44: 闇の黒魔術師
ヨーロッパ予選も大詰め。スンヒョクが注目したのは、強力なカード「スレイマン」を擁するトルコチームと、その副キャプテン・イシレイの存在だった。一方ドイツチームでは、離脱した仲間の穴を埋めるべく、エラがたった一人でポーランドに挑む。圧倒的な実力で勝利を掴んだエラの陰で、チームの結束は静かに揺らいでいた。そして物語の深部では、ハラーが闇の取引へと足を踏み入れていく。
闇の黒魔術師
「アリーナオンライン・ヨーロッパ予選もいよいよ大詰めを迎えました。各グループの首位チームがベスト8トーナメント進出を確定させていく中、最後のH組ではトルコがスイスを相手に決定的な一戦を迎えています……」
実況の声が競技センターの中に響き渡った。
「スンヒョク、何してるの?」
ボラが静かに近づいて、彼の隣に座った。
「あ、ボラ。いつ来たの?」
スンヒョクはリプレイ映像を見ていた視線を向けた。
「私ここで国別データを分析してるんだ。正式な留学生だから、ドイツの大学と連携した研究もしてるんだよね」
ボラが画面をちらりと見ながら言葉を続けた。
「ところでスンヒョク、あなたはアリーナオンラインの傭兵として入ったから、滞在資格が少し曖昧なんだよね。留学生の身分じゃないから、正式な授業は受けられないと思う」
スンヒョクはうなずいた。「ただ試合に出るだけってこと?」
「うん、とりあえずはそう。念のため担当者に問い合わせはしてみるよ」
「それでも構わないよ。今は一試合一試合の方が大事だから」
彼がにっと笑うと、ボラも微笑んだ。
「もうすぐH組の試合始まるよ。トルコ出てくるよ」
「よし、一緒に見よう」
「スレイマン……召喚されました!」
実況の声が高くなった。トルコチームがついに最強のカードを取り出した。戦場の空気が一気に変わった。
スレイマン、登場と同時に中央を支配した。強力な範囲スキルがスイスの守備陣を引き裂き、瞬間突破と精密射撃で連続得点。
スイスは態勢を立て直そうとしたが、すでに勢いは傾いていた。トルコチームの戦術は簡潔で、動きには一分の揺らぎもなかった。
結局試合はトルコの完勝。スレイマンの登場は単なる戦術ではなく、戦場を圧倒する『宣言』だった。
実況がマイクを手に取った。
「それでは、トルコチームのキャプテン、エリク・ファイズ選手にお話を伺います」
エリク・ファイズはカメラの前に立って、きちんと頭を下げた。
「トルコ代表のエリク・ファイズです。私は祖国トルコのために、アリーナオンライン世界大会の本戦出場権を必ずプレゼントしたいと思います」
その声は断固としていたが、わずかに疲労がにじんでいた。
「今後は我がチームの副キャプテン、イシレイがインタビューに代わって対応する予定です」
カメラが横に移動すると、明るい笑顔の少女が現れた。
「こんにちは! 私の韓国名はウンビョルで、トルコ名はイシレイ・アミンです!」
彼女はバッグからスマートフォンを取り出すと、BTSのシュガの写真を見せた。
「私K-POP大好きです! シュガ先輩の大ファンです!」
ファイズが戸惑ったように眉をひそめた。
「イシレイ……今ここでK-POPの話を何でするんだ?」
「どいてください。インタビューはもう私がやりますから」
イシレイが満面の笑みでマイクの前へと出た。
「スレイマンのカードはですね、私たちチームの秘密兵器です。戦場に出た瞬間に流れを変えるんです。防御力、スキル範囲、戦術移動すべて最高級です。シュガ先輩みたいに落ち着いていて、強いんですよ!」
ファイズは静かに微笑みながら、マイクをそっと譲った。
「アミン、これからYouTubeライブはお前が担当してくれ」
彼は何も言わずに後ろへ退きながら、手を上げて挨拶した。
「イシレイ・アミン……トルコの有名なファッション会社のCEOの娘なんだって」
