第4話 魔族
――うーん、むニャむニャ……
陽だまりの中のフカフカしたクッションとカーテンの温もり。嗅ぎ慣れたボクの匂いがする猫ベッド。
……のはずだったのに。
赤黒い光が、ボクを現実に引き戻す。
まぶたを開くと、石の壁。天井には真っ赤なシャンデリアが見える。
(はぁ、夢じゃなかった……ニャ。)
見渡すと魔王城の豪華な一室。その部屋の天蓋つきのベッドで寝ていた。窓の外を見ると、黒い雲が渦を巻いている。
そう、ここは魔王城。あれからどうにか脱出しようとしたが、外に出ようとする度ノクティスが現れ止められていた。
(はぁ、いつになったら帰れるのだろう)
気を紛らわせるように毛繕いをしていると、廊下の向こうから鎖のジャラジャラした音、ベタベタと荒々しい足音。何かを引きずる音が聞こえる。
(……今度は、何だ?)
ドンッと大きな音と共に扉が開き、冷たい風が吹き込んだ。また現実に引き戻される。
「お前、星閃ステラ、本当?」
「はニャ?」
ガラガラの声。
長いストレートの黒髪。焦点の合ってない瞳にギザギザの歯。
黒い服の裾から覗く岩のような黒い足と大きなしっぽ。首には長い鎖を巻かれていて、歩く度に音が鳴る。異様な見た目から、人間ではないとわかる。
ゴゥッ!!
風が鳴いたと思った瞬間、奴は目の前にいた。
「毛並み、美味しそう。」
ニタニタ笑って歯を見せている。
顔が近い。近すぎる。
やばい、食われる。そう思うと同時に右の前足を出してしまう。
ポコン。
女の鼻に、柔らかい肉球が間抜けな音を立てて当たる。
(しまった。反射でやっちゃった……!)
遅かった。女の顔が無表情になる。
まずい、殺される……と思いながらも動けない。
ずるりと前足が滑り落ち、女の唇に肉球がむにむにと当たる。女の目がみるみる大きく見開いていく。
やばい、食べられる……!
と思った瞬間――突然抱きしめられる。
「オマエ、気に入った!」
「はニャ?」
「名前、アルバ。美味しいもの、好き。」
奇遇だニャ。ボクも美味しいものは好き。特にまぐろチューブ。
「人間、食べる、一番好き。でもノクティス様、ダメって言う。」
「ニャ、人間を食べ……」
急にアルバの顔が近づく。口を開けばすぐにでも噛みつかれそうな位置だ。
「どうして人間、食べる、ダメ?」
「ニャ……」
ボクも肉食ではあるけど、あの生き物を食べようとは思わない。美味しくなさそうだから。
「ノクティス様、ダメって言う。食べたい食べたい食べたい。」
(やばい、やばい、やばい……!! )
突然アルバの体が、小刻みに震え出す。
抑えきれない食欲を、死ぬ気で抑え込むように。そんな震え方だった。
(怒らせた。どうしよう、死ぬ!)
「ぐあーーーーーッッッ!!! 」
大きなポケットから何かを取り出してばらまいた。
石だ。たくさんの石。
大きな音を立てて転がっていく。
「最近、コレ!! 人間の代わり。美味しい!! 」
突然石を口に放り込む。ギザギザの歯で噛み砕く。
(あの歯で噛まれたらひとたまりもニャいな……)
「歯ごたえ、面白い。ステラ、食べるか?」
「いや……いらない。」
意味がわからなくてしっぽを振って拒否をした。
キィ……
扉が開く音がする。
扉の向こうに影が現れる。
胸元にヒラヒラが着いた深紅の布と、黒い大きなヒラヒラした布。あのヒラヒラは、どうしてもじゃれつきたくなる。
長い黒い髪はふたつに結ばれている。口を見ると、ボクみたいな鋭い牙が生えている。
嗅ぎ慣れない匂いに、瞳孔が開き全身の毛が逆立つ。
そう。血の匂いだ。
ここで出会った誰よりも血の匂いがする。
「ノワール、来た?」
アルバがボクを抱きあげて振り返る。
ノワールは足音もなく部屋に入ってくる。
「うわっ、アンタまた石なんて食べてたの?」
「歯ごたえ良い、美味しい、ノワール、食べる?」
石を片手でポケットから出して渡す。
「いや、無理よ。あたしがヴァンパイアって忘れちゃった? 人間の生き血にしか興味ないの。」
ノワールは、受け取った石を冷たい目で床に投げた。
「アンタが好き放題人間食べちゃったから、こっちは空腹なの。」
「今、食べてない。我慢してる。」
「フーン。我慢って言っても、たった《《二百年》》ほどでしょ?」
たった二百年……?
なんだその数字は。ボクはまだ四歳だけど。
「それに、星閃ステラだっけ。あたしはノクティス様の傍にその生き物がいるのは、気に入らないわ。」
鋭い目つきで睨みつけられる。その視線に僅かな殺意を感じた。
「ノクティス、星閃ステラ大事してる。ノワール、星閃ステラ大事にする。抱っこしてみる」
アルバはボクを抱きかかえたままノワールに渡そうとする。ノワールは全身の毛を逆立てるようにして拒否をした。
「ままま、待って! 近よらないで!」
そんなに拒否されたら、流石に傷つくニャ。ノワールの眉が吊り上がり、こちらを睨みつけた。
(まずい、すごい怒ってる……!)
イラストはステラとアルバです。




