第十六話 突破
255は崩れ落ちたままだった。
右脇腹を押さえたまま動かない。
いや。
動けない。
床に片膝をつき、呼吸だけを繰り返している。
赤い目だけがカイを見ていた。
初めてだった。
255が苦しそうな顔をしているように見えたのは。
鉄パイプを握る。
手が熱い。
身体も熱い。
心臓が暴れている。
だが。
頭だけは妙に冷えていた。
見えていた。
255の身体。
骨。
筋肉。
血流。
全部。
そして。
右脇腹だけが歪だった。
古い傷。
無理に繋がれた構造。
そこへ全力で叩き込んだ。
効いた。
確実に。
通信機が光る。
『255』
ノイズ。
『状況は』
255は答えない。
答えられない。
沈黙だけが返る。
レムルの顔色が変わった。
255を見る。
カイを見る。
また255を見る。
理解できない顔だった。
無理もない。
さっきまで絶対だった。
管理局の怪物だった。
それが今。
床を這っている。
「……嘘だろ」
掠れた声だった。
カイはレムルを見る。
昔の顔が浮かぶ。
高架下。
缶コーヒー。
焼肉。
馬鹿みたいな笑い声。
全部浮かぶ。
その上から。
別の声が重なった。
『高かった』
奥歯が鳴る。
レムルが一歩下がる。
「待て」
「聞け」
「俺は――」
カイは小さく笑った。
乾いた笑いだった。
「命の味は旨かったか」
レムルが止まる。
「……何」
「リー」
「ワン」
「俺」
沈黙。
「三人分だ」
レムルの顔が歪む。
「違う」
「聞け」
「俺だって生きるためだった」
「俺も死にたくなかった」
「だから――」
「そうか」
カイは頷いた。
本当に納得したように。
静かに。
「じゃあ仕方ねえな」
鉄パイプを握る。
レムルの目が見開かれる。
「今度はお前の番だ」
発砲。
銃声。
閃光。
だが。
遅い。
全部見える。
肩。
肘。
指。
引き金。
全部。
身体が自然に動く。
弾丸が横を通り過ぎた。
レムルの顔から血の気が引く。
距離が消えた。
気付いた時には。
カイは目の前にいた。
恐怖。
初めてだった。
レムルの顔にそんな感情が浮かんだのは。
「お前」
カイは少しだけ笑った。
「本当にジャンクになったな」
踏み込む。
鉄パイプを振る。
轟音。
空気が爆ぜる。
レムルの身体が消えた。
壁を突き破る。
一枚。
二枚。
三枚。
四枚。
止まらない。
コンクリートが砕ける。
研究所全体が揺れる。
警報が鳴り始めた。
赤灯が回る。
煙が舞う。
崩れた壁の向こう。
レムルの姿は見えなかった。
生きているか。
死んでいるか。
興味もなかった。
終わった。
それだけだった。
カイは息を吐く。
熱い。
まだ熱い。
身体の奥で何かが燃えている。
走る。
外へ出る。
その時だった。
チャリ。
小さな金属音。
闇夜の、先から聞こえてくる。
タマが唸った。
今まで聞いたことがないほど低く。
強く。




