾った。
冷たい。
ロイが三本のペンを机へ立てた。
「当てろ」
カン。
カン。
カン。
三発。
三本。
「もう一回」
同じだった。
カイは玉を見た。
「……違う」
「先が見えてるんじゃねえ」
ロイが目を細める。
「外れる方が消えてる」
沈黙。
ロイは煙草を咥えた。
「早いな」
火を付ける。
煙が上がる。
「少なくとも一つは、誤差修正だ」
「もう一つは?」
「知らん」
ロイは煙を吐いた。
「ただ、今の馬鹿力は別だ」
「前に打ったアンプルが半端に残ってる」
「急に力が出たり出なかったりするだろ」
「本来なら、とっくに死んでる状態だ」
灰が落ちる。
「何かが整えてる」
灰が落ちる。
リングを思い出した。
病室が静かになる。
換気音だけが響いていた。
カイは右手を見る。
拳を握る。
開く。
また握る。
「便利だな」
「代わりに壊れる」
即答だった。
ロイはモニターを起動する。
人体図が映る。
赤い線。
一本。
次。
二本。
胸の奥。
心臓を中心に絡みついていた。
「二核」
ロイが言う。
「お前の中には二つある」
研究所。
資料室。
サカキ。
776。
全部思い出す。
「二核適合体って」
ロイは煙を吐いた。
「言ったろ、一桁だ」
「だから面倒なんだよ」
「普通じゃねえ」
視線がタマへ向く。
黒い犬。
赤い目。
静かにこちらを見ていた。
「そっちは?」
「知らん」
即答だった。
「中央もよく分かってねえ」
「ただ」
ロイがタマを見る。
「お前に反応してる」
タマが立ち上がった。
ゆっくり近付いてくる。
脇腹へ鼻先が触れた。
熱が流れた。
傷の痛みが少し遠くなる。
眉が上がる。
「……お前」
頭の奥。
声。
『足りない』
カイの動きが止まった。
まただった。
確かに聞こえた。
「何がだ」
沈黙。
タマは見上げる。
赤い目。
次の瞬間。
『まだ』
それだけだった。
声は消えた。
病室に換気音だけが残る。
ロイが煙草を持つ手を止めていた。
「今」
「喋ったか」
「知らん」
カイは答えた。
本当に分からなかった。
だが。
確実に聞こえた。
足りない。
まだ。
それだけ。
タマは何事もなかったように座り直した。
尻尾だけがゆっくり揺れる。
ロイは深いため息を吐いた。
「帰れ」
「何でだよ」
「面倒だ」
即答だった。
煙を吐く。
「お前も」
灰が落ちる。
「そいつも」
また灰が落ちる。
「面倒だ」
雨が窓を叩く。
しばらく誰も喋らなかった。
やがてロイが立ち上がる。
扉へ向かう。
その途中で止まった。
「そういや」
振り返る。
「次の相手」
カイは顔を上げる。
「因子持ちだぞ」
病室が静かになった。
「何系だ」
「知らん」
ロイは肩を竦める。
「だから面倒なんだよ」
扉が閉まる。
換気音だけが残る。
カイは天井を見上げた。
二核。
776。
タマ。
足りない。
因子持ち。
頭の中で全部が繋がりそうで繋がらない。
横を見る。
タマがこちらを見ていた。
赤い目が揺れる。
「お前」
小さく呟く。
「何なんだよ」
返事はなかった。
次の試合まで。
あと二日だった。




