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第十四話 二核(後半)

引き出しが揺れた。


 机の下。


 少しだけ飛び出している。


 引き出し。


 立ち上がる。


 引く。


 固い。


 もう一回。


 動かない。


 三回目。


 力任せに引っ張った。


 ガンッ。


 引き出しが最後まで飛び出す。


 書類が舞う。


 ケースが転がる。


 薬品瓶が床へ落ちた。


 割れる。


 透明な液体が広がる。


 だが。


 カイは見ていなかった。


 その奥。


 引き出しの一番奥。


 そこだけ妙に綺麗だった。


 隠すように置かれている。


 透明ケース。


 ひとつ。


 しゃがむ。


 肩が痛む。


 無視した。


 ケースを拾う。


 埃がない。


 最近まで触られていたみたいだった。


 開く。


 中。


 黒いアンプル。


 一本だけ。


 ラベル。


 手書き。


【打つ】


【二核適合者向け】


 短い。


 それだけ。


 二核適合体。


 776。


 俺。


「……俺用か?」


 タマを見る。


 黒体。


 赤い目がアンプルから離れない。


 断定はできない。


 でも。


 試せば分かる。


「……何だよ」


 アンプルを持ち上げる。


 液体が揺れる。


 黒い。


 異様だった。


 光を反射しない。


 吸い込んでいるように見える。


 目が離せない。


 気持ち悪い。


 なのに。


 知りたい。


 何だこれは。


 何のためにある。


 視線。


 固定。


 タマが立ち上がった。


 近付く。


 アンプルを見る。


 赤い目。


 逸らさない。


「知ってるのか」


 返事はない。


 だが。


 初めてだった。


 タマがここまで何かへ反応したのは。


 カイはアンプルをケースへ戻した。


 ポケットへ入れる。


 その瞬間。


 資料室から音が消えた。


 換気音。


 風。


 電子音。


 全部。


 止まる。


 静寂。


 タマが顔を上げる。


 扉を見る。


 赤い目が細くなる。


 カイも振り返った。


 資料室の扉。


 ゆっくり開いていく。


 隙間が広がる。


 誰かいる。


 分かった。


 姿が見える前に。


 気配だけで。


 一人。


 入ってくる。


 止まる。


 沈黙。


 長い。


「……は?」


 男だった。


 義手。


 煙草。


 見覚えがある。


 忘れるはずがない。


 レムル。


 レムルも固まっていた。


 カイを見る。


 胸を見る。


 顔を見る。


 信じられないものを見る目だった。


 煙草が落ちる。


 床を転がる。


「お前……」


 掠れた声。


「生きてたのか」


 カイは何も言わない。


 レムルを見る。


 昔と同じ顔。


 昔と同じ声。


 昔と同じ笑い方。


 なのに。


 別人だった。


「驚いたぞ」


 レムルが笑う。


 あの店で見た笑顔と同じだった。


 だから余計に寒かった。


「リーも」


「ワンも死んだ」


 沈黙。


「お前だけか」


 耳鳴り。


 始まる。


 リー。


 缶コーヒー。


 ワン。


 焼肉。


 爆竹。


 レムルの店。


 全部。


 一瞬で流れる。


 喉が動いた。


「……何でだ」


 レムルは肩を竦めた。


 軽かった。


 本当に軽かった。


「高かった」


 昨日の仕入れ値でも話すみたいに。


 カイは笑った。


 自分でも驚くほど冷たい笑いだった。


「そうか」


 レムルが眉を上げる。


「何だ」


「命の味は旨かったか」


 沈黙。


 笑みが少し消える。


「リーとワン売って」


「焼肉くらい食えたか」


 義手が小さく鳴った。


「……仕事だ」


 その言葉で。


 何かが終わった。


 怒りじゃない。


 もっと冷たい何かだった。


「便利だな」


 カイは鼻で笑う。


「仕事って言っときゃ」


「何でも許される」


 レムルの目が細くなる。


 カイは視線を外さない。


「でも安心しろ」


 沈黙。


「今度はお前が売られる番だ」


 レムルの笑顔が消える。


「値段付くといいな」


「命」


 空気が凍った。


 その時。


 廊下の奥。


 足音。


 一定。


 迷いがない。


 もう一人。


 入ってくる。


 白。


 病衣。


 痩せた身体。


 赤い目。


 255。


 資料室が急に狭くなった。


 255は止まらない。


 カイを見る。


 胸を見る。


 首を見る。


 観察している。


 まるで物を見るみたいに。


 人間じゃない。


 だが。


 人間に見える。


 そこが気持ち悪かった。


 通信機が光る。


「対象確認」


『どうした255』


「回収対象776」


『生存確認か』


「確認」


『確保しろ』


 255が一歩前へ出る。


 床が軋む。


 タマが低く唸った。


 初めて聞く声だった。


 255は止まらない。


「同行しろ」


「断る」


「同行しろ」


「断る」


 沈黙。


 長い。


 255は瞬きすらしない。


 観察。


 計測。


 評価。


 そんな言葉が似合う目だった。


 レムルが横で笑う。


「やめとけ」


「痛いぞ」


 カイが視線を向ける。


 拳銃。


 抜いていた。


 黒い銃口。


 真っ直ぐ。


 向いている。


「悪く思うな」


「仕事なんだ」


 カイはレムルを見た。


 それから255を見る。


 二核。


 黒体。


 776。


 アンプル。


 255。


 全部。


 繋がる。


 そんな予感がした。


 怖い。


 だが。


 知りたい。


 それが勝った。


 次の瞬間。


 レムルが引き金を引いた。


 閃光。


 爆音。


 資料室が白く弾けた。


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