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第3話 敵対

 乾いた風が吹き、砂の匂いがする。

 

 銀の髪が風に揺れ、太陽の光に反射している。黒い帽子には、縁をぐるりと囲む柔らかなレース飾りが揺れ、影が頬に落ちている。ロングコートのすそが風に揺れ、胸元では白いボウタイが静かに光を受けている。腰には銀糸の刺繍ししゅう、足元には細身のブーツ。

 

 人混みの中でも、一人だけ別の時代を歩いているようだった。

 歩くたび、靴音が乾いた街に響く。

 

 間違いない。

 画面越しに何度も見た、魔法使いルシエル。

 

 序盤から仲間になる、遠距離の攻撃魔法を得意とする魔法使い。ステータスはどれも伸びが良く、序盤から終盤まで頼れる存在だ。

 そのルシエルが目の前を歩いている。


挿絵(By みてみん)

 

 灰色の石畳の街、遠くに聞こえる鍛冶屋の音、行き交う人々の声。

 夢にしては全てがリアルすぎる。視界も音も匂いも、全てが鮮明だ。

 

「ここは王都ルミエール。王様のいるお城までもうすぐだよ。」

「えぇ、あ……うん。」

 

 ルシエルが、穏やかな口調で話しかけてくる。どこかで聞いたことのあるセリフに、ドキッとする。

 このセリフ、ゲームと同じだ。チュートリアルイベントで何回も聞いたセリフだった。

 

 パン屋の近くを歩くと、パンの美味しそうな匂いがする。

 夢にしては生々しい。

 こんなリアルな夢ってある……?

 

 確かにゲームでも、この場所にパン屋があった。角を曲がれば花屋がある。更に奥に進めば噴水のある広場がある。

 子供達が笑いながら走っていく。街を行き交う人々は、ゲームで見たドット絵で作られた街とは比較できないほど生きていた。

 

「キャー! 泥棒!」

 

 突然、女性の悲鳴が聞こえる。

 周りにいた人々がざわつく。

 

 僕は覚えている。これはパン屋の泥棒猫イベントだ。

 最初の街で起きる、ちょっとしたチュートリアルイベント。


(猫……)

 

 僕は路地裏に向かって走り出す。

 路地裏には、荷車や木箱が無造作に置かれていた。記憶が正しければ、ここでパンをくわえた黒猫が出てくるはず。

 

 走っていくと、石壁の隙間から小さな黒い影が飛び出してきた。

 猫だ。

 

(本当に出てきた……!)

 

 黒猫は、僕の足元をすり抜けて走っていってしまう。

 僕は必死に追いかける。

 

(実際に走ってみると、かなり速い……!)

 

 ゲームの時とは違う感覚。実際に走っていると息が切れる。あのチュートリアルイベントって、こんなに大変なイベントだったのか。

 

 路地裏は荷車と木箱が入り乱れていて、迷路のようだ。

 

 記憶を辿たどれば思い出す……何度も、何度も、プレイしたゲームだ。自分の家の庭のように思い出せる!

 

「急にどうしたの?」

 

 ルシエルが走って着いてくる。


(ハァ……ハァ……どうして息が切れてないんだ。)

「……パンを盗んだ猫がいる! 猫を捕まえるんだ! 」

「猫!? それって、どういう……」

 

 僕は叫びながら、記憶を頼りに右の道に進んだ。左に進めば袋小路ふくろこうじ、右に進めば先回りできる。

 そして、その先は……

 

 行き止まりだ。

 黒猫が、石壁の前で立ち止まった。この距離なら捕まえられる。

 

 しゃがみ込むと、黒猫は怯えたように縮こまり耳を伏せる。その姿を見た瞬間、ステラの姿を思い出す。

 

(あいつは今、どこで何をやっているんだろう。お腹を空かせてないかな……)

 

 心の奥がきゅっと締め付けられた。

 僕は、まるでステラにするように黒猫を優しく抱き抱える。


優陽ゆうひ!」

 

 振り返ると、ルシエルが追いついてきた。

 

「見失うところだったよ。よく猫の位置がわかったね。」


「うん……まぁね。」

 

