第12話 分岐点
「痛ッ……!」
体当たりをまともに喰らった。ゲームではHPのバーが減るだけだったが、現実で受けるとこんなにも痛いとは思わなかった。
次の一撃が襲いかかる。僕は必死に剣を振るうが、かすりもしない。
これ、倒せるのか?……いや、倒さなきゃいけないのか?
目の前にいる魔物は、中型犬ほどのサイズで姿形は犬そのものだ。
動物に向かって剣を振るう自分の姿が脳裏に浮かぶ。
犬の悲鳴、飛び散る血。
冗談じゃない! そんなことできない。その光景を想像しただけで、手が震える。
――にゃおん。
ステラの鳴き声が脳内に響いた。
僕がこんなことしてる間に、今頃どうしているんだろう。部屋でゴロンとお腹を見せてる姿を想像してしまう。
ステラが外に出てしまったら、野生で生きていけるわけがない。
(何とかしないと……!)
剣をグッと握りしめる。
チュートリアル戦闘。この戦闘では基本的な操作説明がされるものなので、ルシエルは参加できない。
ちらりと後ろを見ると、ルシエルはこちらを見守っていた。
(いやいや、ちょっとは助けてくれても……!)
次の一撃が来る。コヨーテが牙を剥く。鋭く光った犬歯が目前に迫る。
逃げる暇もなく……
「っ!」
足に噛みつかれた。流れ出る血が、夢じゃないと僕に現実を突きつける。
(これ……マジで死ぬかもしれない。)
考えろ、何度もプレイしてクリアしたゲームだろ!?
必死で思い出す。何度もプレイしたゲームの情報を。
コヨーテ。序盤のザコ敵だ。
レベル3、HP20。
ゲームでは大した敵ではない。
攻撃は体当たりしてくるか、噛み付いてくる2パターン。体当たりはダメージ5。噛みつきはダメージ10。
僕の残りHPは5。もう1回体当たりされたら死ぬ??
顔がみるみるうちに青ざめる。
勇者なんて呼ばれてるけど、僕はただの一般人だ。運動神経だって良くない。体育の成績? 5段階中2だよ、競うのも得意じゃなかった。
さっき買ったばかりの命の小瓶を咄嗟に思い出す。
今、使うか?……でも!
目の前にいるの魔物は、動物そのものだ。
ならば……!!
僕は、道具袋から木の棒を引っ張り出した。
ルシエルが戦闘に参加できなくても、木の棒に攻撃はできるはず。
「ルシエル! この棒にファイアを!」
「えっ……!? 棒に……!?」
ルシエルは目を白黒させていたが、困惑している暇はない。コヨーテが低く身を構え、跳躍する構えを見せた。僕は思わず叫んだ。
「ファイア!!」
僕が叫ぶと、ルシエルが反射的に魔導書を開き、呪文を詠唱する。
木の棒に、火が灯った。燃え上がる火に、コヨーテがひるむ。警戒し、距離を取った。
(よし……!)
火のついた棒を構え、突き出すように前へ出る。コヨーテはその勢いに驚き、吠えもせずに逃げていった。
「助かった……」
「凄いね、優陽。火が苦手なのを知ってたのかい?」
「まぁ、なんとなくな……」
ゲームではコヨーテを倒してチュートリアル戦闘が終わるが、今回は追い払った。
コヨーテに追われていた女性が駆け寄ってくる。
「魔物を追い払ってくれてありがとうございます。さすが勇者様だわ!」
セリフがゲームの時と変わっていた。
もしかして、行動によって先が変わるってことか……?
――
門番には、「門に松明を焚くといい。」とアドバイスをした。
この辺に出る魔物は、コヨーテやビッグラットの動物系、森から出てきたトレントやスプラウトなどの植物系なので、どれも火に弱い。火さえあれば村は守れるはずだ。
道具袋に入ってる命の小瓶を取り出して、グッと一気に飲む。
味は栄養ドリンクみたいな不思議な甘さだった。喉を通った瞬間、傷口がみるみる塞がっていくのがわかる。……ちょっと怖いけど、凄いな、これ。
命の小瓶は回復量30なので、一瓶でMAXまで回復する。コスパが良すぎる。
(いや、僕のHPが少なすぎるだけか……)
「そういえば優陽。」
ルシエルが口を開いた。目元が帽子の影でよく見えない。
「さっき……どうして魔物を倒さなかったの?」
ギクッとする。
そりゃそうだ。ゲームにおいても魔物を倒すのが普通だ。チュートリアルだって倒す以外の選択肢は無い。逃げるを押しても、唯一逃げれない戦闘だった。
僕は少し考える。
「あー……そうだな。あの魔物が火を怖がるってわかれば、村の安全が保てると思ってさ。あえて試してみた。」
自分でも苦しい言い訳だと思った。
「さすが勇者だ、村の安全優先なんだね。私には考えつかなかった戦略だ。」
あっさり信じてくれてよかった。僕はルシエルに提案する。
「そうそう、この先なんだけど……一旦、道具屋に戻ろう。」
「え!?」
ルシエルのこの顔を見るのは、今日で二度目。怪しまれないかさすがに心配になる。僕たちは道具屋に向かった
