第14話 護る者
ヴィヴァーチェの森の最奥。
山に面した岩場に、大きな穴が口を開けていた。その周囲は石柱に囲まれており、明らかに人工物であると存在感を主張している。
――レクイエム洞窟。
このゲームの一番最初に訪れるダンジョンだ。
序盤の試練として設けられているが、レベルが低い段階で挑むとダメージ量も多く、何度もゲームオーバーを繰り返した記憶がある。
(かなり苦戦した、あの場所に実際に来ることがあるなんて。)
僕は洞窟に足を踏み入れた。
ひんやりとした温度が足元から這い上がって全身に流れ込む。吸い込んだ空気は澄んでいて、ここがただの洞窟ではなく、何か神聖な意味を持っているような感覚を覚える。
ゲームをプレイした時の僕は、ここに辿り着いた時はレベル10まで育っていた。だが、今の僕は……
レベル1
HP:5/20
攻撃2、防御1、魔力1、素早さ2
アンダンテ村から一切ステータスが変化していない。
魔物を倒さず、避けてきたせいだ。
ルシエルの炎、エンカウントしにくい抜け道。それらを駆使してようやくここまできたが、この先はそうもいかない。
ふと隣を見ると、ルシエルのステータス画面が見える。
ルシエル
レベル8
HP:75/75
攻撃35、防御27、魔力42、素早さ23
レベルが上がってる!? どうして? 魔物は一体も倒していないはずだ。
驚いてマティーナの方を見る。
マティーナ
レベル7
HP63/63
攻撃12、防御21、魔力36、素早さ32
マティーナも同じだ。確か導入時はレベル5だったはず。何故だ?
脳内で一気に血液が駆け巡る。
――そうだ。
ルシエルは魔物を倒してないが、炎の魔法を沢山使用した。マティーナは、回復魔法で僕の疲労を癒してくれた。
つまり……
攻撃魔法、回復魔法は使うだけで経験値になる。
だが、勇者は魔法を使えない。
剣で魔物を倒さなければレベルが上がらない。つまり、今のやり方では一切レベルが上がらないということだ。
全身の血がサーッと引いていく。
それって、僕だけレベル1で進んでいくってこと?
「どうしたんですか? 急に。」
マティーナが顔を近づけてきた。ふわっと甘い香りが広がり、一瞬気を取られてしまう。
「な、何でもない。」
「あはは、まぁ優陽がいれば安心できるよ、頼りにしてるよ。」
「あぁ……うん。気を引き締めていこう。」
ダンジョン攻略は、一筋縄では行かなそうだ。
――
しばらく進むと、広い空間にでる。そこには大きな岩が沢山積み重なっていた。
「これ、どうしたらいいんだろうね。僕の魔法でも壊せそうにない。」
ルシエルが岩に触れる。広い空間と大きな岩が並ぶ部屋。
……思い出した。
押し岩パズルの部屋だ。岩の数は横に十五。右から三番目の岩が動く。
僕はゲームの記憶通り、動く岩に近づく。岩の色が他のものより少しだけ薄い。
(やっぱりそうだ。でも……)
岩を見上げる。自分の身長より少し大きな高さの岩だ。このサイズの岩を動かすなんてできるだろうか。思い切って全身の力を込めて押してみる。
――動いた。ほんの少し。
「優陽!」
ルシエルとマティーナが駆け寄ってくる。
「凄いね、動く岩があるなんて。私でも見抜けなかった。」
「あぁ、でも岩が凄く重くて……」
「そうなの? ……えっ、あれ?」
ルシエルが少し触れただけで、岩は拍子抜けするほど簡単に動き出した。
……あれ、僕の力が弱いだけ?
――
「この岩をあと少し動かしたら……次は奥から二番目の岩が動くはず。」
「なんでわかるんですか? 優陽さん。」
「勇者の特別な能力さ。本当に凄いよ、君は。」
僕は記憶を頼りにパズルを解き、岩を動かすのはルシエルとマティーナ。勇者って……こんな感じでいいのか。
岩のパズルを抜けた先には、魔物が潜む空間が広がっていた。
「ルシエル、マティーナ! 気をつけて。この先は魔物が沢山いる!」
暗闇から突然、コウモリが襲ってくる。
数が多い。あっという間に囲まれてしまった。一匹のコウモリが僕に体当たりしてきた。
「痛っ……!」
鋭い痛みが走る。
ゲーム上ではHPのバーが減るだけだったが、リアルに受けるとこんなにも……重い。
「優陽! 危ない! ファイア!」
ルシエルが攻撃呪文を唱える。炎が洞窟を照らし、コウモリが逃げていった。
「げほっ……助かったよ、ルシエル。」
煙を吸って咳き込み、体がふらつく。
「大丈夫ですか、優陽さん! ヒール!」
「ありがとう、マティーナ。」
緑の淡い光に包まれると、コウモリの攻撃も、ルシエルの炎魔法で吸った煙も、スっと消えてなくなる。回復魔法は偉大だ。
マティーナが仲間で本当に良かった。
でも、仲間の魔法でダメージを受けるとは思ってなかった。狭い洞窟内だからだろうか。他の魔物が出てきた時や、ボス戦を考えるとこのままではまずいのでは?
