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第2話 勇者降臨 

 車のエンジン音。自分の足音。消えかけたアパートの廊下の電気が、暗がりをチカチカと不安定に照らす。

 

 いつも通りの日常。何も変わらない夜。

 

「ただいま。」

 

 ……無音。

 返事はなかった。

 

 いつもなら「にゃう。」とか「にゃおん。」とか言いながら寄ってくるのに。どこかで昼寝をしているのか。それとも気まぐれか。

 静かな部屋の中が僕を迎える。こんなに音がしないのは、いつ以来だろう?

 

「ステラ?」

 

 やはり返事は無かった。

 キャットタワーの上、カーテンの裏、机の下……どこを探してもいない。

 

 バイトが長引いて帰りが遅くなったから、ねているのか。

 僕はキッチンの棚を開く。

 ステラの好物を入れてある棚だが、ここを開けばどこにいても飛んでくる。

 

 ……無音。

 

 まぐろチューブを取り出して封を切る。魚の匂いが部屋に広がる。

 ……やはり来ない。

 何度名前を呼んでも、まぐろチューブの袋をカサカサと鳴らしても。来なかった。


 その瞬間、心臓が嫌な音を立てた。静かな部屋で、自分の荒い呼吸音だけが、やけに耳に響いた。息をひゅっと吸い込む。


 ふと床を見ると、ゲーム機が床に落ちている。少し前に中古屋で買った、懐かしいゲーム機だ。棚の上に置いておいたはずなのに。コントローラーが引っこ抜けている。その本体をよく見ると、小さく焦げたような跡がある。


(何だ……?)


 不思議に思って手を伸ばすと、テレビの電源と共にゲーム機が起動した。慌てて手を引っ込めると、テレビの画面に大きくタイトルが表示された。


《Legend of Stella。》


小学生の頃、夢中でやったゲームだ。ふとステラとの出会いを思い出す。


「……ステラ、ってどうかな。昔ハマってたゲームの武器。凄く強くて頼れるんだ。君はそんな存在になれる予感がするよ。」

「んニャ。」

 

ステラはこのゲームの最重要アイテムだ。

 願いを叶える世界の鍵であり、魔王との最終決戦で唯一頼れる武器。

そのアイテムから取った名前だった。


 考え事をしていると、画面が勝手に動いていく。


呆然としていると、ドット絵の魔王が画面に現れた。

 現代では3DCGの美麗びれいグラフィックのゲームが沢山リリースされている中、ピコピコと動く二頭身のドット絵の魔王。


『ついに あらわれたか。えらばれた ゆうしゃよ。』


次に来るセリフも覚えている。

 そう、魔王は……

 

『せいせん ステラは わが てにある。』

(……え?)


……は? 今何て言った?

 

『せいせん ステラは にんげんには ぜったいに わたさない。』

 

 待って。ここのセリフって。

星閃せいせんステラは私が手に入れる。』じゃなかったか?

 星閃せいせんステラは、魔王と戦うための最終武器。それをどうして魔王が……?


画面が不自然にチリ……と音を立てて揺れた。

 

 僕の記憶違い?

 それとも……

 

 胸の奥がざわざわと冷たくなる。

 画面の中の魔王が、まるで生きてるかのようにこっちを見ている気がした。

 

 データが、改編されている?中古屋で買ったソフトが、改造ROMだったのか?

 ……いや、こんな地味な改造、誰がやる?

 

 にゃおん。

 ステラの鳴き声が聞こえた気がした。

 

 ……いや、まさか。

 

 その時――

 

 ゲーム機のランプが、高速で赤く点滅しているのに気づいた。

 中から何かが出てくるような勢いだった。

 

(何が起きてる!?)

 

 気づくと、テレビの画面すらも赤く光っていた。

 リモコンの電源ボタンを連打しても反応しない。乾いた音だけが部屋に響いていた。

 

 早く電源を切らないと。

 電源ボタンに手を伸ばす。

 

 テレビの中のノイズが広がる。空気が熱を帯びていく。光が壁を赤く染め、影がぐにゃりと歪む。

 

「やばい、やばい! なんだこれ! 」

 

 影がゆがむ。

 光は次第に強くなり、視界が白と赤で飽和ほうわしていく。

 

 部屋が燃えているのか、それとも画面が世界を焼いているのか。区別がつかなくなった瞬間――

 

 視界がぜた。

 

 鼓膜こまくが破けそうなほどの爆音。

 体が引き裂かれ、まるで、体を内側から裏返されるような感覚。

 

 体が。

 脳が。

 意識が――

 熱い力に引っ張られていく……



――

 

 

 真っ白な空間。永遠に続くかと錯覚さっかくするほどの広さ。上も下も、右も左も分からない。

 

 ここはどこだろう。

 僕は死んでしまったのか。

 

 体は見えない。意識は確かにあるのに、自分が自分であるという確信が持てない。

 

 まるで夢の中を泳いでいるようだ。音もしなければ、皮膚の感覚もなく、世界と溶け込んでいるようだでいるような感覚だ。


(ここはどこだ……? 誰かいるのか? )


 叫びたいのに声も出ない。凄く怖いのに、不思議と懐かしい。そう、誰かに会える気がしたんだ。

 

 やがて視界が真っ黒に染まっていく。感覚を研ぎ澄ます。

 すると、音が少しずつ戻ってくる。

 

 そよ風が優しく肌を撫でる。サラサラと音を立て、木々が会話をしている。

 草の匂いが鼻をくすぐる。

 

(……屋外にいる?)

 

 遠くで誰かの声がする。声の方に意識を向ける。

 

「……おーい。」

 

 あれ、僕を呼んでいる?

 急に感覚が戻った。驚いて目を開ける。

 

「ふふ、こんな所で寝ているなんて。」

 

「!?」

 

 反射的に起き上がる。

 銀髪の青年が目に入る。

 

 ロングコートが風に揺れ、瞳がアメジストのように輝いている。まぶしすぎる陽の光に目を細める。

 

 この姿は……

 覚えている。ゲームの中の序盤じょばんで仲間になる魔法使いだ。

 

 見渡す限り広がる草原。大きなお城。

 空気は現実よりも澄んでいて、透き通った空が見える。鳥の声、風の音。空気が優しく僕を包み込む。

 

 青年が微笑む。

 

「さぁ行こう、王様がお待ちだ。」 

(このセリフ……)

 

 覚えている。初めて魔法使いと出会う時のセリフだ。

 

 青年が手を差しだした。ゲームと同じなのにやけにリアルな感覚だ。

 不思議と安心してしまう。

 

 手を取ると、温もりのリアルさにゾクッとする。風が流れて草が揺れる。遠くでかねの音がした。

 

(僕は……この世界の勇者になったのか?)


 信じられないほど静かにそして確かに、世界が動き始めた。



挿絵(By みてみん)

イラストはと優陽ゆうひとステラです

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