 言われて気づく。

 そうだ、僕は知っている。マップを熟知しているのも、この先何が起きるかも知っているのも、何度もゲームをプレイした僕だけだ。

 

 

 

 表通りに戻ると、パン屋のお姉さんがけ寄ってくる。

 

「ありがとうございます、勇者様! あなたのおかげで救われました! 」

 

 そのセリフも、僕の記憶どおりだった。

 

 

 ――

 

 

 やがて城門が見えてくる。ゲームでは何度も来たはずの場所なのに、実際に目の当たりにすると足がすくむ。石の城壁は高くそびえ、光を反射する。

 

 城の門では、衛兵が槍を構えている。あまりの荘厳そうごんさに全身に緊張が走る。

 赤い絨毯じゅうたんの敷かれた階段を登っていくと、王の間が見えた。

 

 そこにいたのは……

 

 イグニス・ソレイユ。

 

 ゲームでは、他のキャラクターより少し大きなドット絵で表現されていた。だが今、目の前にいるのは威厳という言葉をそのまま具現化したような人だった。

 

「勇者よ、よくぞ来た。」

 

 声にはずっしりとした重みがあり、体に緊張が走る。

 

「魔物が人間を襲いだした。レクイエム洞窟では、採掘者が何十人も命を落としている。人間を食らう魔物が現れたと報告されている。」

「そんな……人間を食べるなんて……」

 

 ゾクッと寒気が走る。

 ゲームでは、淡々とドット絵の文字を追っていただけだったが、実際に現実で起きていることを想像してしまう。

 

「これ以上、魔物の好き勝手にさせる訳にはいかない。勇者よ、この地に巣食う魔物を全て滅ぼせ。一匹残らずだ。」


そして静かに続ける。


「その果てにいるのが魔王だ。魔王を討て。それ以外に人の未来はない。」

 

 イグニス王が立ち上がり、腕を大きく広げるとマントが音を立てて広がる。

 

「勇者として選ばれた者よ。希望の光となるのだ。」

「王の命に応えてみせます。」

優陽ゆうひ。ルシエル。これを受け取るがいい。」

 

 使者が、宝物庫から武器を持ってくる。

 

 びた剣、古びた盾。

 ルシエル用のほつれたローブ、壊れた指輪。

 

 ……初期装備。

 ゲームだから序盤の装備ってわかるけど……こんな豪華なお城なら、もっといいのがあるだろう。


(王様、ドケチかよ!)


 そんなことを言える雰囲気でもないので、心の中で全力でツッコミを入れておいた。

 

「魔王を倒すには、星閃せいせんステラを手に入れ、目覚めさせねばならぬ。それはこの国に眠るほこらの中にある。ほこらは全部で五つだ。ほこらを全て破壊して封印を解け。」


星閃せいせん……ステラ……」

 

 その名を聞いた瞬間、息が止まった。脳裏に猫のステラが浮かぶ。

 世界の鍵、星閃せいせんステラ。

 魔王を滅ぼす唯一の武器。

 

 ――にゃおん

 

 頭の中で鳴き声がよみがえる。どうしてこんな時に、あいつのことを思い出すんだろう。

 

 ステラ……今どこにいるんだろう。家で帰りを待っているかもしれない。お腹を空かせて、公園をさまよっているかもしれない。

 

 早く元の世界に戻らないと……ステラを独りにはしておけない。

 戻る方法ははっきりとしないが、ゲームをクリアすればきっと何かが変わる。それはこの世界の魔物を滅ぼすということだ。

 

 外に出ると、空は青くまぶしい。

 しかし、魔王城のある方角だけ黒い雲が怪しく渦巻いていた。

 

 ただ気になるのは……

 

『ステラは わが てにある』

 

 あの時の魔王ノクティスのセリフだ。

 王は星閃せいせんステラがほこらに眠っていると言った。どちらかが嘘をついているか、この世界の法則が壊れている。

 

(早く元の世界に戻って、ステラにご飯をあげるんだ……!)

 

 無意識に剣を強く握りしめていた。胸の奥で、静かにでも確かに決意が固まった。

 

 城の外に、踏み出す靴音が響く。それはもう戻れない合図のように聞こえた。

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