第十二話 闇カジノ
夜だった。
スラムの外縁。
壊れかけたネオンが死にかけた色を撒き散らしている。
光は水溜まりに滲み、赤とも青ともつかない色になって流れていた。
カイは歩きながらポケットから身分証を引っ張り出した。
角が指に刺さる。
作業員証。
名前も知らない。
だが今は自分の身分証代わりだった。
「……返す相手もいねえだろ」
財布を開く。
札は二枚。
終わっていた。
研究所へ行くにも金がいる。
第4都市西から東。
歩いて行く距離じゃない。
飯もいる。
移動手段もいる。
「身分証がいつまで持つか」
「怪我したら終わりだろ、今の俺」
現実は意外と面倒だった。
腹が鳴る。
横ではタマが黒い影のように歩いていた。
割れたコンクリートを避ける。
跳ぶ。
着地する。
また跳ぶ。
妙に楽しそうだった。
「研究所行くにも金だ」
「飯もいる」
返事はない。
いつも通りだった。
タマは前だけ見ている。
やがて路地の奥へ辿り着く。
地下へ続く階段。
湿っていた。
鉄扉を押す。
熱気が吹き出す。
安酒。
煙草。
汗。
酸っぱい臭い。
全部まとめて顔へぶつかった。
地下は広かった。
怒鳴り声。
歓声。
チップの擦れる音。
笑い声。
罵声。
全部混ざっている。
バカラ。
ルーレット。
カード。
興味はなかった。
視線は自然と奥へ向く。
壁際。
古いパチ台。
液晶は半分死んでいた。
「お前まで居るのか」
思わず呟く。
誰に言ったのか自分でも分からない。
席へ座った。
札を全部入れる。
玉が落ちる。
冷たい。
指先で転がす。
ハンドルへ手を置く。
少しだけ目を閉じた。
鉄球。
壁。
缶。
廃工場。
全部浮かぶ。
あの日から妙だった。
狙った場所へ当たる。
外れない。
理由は分からない。
だが気になる。
知りたい。
だから試す。
研究所へ行く金は欲しい。
だが。
本音を言えば。
こっちだった。
この異常が何なのか。
知りたかった。
ハンドルを回す。
玉が飛ぶ。
中央へ入る。
カコン。
眉が寄る。
もう一発。
中央。
カコン。
また。
中央。
カコン。
止まる。
釘を見る。
盤面を見る。
液晶を見る。
違う。
もう一度回す。
中央。
カコン。
少し角度を変える。
中央。
カコン。
親指を離す。
中央。
カコン。
「……は?」
小さく呟いた。
そこで周囲の音が消えた。
玉。
回転。
釘。
反射。
落下。
角度。
速度。
見える。
次が。
その次も。
その次も。
中央。
中央。
外れない。
なぜ。
どうやって。
何が起きてる。
釘じゃない。
台じゃない。
玉でもない。
自分だ。
自分の方だ。
戻る。
意識が浮上する。
箱が増えていた。
玉が増えていた。
周囲は騒がしい。
なのに。
カイの席だけ妙に静かだった。
店員が近付いてくる。
盤面を見る。
腕を組む。
無線へ触る。
「14番台」
「全部センター入る」
ノイズ。
『磁力か』
「反応なし」
『センサーは』
「正常」
少し沈黙。
『レイドの新顔だ』
『揉めてホームレスに入口固められたらかなわん』
『放っとけ』
店員が露骨に嫌そうな顔をした。
真後ろへ立つ。
「おい」
振り向かない。
「変な真似したら裏だぞ」
玉を流す。
中央。
カコン。
「ついてるだけだろ」
「今まで吸われた分」
「返ってきただけだ」
店員は盤面を見る。
また見る。
さらに見る。
本気で意味が分からない顔だった。
足元ではタマが丸くなっている。
「……ペット禁止だ」
「次は連れてくるな」
「噛まねえぞ」
タマが少しだけ口を開く。
閉じる。
また開く。
店員が顔をしかめた。
「キモ」
去っていく。
夜中だった。
換金所。
狭い窓から札束が滑ってくる。
一万円札。
何十枚。
掴む。
弾く。
本物だった。
「……助かる」
胸ポケットへ突っ込む。
重い。
安心する。
だが安心以上に。
別の感情が残っていた。
あの感覚。
見えていた。
玉の軌道が。
結果が。
少し前からずっとそうだ。
NO。
切断面。
鉄球。
壁。
パチンコ玉。
全部どこかで繋がっている気がする。
あと少し。
本当にあと少しで分かりそうだった。
外へ出る。
夜風が冷たい。
胸を叩く。
札束が厚い。
「研究所までは行けるな」
タマが隣にいた。
尾を振る。
一回。
二回。
三回。
そこで止まる。
赤い目が一点を見つめていた。
研究所の方角だった。
「……は?」
タマが立ち上がる。
黒い影が伸びる。
走る。
闇へ飛び込む。
「おい!」
返事はない。
黒い尾だけが角の向こうへ消える。
舌打ちする。
「お前、場所知ってんのか」
走る。
追う。
夜風が強い。
遠く。
闇の向こう。