子供の頃の記憶を辿る。ボス戦は勇者の攻撃とルシエルの魔法攻撃をボタン連打していただけだった。
今の僕は、剣の攻撃すらおぼつかない。ルシエルの炎魔法を、この狭い洞窟で連発すれば……
想像するだけでゾッとしてしまう。この先の攻略、どうすればいいんだ。
「あれ、壁に大きな穴がある。」
ルシエルの声に視線を向けると、確かに見覚えのない穴があった。
「本当ですね、どちらに進みますか、優陽さん。」
……この先には、何がある……?
記憶の中から、ゲームのダンジョンマップを必死に思い出す。思い出せ、思い出せ……
足を一歩踏み出した、その瞬間――
ジャラ……ジャラ……
奥から鎖を引きずる音がする。ズシン、ズシンと地響きのような足音が響く。
(この先は……)
音が大きくなり、何者かがこちらに歩いてくるのがわかる。全身に緊張が走る。
(ボス部屋の方向だ。)
震える手が止まらない。どうして、どうしてなんだ。向こうから来るなんて。
「美味しそう、人間、いた。」
長い髪、服から覗くドラゴンの足。体に巻き付けた鎖は地面を這い、巨大な尻尾が地面を揺らす。
(レクイエム洞窟のボス。護る者――アルバ。)
「ノクティス様、勇者、食べる、大丈夫、言った。」
ニカッと笑った瞬間、こちらに走ってくる。
こんな狭い通路で攻撃を受けたら一溜りもない。
「ルシエル! マティーナ! 走って!!」
全速力で走る。死ぬ気で走りきるしかない。
後ろから地面が割れるような音が追ってくる。
アルバが相手なら……
「こっち!」
ルシエルとマティーナを誘導する。
アルバは攻撃方法は単純だが、序盤にしては攻撃力が高い。
攻撃を食らったら、HPの低い僕なら即死だ。まともにやって勝てるはずがない。
「あっ!」
気づくと転んで地面に突っ伏していた。考え事をして、足元の躓いてしまった。
「優陽!」
ルシエルが振り返る。
「先に行って! 僕は大丈夫! 岩が沢山あったあの場所に行くんだ!」
マティーナが涙目でこちらに走ってこようとする。
「ダメ! 行って!」
「……わかった!」
ルシエルは迷った表情を見せたが、マティーナの手を引いて走っていった。
それが最善の策なのかわからないが、咄嗟のことでそうするしかなかった。立ち上がろうとするが、痛みで上手く動けない。
道具袋にある命の小瓶を探そうとするが、手が震えてなかなか取り出せなかった。
(ダメだ、追いつかれる……)
ジャラ……ジャラ……
「追いついた。勇者、美味しい?」
目を見開く。人はあまりの恐怖を目の当たりにすると動けなくなるって、本当なんだな。
アルバが近づいてくる。暗闇に溶けた影が異常に大きい。
と思った瞬間、押し倒される。頭が岩に打ち付けられ、痛みで一瞬記憶が飛びそうになる。
上に乗られ、息遣いが聞こえるほど近くにアルバの顔がある。
「美味しい? どこから食べる?」
(これって、死んだらどうなる……?)
ゲームなら、ゲームオーバーになれば画面が真っ暗になってコンティニューできる。コンティニューすると直前に触れたセーブポイントからやり直せる。……でも今回はどうだ? 死んだ後に「はい」か「いいえ」でやり直せる保証なんてどこにもない。
そして……今、ルシエルとマティーナは遠くにいる。
もちろん勇者がHP0になっても、他のパーティが生き残っていればゲームオーバーにはならない。
復活草という蘇生道具、ヒーラーの最終奥義の蘇生魔法。それを使えば生き返ることができる。
でもまだゲームも序盤。そんなものは手にしていない。
アルバの爪が首に触れる。冷たく硬い感触が肌に伝わり、動けなくなる。
村でのコヨーテからのダメージ、さっきのコウモリのダメージを思い出す。
あの痛みは本物だった。即死ならまだいい。目の前のボス、アルバは僕を『食べる』と言っている。
爪が首を引っ掻くと、うっすらと血が滲む。
……動けない。
本当に動けない。
捕食される前のカエルのように。全身が凍りついたように動けない。
(生きたまま食べられる。)
最悪の想定が頭によぎる。
その瞬間、アルバの目が見開かれる。アルバの視線が、僕の胸元――心臓あたりに釘付けになっている。
(これって、まさか……)
全身の血がサーッと引いていく。