――
昼を少し過ぎた頃。僕たちは村の門を出る。
両手に木の棒を持ち、ルシエルのファイアで着火。松明スタイルだ。
「ルシエル、僕を信じて付いてきて欲しい。作戦はこうだ。」
この先のヴィヴァーチェの森に行く前に、道中にある泉へ向かう。そこに、ピンク髪の少女がいる。
しかし、門の外は魔物がうじゃうじゃいる。まともに戦っていたら日が暮れてしまう。だから、両手の木の棒に火をつけ火を見せながら一気に駆け抜ける作戦だ。
「本当に君は変わっているね。ピンクの髪の少女って知り合いかい?」
「いや、初対面だ。」
「え……じゃあ、どうして……」
「なんとなくの直感だ。」
「そんな未来予知みたいなことができるなんて……本当ならすごい事だ。やっぱり勇者って特別な能力を持っているんだね。
「いや、そんな凄いことじゃ……」
「凄いよ。皆の未来も……もちろん私の未来も見えているってことだから。」
木の棒にルシエルの魔法で火をつける。何かの儀式みたいな格好にクスッと笑ってしまう。
「僕の魔法で蹴散らすこともできるけど、いいのかい?」
「それでもいいけど、下手に殺して逆恨みで村を襲ったら大変だ。今はこれでいい。」
「ふふ、君は本当に面白いな。君のような勇者が現れてくれてきっと王様も喜ぶよ。」
いつかはちゃんと倒さないといけない場面も来るだろう。
だが、まだ心の準備は出来ていない。今はとにかく……走ってここを突き抜けるだけだ。
目の前に広がる草原。コヨーテやビッグラットが群れている。
攻撃魔法のファイアを直接当てなくても、みんな火を見れば怯えて逃げていく。
たまに出現するトレント。この草原では珍しい魔物だ。他の魔物より少しだけ強い。
トレントもやはり火が苦手なのか逃げていった。
(良かった、この方法が通用するなんて。)
ほっと胸を撫で下ろす。
しばらく走ると、木々が広がる大きな森が見えてきた。
――ヴィヴァーチェの森。
実際に見るとかなり大きな森だ。青々とした木々が力強く茂っている。
この森は精霊が守っていて、人間は立ち入り禁止になっている。
なので精霊の声が聴ける者がいないと、木々の守りに邪魔され入れすらしない……
幼少期を思い出す。
あの頃は森に入れなくて、焦ってアンダンテ村に戻ってヒントを聞きに行ったっけ。
でも今はそんな時間は無い。居なくなった飼い猫のステラが待ってる。
しばらく走って息が切れてくる。こんなに走ったのいつ以来だっけ。走ってるだけで、疲労からHPが減る。
……僕だけな。この仕様クソすぎる。
「この先だ! 妖精の休憩所がある! そこにピンクの髪の少女がいるはずだ。」
「本当に、ふふ。預言者みたいだね、君は。」
やがて、妖精の休憩所と言われているところに着く。村にあったものと同じセーブポイントの祭壇を小さな木が囲んでいる。
周りにはラベンダー色の小さな花が風に揺れている。花の甘い香りがふわっと香る。
その先に……ピンクの髪の少女がいた。薄いピンクと白のフリルのワンピース。緑の宝石をつけた杖を持っている。
周りには鳥やリスが集まっている。
彼女の名前はマティーナ。
職業はヒーラー。回復魔法をメインとするキャラクターだ。ゲームではパーティの生存率をあげる聖女のような存在だ。実物を見るとゲームで見た立ち絵よりもずっと幼い顔で、守ってあげたくなる見た目だ。
「ほ、本当にいた……!」
ルシエルが驚いている。
そりゃそうだろう。何度もプレイしてクリアしたゲームなんだから。
そして、この後の展開もわかる。
この先は……
森を抜けたらダンジョンがある。レクイエム洞窟。
そこのボスは、半ドラゴンの少女。
岩を飛ばしてくる攻撃、噛みつき攻撃。ダメージ量もコヨーテと比じゃない。
あんなの当たったら即死だ。
(……死んだらどうなる?)
コヨーテからダメージを受けた記憶が蘇る。思い出すと冷や汗が出てきた。
確かにゲームの世界だけど、あの痛みは本物だった。死ぬ時はきっとあの痛みの何百倍もの絶望がくるだろう。……それだけは絶対に避けたい。
「どうしたんですか? 考え事をして。」
気づくと、マティーナが、すっと僕の隣に立っていた。
「っ……え、あ、いや……」
ふんわりと漂う花の香りが僕の心拍数を跳ね上げる。女子耐性ゼロの僕の顔は一瞬でゆでダコのように赤くなった。それを見たルシエルが隣でクスクスと笑っている。
「優陽、それはさすがにわかりやすすぎないかい?」
「や、やめてくれ……」
こうして回復役のマティーナが仲間になり、ヴィヴァーチェの森に進めることになった。
――
その頃――
森の入り口。黒いコウモリが木陰に潜んでいた。三人が森に入ったのを見届けると、夜空に向かって飛び立っていった。




