第十一話 価値
廃材置き場の砂の中で目を覚ました。
顔半分が埋まっている。
息を吸おうとして咳き込んだ。
「っ……クソ……!」
身体を起こそうとして止まる。
右腕が力なく垂れている。
肩から先。
自分の身体なのに、他人の腕みたいだった。
横ではタマが座っていた。
相変わらず何もしない。
赤い目でこちらを見ているだけだ。
頭の左右から伸びた細い霧が揺れていた。
腹が立った。
「手伝え」
当然動かない。
カイは左手を伸ばした。
肩へ触れる。
痛い。
もっと痛い。
吐き気が込み上げる。
息を吐く。
吸う。
止める。
肩を掴む。
引く。
戻らない。
もう一回。
引く。
戻らない。
「マジかよ」
空は灰色だった。
誰もいない。
最悪な光景なのに、不思議と恐怖はなかった。
その代わり。
疑問だけが残る。
どうしてこうなった。
昨日の練習。
自分の身体。
あの力。
思い返そうとして頭が痛くなる。
考えるのは後にした。
まず腕だ。
肩を掴む。
勢いだけで引いた。
ゴキッ!!
頭の奥で何かが鳴った。
視界が真っ白になる。
額から地面へ突っ込んだ。
「がッ……!」
胃液が込み上げる。
吐く。
砂を掴む。
爪に入り込む。
呼吸が戻らない。
吐く。
吸う。
吐く。
吸う。
繰り返す。
泥混じりの唾を吐き捨てる。
肩を動かす。
動いた。
指を握る。
開く。
握る。
開く。
「……戻った」
立ち上がる。
少しふらつく。
それでも立てた。
問題ない。
いや。
問題だらけだ。
だが今はどうでもよかった。
目を閉じる。
数秒だけ。
リーの顔が浮かんだ。
ワンの顔も浮かんだ。
焼肉。
笑い声。
射撃場。
全部昨日みたいだった。
もういない。
胸の奥が少しだけ痛んだ。
その痛みを無理やり押し込める。
今はまだ止まれない。
知るまで。
全部。
夜。
スラムへ戻った。
入口の鎖はまだ残っている。
見張りが顔を上げた。
何も言わない。
通る。
奥へ進む。
レイドがいた。
煙草を咥えている。
机の上には酒瓶。
通信機。
灰皿。
相変わらず散らかっていた。
「生きてるな」
「見りゃ分かる」
椅子を引く。
座る。
肩がまだ熱かった。
レイドが肩を見る。
顔を見る。
また肩を見る。
「馬鹿か」
「知ってる」
レイドは鼻で笑った。
煙を吐く。
換気扇が低く回る。
「で」
「どうする」
返事はしなかった。
部屋の隅でタマが座っている。
赤い目だけが暗闇に浮いていた。
レイドの視線がそこへ向く。
一瞬止まる。
煙草が少し短くなった。
「ここ出る」
「野暮用だ」
レイドの眉が動く。
「研究所か」
返事はしない。
ポケットを探る。
石を机の上のばらまく。
10個前後。
机へ置く。
転がる。
レイドが石を見る。
カイは全部手に取った。
1つずつ感触を確かめる。
「何する気だ」
カイは答えない。
軽い。
どこへ飛ぶか分かる。
まただ。
最近ずっとそうだった。
見える。
結果が。
理由は分からない。
だから試したくなる。
腕を振った。
バガガガガガガガッ!!
部屋が震えた。
耳が潰れる。
肩が裂ける。
火花が散る。
レイドの頬を掠める。
煙草が落ちた。
石は消えていた。
レイドは動かない。
ゆっくり振り返る。
壁を見る。
鉄板を見る。
穴を見る。
また見る。
さらに見る。
無数だった。
人一人通れそうな穴が空いていた。
沈黙。
長い。
レイドが立ち上がる。
穴へ近付く。
指を差し込む。
向こう側まで抜ける。
振り返る。
「……おめえ」
少し声が裏返っていた。
「何だこれ」
カイは肩を押さえた。
熱い。
脈打っている。
身体の奥で何かが動いている感覚があった。
不快だった。
だが。
少しだけ面白かった。
なぜこんなことになった。
どうやったらこうなる。
知りたい。
その気持ちが先に来る。
「知るか」
レイドは笑わなかった。
煙草も吸わない。
壁の穴だけ見ている。
「とんでもねえぞ」
「これ」
「自分で分かってんのか」
「だから知らねえって」
立ち上がる。
出口へ向かう。
当たるのは分かる。
でも。
何でこんな威力になる。
「お前、何かしたか」
タマを見る。
返事はない。
リーだったら大笑いしていた。
ワンなら絶対に触ろうとして怒られていた。
そんなことを少しだけ思う。
だが振り返らない。
止まらない。
「やりてえようにやる」
「それだけだ」
レイドが呼んだ。
「カイ」
足だけ止まる。
振り返らない。
「死ぬなよ」
少し考える。
本当に少しだけ。
「善処する」
扉を開ける。
夜風が入ってくる。
外は暗かった。
住民たちが集まっている。
視線が刺さる。
肩で割って進む。
後ろで声が聞こえた。
「レイド」
「あいつ行かせていいのか」
沈黙。
煙が部屋から流れる。
短い返事だけ聞こえた。
「放っとけ」
少し間が空く。
「俺たちじゃ無理だ」
煙草を潰す音がした。
路地は冷たかった。
タマが横を歩く。
黒い影が足元に伸びる。
研究所。
黒い犬。
自分の身体。
知りたいことが増え続けている。
普通なら嫌になるんだろう。
でも。
カイは少しだけ笑った。
面白くなってきた。
そう思ってしまった。
それが一番気持ち悪かった。




