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第十五話 回収対象

資料室に銃声が響いた。


 閃光。


 反射的に身体が沈む。


 弾丸が頬を掠めた。


 熱い。


 直後、背後のモニターが砕け散った。


 火花が飛び、青白い光が消える。


「チッ」


 レムルが舌打ちした。


 拳銃を構えている。


 見覚えがあった。


 昔、店の奥で分解していた拳銃だ。


 あの頃は横で眺めていた。


 今は違う。


 銃口がこちらを向いている。


「避けるなよ」


 発砲。


 カイは横へ飛ぶ。


 弾丸が机を砕く。


 木片が舞う。


 その横で255は動かなかった。


 ただ立っている。


 赤い目だけがカイを見ていた。


「対象776」


 抑揚のない声。


「確保」


 人間の声なのに、人間に聞こえなかった。


 レムルが笑う。


「面倒だからさ」


「大人しくしてくれ」


 カイは答えない。


 頭の奥が熱かった。


 リー。


 ワン。


 レムル。


 三人で笑っていた光景が浮かぶ。


 同じ顔だ。


 同じ声だ。


 なのに。


 何もかも違っていた。


『高かった』


 その言葉だけが残っている。


 奥歯が鳴る。


 レムルがまた撃つ。


 発砲。


 発砲。


 発砲。


 資料室が穴だらけになる。


 カイは棚を飛び越えた。


 その瞬間。


 255が動いた。


 視界から消える。


「――ッ!?」


 腹に衝撃。


 身体が吹き飛んだ。


 棚を突き破る。


 肺から空気が消えた。


 息ができない。


 痛みより先に理解できなかった。


 255を見る。


 元の場所に立っている。


 何が起きた。


 どう動いた。


 見えなかった。


「そっち相手は無理だろ」


 レムルが笑う。


 カイは立ち上がった。


 脚が震える。


 肩が痛む。


 肋骨も悲鳴を上げている。


 それでも立つ。


 255が近付いてくる。


 一定の速度。


 無駄がない。


 距離だけが消えていく。


 タマが飛び出した。


 黒い霧が伸びる。


 255の腕へ絡み付く。


 止まる。


 一瞬だけ。


「今だ!」


 出口へ走る。


 だが。


 レムルが回り込んだ。


 発砲。


 床が弾ける。


 逃げ場が消える。


 前。


 レムル。


 後ろ。


 255。


 挟まれた。


「終わりだな」


 レムルが言う。


 昔と同じ口調で。


 軽く。


 気楽に。


 それが一番腹立たしかった。


 リーが死んだ。


 ワンが死んだ。


 こいつが売った。


 なのに。


 何も変わらない。


 胸の奥が焼ける。


 呼吸が荒くなる。


 その時。


 ポケットの中で指が何かに触れた。


 硬い。


 ケース。


 アンプル。


 黒い液体。


 打てば何が起きる。


 分からない。


 死ぬかもしれない。


 それでも。


 これが何か。


 知れる。


 研究資料。


 二核因子。


 255が来る。


 時間がない。


「……ちょうどいい」


  ケースを取り出す。


 黒いアンプル。


 レムルの眉が動いた。


「それ――」


 聞かない。


 キャップを噛む。


 引き抜く。


 針を右腕へ突き刺した。


 躊躇は一瞬だった。


 押し込む。


 全部。


 最後の一滴まで。


 空になる。


 アンプルが床へ落ちた。


 転がる。


 静寂。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 何も起きない。


 レムルが笑った。


「馬鹿か?」


 255は止まらない。


 一歩。


 また一歩。


 近付いてくる。


 その時だった。


 心臓が鳴る。


 ドクン。


 もう一回。


 ドクン。


 熱い。


 身体が熱い。


 腕が熱い。


 頭が熱い。


 血管の中を溶岩が流れているみたいだった。


 視界が歪む。


 床が遠い。


 近い。


 遠い。


 近い。


 世界が揺れる。


 タマが低く唸った。


 255が止まる。


 初めてだった。


 赤い目が僅かに動く。


 レムルの笑顔も消えた。


「……おい」


 身体の奥で何かが開いた。


 そんな感覚だった。


 視界が255へ吸い寄せられる。


 違う。


 見えているものが違う。


 病衣。


 皮膚。


 筋肉。


 骨格。


 呼吸。


 全部が見える。


 情報が流れ込んでくる。


 255。


 速い。


 強い。


 だが。


 右脇腹。


 そこだけ違った。


 古傷。


 深い裂傷。


 治っている。


 だが完全じゃない。


 動くたびに僅かに庇う。


 筋肉の収縮が乱れる。


 そこだ。


 視線が固定される。


 他が消える。


 右脇腹。


 右脇腹。


 右脇腹。


 リー。


 ワン。


 レムル。


 高かった。


 売った。


 全部見た。


 全部知った。


 だから。


 お前も見ろ。


 255が動く。


 見える。


 踏み込み。


 肩。


 重心。


 腕。


 全部見える。


 床に転がっていた鉄パイプを掴んだ。


 255が拳を振るう。


 紙一重で避ける。


 コンクリートが砕ける。


 その瞬間。


 カイは踏み込んだ。


 狙う場所は一つだけ。


 右脇腹。


 フルスイング。


 鉄パイプが唸る。


 255の目が初めて動いた。


 反応。


 遅い。


 直撃。


 ゴギッ――


 嫌な音が響いた。


 255の身体が折れる。


 脇腹が潰れる。


 吹き飛ぶ。


 棚へ激突。


 鉄が歪む。


 資料が舞う。


 255は起き上がろうとした。


 一度。


 二度。


 三度。


 立てない。


 脇腹を押さえたまま崩れ落ちる。


 赤い目が揺れていた。


 レムルが固まる。


 理解できない顔だった。


 無理もない。


 さっきまで圧倒していた相手が。


 一撃で倒れたのだから。


 カイは荒い息を吐いた。


 熱い。


 まだ熱い。


 視界の奥で何かが軋んでいる。


 255を見る。


 通信機へ手を伸ばしている。


 レムルを見る。


 そして。


 初めてレムルの顔に浮かんだ感情を見た。


 恐怖だった。






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