ボラが静かに言うと、スンヒョクが振り返った。
「本当に? あのK-POP好きな元気な子が?」
「うん。韓国名もあるんだって。ウンビョル。カードゲームの実力者で、配信のセンスもあって。ほぼチームのアイドルだよ」
「そうなんだ……でもトルコ、思ったよりずっと強いチームだね」
スンヒョクは試合の記録をもう一度確認した。
ドイツチームのベンチには沈黙が漂っていた。次の試合を前に、空気は妙に重く沈んでいた。
「おい、エルダル。アミンに会いに行くために試合に来られないって……今それはどういうことだ?」
ハインツは眉をひそめて声を低くしたが、怒りは隠せなかった。
エルダルは無関心に肩をすくめた。
「アミンは私にとって血を分けた妹みたいな存在です。私にはあの子の方が大切なんです。ハインツさん一人で出てください」
「何?」
ハインツは言葉を失った。
「お前は……いつもそうだった。ドイツよりトルコが先だった。どれだけ信仰が大切だとしても、これはドイツ代表の試合だ。お前が選んだ代表チームだろう」
答えないエルダルに向かってハインツは首を横に振り、長くため息をついた。
「まったく……ハラーは? ハラーはどこに行った?」
エラが後ろから静かに言った。
「ハラーはオーストリアに休暇中です。家族の問題で」
ハインツは両目をぎゅっと閉じた。
「情けない奴らだ……いくらルーツがトルコやオーストリアだからといって、今はドイツ代表じゃないか」
彼はゆっくりとベンチに座り、頭を垂れた。
「二重国籍というのが……国家への誇りも責任感もなくさせるのか。みんな傭兵みたいに振る舞いやがって……」
ハインツの目には疲労と虚しさ、そして複雑な感情が入り混じっていた。
エラが静かに言った。
「オーストリアの人たちはドイツをいつも少し遠く感じてる。同じ言語を使っていても、文化や自己認識は違う。特に二重国籍者はたいていオーストリアにより愛着を持ってるよ」
ハインツはがらんとしたベンチにぐったりと座り込んだ。
「このままじゃ、うちのドイツチーム……本当に、始まる前に分裂しちまう」
彼の目に映っていたのは競技場ではなく、崩れていく『帰属意識』という名の幻だった。
しばらく沈黙が続いて、ハインツがエラを見た。
「エラ、今日一日だけ……ポーランドチームと戦ってくれ」
その言葉を最後にハインツはすぐにハラーを探しに出た。
「それでは、ドイツ対ポーランドの試合、今から始めます!」
競技場の中央に、たった一人が姿を現した。
「こんにちは。私の名前はエラ・グレーゼ……エラと呼んでください」
彼女は断固とした目つきで観客を見渡しながら言った。
「今日は私一人で戦います。他のチームメンバーは体調が優れないので」
ポーランド陣営からは二人の選手が登場した。シモンとマテウス、自信満々な表情だった。
「一人で何ができるっていうんだ?」
しかしエラは微笑みながら、ドイツ語で静かに言った。
「Ihr seid keine Herausforderung. Ich alleine genüge.」
あなたたちは私一人で十分。
競技場の空気が凍りついた。エラは身をかがめて、戦闘準備の姿勢を取った。
どこかからハインツの声が聞こえるようだった。
頼む……エラ。
ポーランド陣営でシモンが前に出て叫んだ。
「翼あるフサリア騎兵よ、この戦場を切り裂け!」
空が割れ、巨大な金属の翼をつけた機械の戦士が出現した。背後のタービン翼が轟音を上げながら広がり、戦場の空はたちまちその機械の影に覆われた。
続いてマテウスが後に続いた。
「ミェシュコ一世よ、ポーランドの栄光とともに再び戻れ!」
強烈な赤いエネルギーの竜巻が戦場を包み込み、古代の王の形をしたサイバー戦士が前面に姿を現した。
それに対峙したエラは静かに右手を上げた。
