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第13話 綻びは内部から

 冷たい風が吹き抜ける広い部屋。中央には大きな石の机がある。ボクのしっぽがピクっと反応した。


 こういう空気は苦手だ。

 今日はなんだか、皆の雰囲気がピリついてる。


 窓の外から、かすかな羽音が近づいてくる。ボクは意識して両耳を外に向ける。

 鳥よりも小さな音。黒い小さなかたまりが窓から舞い込んできた。コウモリだ。


 ノワールが手をかざすと、パタパタと羽ばたいていたコウモリは手の甲に止まり、砂のような粒子となりノワールの肌に溶け込んでいく。

 その瞬間、ボク以外の皆にも緊張が走ったのがわかる。

 粒子は次第に凝固ぎょうこし始める。ノワールが指をくるくると回すと、コウモリは小さな髪飾りに変わった。


 ノワールはその髪飾りを付け直すと、こちらを向いた。ボクはゴクリとつばを飲み込んだ。


 沈黙ののち、ノワールが口を開く。


「勇者が、ヴィヴァーチェの森に入った。」


 その言葉に場がザワつく。ボクがこの前、アルバと行った場所だ。

 あの森の先にはレクイエム洞窟どうくつがあり、星閃せいせんステラの封印を解くほこらの一つがある。


 ――しかし。


 アルバは、ほこらが壊れていたと魔王ノクティスに報告していた。

 本当に壊れていたら、勇者がレクイエム洞窟どうくつを訪れても無駄に終わるのでは?


「おいおい、あそこのほこらは壊されたって聞いたぜ? 勇者の野郎も、無駄足に終わるんじゃないか?」


 ドゥンケルだ。

 脳みそまで筋肉でできたような暴力男。意見が一致したことが、正直気に食わない。


ほこらのある場所に勇者が向かうのでしたら、攻撃を仕掛ける絶好のチャンス……この機会を逃さず叩くべきです……でしょう? 星閃せいせんステラ様。」


 クロウだ。相変わらずニタニタした怪しい笑みをボクにぶつけてくる。

 しかもこんな重大な話題を、ボクに話を振らないでほしいんだけど。


「うーん、確かにそれも一理あるけど、慎重に行くべきだと思うニャ。」


 よし! いい感じに無難ぶなんな回答だ! あまり変なこと言って、責任を押し付けられても困るし。


「慎重……アルバ、レクイエム洞窟どうくつ、行く。」


 全員の視線が、アルバに向けられる。


「お前が一人で、か? 本当に大丈夫か?」

「アルバ、レクイエム洞窟どうくつまもる者。地形わかる。大丈夫! 大丈夫!」


 こんな空気の中でも、彼女は底抜けに明るい。そういうところが、ボクは好きだ。


「ボクも一緒に行くよ。この前一緒に行ったから、地形はある程度わかる。」


 そう提案した瞬間、ぬるりと触手がボクを捕まえた。テネブリスだ。今日もクプクプと意味不明な音を発している。

 やめて、ボクの毛並みがびしょびしょになるんですけど!?


「ありがとう、テネブリス。星閃せいせんステラが勇者の手に渡るのは危険すぎるわ。一緒に行かせるわけないでしょ。」


 ノワールの声だ。……猫より犬派の彼女には、どうも好かれていない。

 触手に捕まってるボクのもとに、アルバが来て微笑む。


「ステラ、大丈夫。アルバ、ちゃんと帰る。お土産、何いい? 魚? 岩?」

「なんでもいいけど、絶対に帰って来て欲しい。約束……」


 ボクのしっぽがしゅんと下がった。

 アルバの手が、わしゃわしゃとボクの頭をでる。そういう撫で方は好きじゃないけど……なんだか心の奥がぽっと温まった気がした。


 ボクの柔らかい毛がフワッと舞い、アルバの手や服につく。


星閃せいせんステラ、加護、付いた。嬉しい、大丈夫!」


 抜け毛が加護ってこと?

