第二十話 闇バトル
金網が閉まる。
向こう側には大男が立っていた。
身長は二メートル近い。
腕は丸太みたいだった。
首を鳴らす。
観客が笑う。
「新人だ」
「終わりだろ」
「三発持てば上等」
カイは何も言わなかった。
大男を見る。
肩。
腰。
膝。
足首。
呼吸。
重心。
全部を見る。
ブザーが鳴った。
大男が突っ込んでくる。
速い。
普通の人間ならそう思った。
だが。
カイには違った。
肩が回る。
腰が流れる。
重心が前へ乗る。
次に何が起きるか。
先に見えた。
脇腹が空く。
そこだった。
半歩。
横へずれる。
拳が空を切る。
同時に踏み込む。
拳を脇腹へ打ち込んだ。
鈍い音。
大男の身体が浮いた。
金網へ激突する。
リングが揺れた。
沈黙。
大男は起き上がらなかった。
観客席が静まり返る。
誰も理解できなかった。
カイ本人も少し理解できなかった。
「……そこまで筋トレした覚えねえぞ」
「・・またお前か?」
タマを見る。
誰も答えない。
控室へ戻る。
スーツの男が待っていた。
笑顔が少し固い。
「お前」
ペットボトルを投げる。
受け取る。
一気に飲む。
「次」
男が黙った。
それから苦笑した。
「好きだぞ」
「そういうの」
次は八位だった。
リングへ上がる。
観客席はさっきより埋まっている。
視線が集まる。
相手は女だった。
細い。
軽い。
笑っている。
両手には歪なナイフ。
「新人好きなんだよね」
女が笑う。
「壊れる音が面白いから」
ブザー。
次の瞬間。
消えた。
速い。
本当に速い。
刃が首を掠める。
肩を掠める。
頬を裂く。
見えている。
全部見えている。
肩。
肘。
手首。
重心。
軌道。
全部だ。
なのに。
速い。
避けるだけで精一杯だった。
「避け続ける?」
女が笑う。
「無理だよ」
踏み込んでくる。
金網が近い。
逃げ場が少ない。
脇腹が裂ける。
血が飛ぶ。
肩も切られる。
観客席が沸く。
「殺せ!」
「首だ!」
「やれ!」
うるさい。
女の笑みが深くなる。
だが。
そこで。
頭の奥が噛み合った。
255。
研究所。
拳。
速度。
理不尽。
あれに比べれば。
まだ見える。
まだ読める。
女が首を狙って踏み込む。
肩が落ちる。
肘が開く。
重心が左へ流れる。
次。
半歩。
横へ。
刃が空を切った。
右足を振り抜く。
膝へ。
鈍い音。
女が崩れる。
首筋。
手刀。
一撃。
女はそのまま倒れた。
動かない。
観客席が静まり返る。
今度は完全な沈黙だった。
八位が負けた。
誰も予想していなかった。
カイは肩を押さえた。
血が滲んでいる。
痛い。
普通に痛い。
「いてぇ……」
リングを降りる。
歓声が戻る。
だが最初とは違った。
嘲笑ではない。
熱狂だった。
視線が集まる。
期待。
興奮。
金。
色々な感情が混ざっていた。
その中で。
一つだけ。
違う視線を感じた。
カイは顔を上げる。
VIP席。
暗い。
顔は見えない。
一人だけ立っていた。
動かない。
ただ。
こちらを見ている。
タマが低く唸った。
今まで聞いたことのない声だった。
その瞬間。
頭の奥が痛んだ。
針を刺されたみたいな痛み。
視界が揺れる。
一瞬だけ。
何かが見えた。
危険。
それだけだった。
情報もない。
理由もない。
ただ。
危険。
本能みたいに理解した。
痛みはすぐ消えた。
VIP席を見る。
もう影は動いていない。
だが。
確信だけが残った。
255とも違う。
154とも違う。
あれは。
もっと面倒な何かだった。