 ……まぁそれでいいけどさ。


「アルバ、一人、行く。ステラお留守番。約束。」


 そう言って、ニコッと笑って走って行ってしまった。足音が妙に寂しくて、しっぽがまたしゅんと下がる。


 テネブリスはボクを触手で捕まえたまま、もう一本の触手で頭をでてきた。

 触手からぽたぽたと水滴が垂れて、まるで頭から水をかぶったような形になった。あとで乾かすために毛繕けづくろいをすることを考えると、どうでもよくなってきた。

 こういう馬鹿らしくて温かい空気、嫌いじゃない。


「おいっ!!!!」


 壁に大きな穴が開く。耳をつんざく音に、思わず目がまん丸になる。

 ドゥンケルだ。


ほこらがぶっ壊されて、星閃せいせんステラが復活したんだろ!? もう待つ必要なんざねぇだろ!! 勇者を全員で叩き潰すぞ!!」


 怖い、怖すぎる。しかも急展開すぎる。


 テネブリスがそっとボクを床におろしてくれる。巻き込まれたくない一心で、机の下にそっと身を隠した。


 カツンと硬い音が響き、ノワールが前に出る。


「ノクティス様から、そういった指示は出てないわ。勝手に動くのは得策じゃない。」


「はぁ!? なんだよ、ヴァンパイア。お前最近、人間の血を控えてるって聞いたぜ? 栄養不足で頭狂ったか?」


 また始まった……。

 どうしてここはすぐに喧嘩が始まるんだろう。


 これでもボクが来てから魔王城が穏やかになったって言うんだから、昔の魔王城なんて想像もつかない。


「栄養不足のお前なんざ、俺の拳で一撃だがなぁ……」


 ドゥンケルの拳がノワールに向けられる。

 拳から放たれる熱気が、机の下にいるボクまで届き、殺気が全身を突き刺すように感じた。


「へぇ、あなた、ノクティス様の命令に背くのね。」


 ノワールの目は、完全にドゥンケルを見下している。


「その目つきはなんだ。俺たちが先にしかけねぇでどうすんだよっ!! 甘ったれたこと言ってんじゃねぇ!!」


  ドゥンケルが一歩踏み出そうとしたその時、スッと音もなく、つばさを生やした老人が現れた。


 クロウだ。

 ……ボクが一番苦手なヤツ。

 今日もニタニタと怪しい笑みを浮かべている。


「くく……ここ最近の魔王軍は、ひどゆるんでいますねぇ。のう、星閃せいせんステラ様。」


 机の下に隠れているボクに、まるで矢を放たれたような視線が刺さる。全身の毛が逆立つ。

 あぁ、また標的にされてしまった。ほんと、やめて欲しい。


「昔の魔王軍は凄かったですからねぇ。二百年前のあの戦い。魔族と人間は完全に魔族が優勢だった。アルバは村の人間を喰らい尽くし、ドゥンケルは拳で山を砕き、テネブリスは津波を起こして港町を壊滅……ノワール。お主もそうだったでしょう。」


 スケールが違いすぎて、どうしよう……

 本当にボクはただの猫なんです。勘弁してください。


 ノワールの握っている拳が震えている。


「ノクティス様の命令よ。」


 ――人間との共存を望んでいる。

 以前、ノクティスの口から聞いた言葉だ。


「本気で従っていて、どうするんでしょうねぇ……星閃せいせんステラ様。」


 うわ、またこっちを見た。視線をらしたいけど、逃げ場がない。


「理想ばかり追いかけてどうにかなるとでも?ここは、世界の理である星閃せいせんステラ様にお聞きしないと。」


 クロウのするどい眼光が刺さる。全員の視線がボクに集まる。寒いわけじゃないのに、体の震えが止まらない。呼吸が浅くなる。

 

 ダメだ、回答を間違えたら殺される。こいつは前もボクを疑っていた。下手なことを言えば……殺される。


 アルバと一緒に行ったレクイエム洞窟どうくつ。あの時の地形を思い出す。迷路のような狭い道、崩れかけた岩壁……


 ――これだ!


「慎重に行った方がいい。何が起きるかわからない。レクイエム洞窟どうくつは狭いから大人数で入れば崩れて出られなくなるかもしれない。特に……」


 ドゥンケルに視線を向ける。足が少し震える。


「ドゥンケル。君の能力と相性が悪い。洞窟そのものが壊れてしまう。テネブリスも洞窟どうくつ内で洪水が起きたらボクたちまで溺れちゃう。クロウだってあそこでは飛べないから戦いにくいはずだニャ。」


 ……こんなにはっきり言っても大丈夫かな。でも、意外とみんなしっかり聞いてる。


「ノワールのコウモリなら安全に追跡できる。様子を見るなら、それを使わせてもらうのが一番いいんじゃないかニャ。」


「……あなたの言い分、理に適っているわ。」


「にゃーん。」


 決まった。可愛い鳴き声でしめた。完璧だ。

 ……ちょっと前足が震えてるけど。


「くく……無難な回答ですが、確かにあそこで戦うのは分が悪いですからねぇ……」

「いいわ、星閃せいせんステラ。その案で行きましょう。全員、城に待機。アルバの帰りを待ちましょう。」


 ノワールも乗ってきた。ボクのこと嫌いでも、それでいい、それでいいんだ。


 窓の外を見る。この前、アルバと出かけたヴィヴァーチェの森は、自然にあふれて空も穏やかだったのに。今は黒い雲が空に渦巻いている。

 

 ボクは耳を澄ませた。しっぽがやけにソワソワする。

 風の音が妙に静かだった。理由はわからないけど、胸のざわつきだけが、やけに強く残っていた。

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