「ビスマルク、フリードリヒ大王召喚。AIアリーナ同期化開始」
空から雷が落ちた。デジタルの格子の中で金属製の扉が開き、二人の偉大な指導者が現実として現れた。ビスマルクは銀色の軍服に通信装置をつけた戦略家の姿で、フリードリヒ大王は黒いマントをまとってサイバーの軍馬に乗り、戦場を見据えていた。
「私の指示に従って動け!」
エラの命令に二つのAIが同時に光を放ちながら武装を完了した。
ビスマルクは即座に戦術ドローンを展開した。
「フランケン・ベータ展開。フサリアを側面から圧迫せよ」
ドローンたちが青い軌跡を描きながらフサリアの両側を包囲し、ビスマルクは自ら重力地雷を戦場に投擲した。
翼あるフサリアは空を飛んで降下攻撃を試みたが、地雷の爆発で軌道が乱れた。その隙を狙ってフリードリヒが馬上から槍を抜いた。
「退却はない。ただ突撃あるのみ!」
槍がミェシュコへと飛んでいった。ミェシュコはエネルギーシールドで防ごうとしたが、エラの短剣から広がった電子妨害波が彼を包み込んだ。防衛幕が崩壊した瞬間、フリードリヒの槍がミェシュコの甲冑を貫いた。
ポーランド陣営が揺らいだ。フサリアはすでにドローン軍団の集中砲火に巻き込まれて落下しつつあった。
エラは息を整えながら最後の命令を下した。
「シミュレーション七番パターン実行。全陣形、前方突撃!」
そして最後の一枚のカードを取り出した。瞳は落ち着いており、指先には震えさえなかった。
「鉄の十字剣、発動」
空から巨大な黒い剣が降り立った。翼あるフサリアたちの翼が赤く燃え上がり、鎖でできた枝が空から降りてきて彼らをがっしりと縛り上げた。
「あ……だめだ!」シモンが叫んだ。
フサリアたちは翼を羽ばたかせる間もなく、地面へと叩き落とされた。
エラは最後にカードを真っ正面に掲げた。
「ゲームクリア」
彼女の宣言とともに、アリーナの上空に太い文字が浮かんだ。
【ドイツ勝利】
シモンは頭を垂れ、マテウスは目を閉じて敗北を認めた。
「負けた……これで終わりだ」
その瞬間、アリーナの入口から誰かが全速力で走り込んできた。
茶色い髪を束ねた少女だった。息を切らしながら叫んだ。
「エラーーー!!」
エラが目を大きく開けた。
「モニカ……? 何で今頃来たの!」
モニカはドイツチームの控え選手だった。汗に濡れた額を拭きながら急いで答えた。
「ごめん……急に用事ができて遅れちゃった」
しかし隣でマテウスが絶叫するように叫んだ。
「おい、モニカ! もう試合終わったんだけど!! 俺たち負けたんだけどー!!」
モニカは衝撃で立ち止まった。
「……私たち、負けたの?」
静寂が流れ、エラはゆっくりとうなずいた。モニカはその場にへたり込んだ。
一方、グレーのコートをはおったハラーは、人気のない廃ビルの地下で静かに待っていた。
彼は手に持ったスマートフォンを持ち上げて、画面に**『Z』**と書かれたQRコードを相手に見せた。
ロシア人は静かに彼を見てから言った。
「ラインハルト・ハラーだな? ヴォルコフ先生の授業を受けている学生か?」
ハラーは短く笑いながら答えた。
「そうだ……ユーラシアの運命とロシア帝国の遺産、それのためなら俺は何だってできる」
暗い地下室に沈黙が流れた。ロシア人はハラーをしばらく見つめてから、ゆっくりと頷いた。
ハラーの目つきは揺れなかった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。エラが一人でポーランドと戦う場面は、彼女の強さだけでなく、チームの亀裂を際立たせるために書きました。二重国籍、帰属意識、仲間への責任——ハインツが感じた虚しさは、競技の話だけではないと思っています。そしてラストのハラーの場面。この物語に、新たな影が落ち始めています。次回もどうぞよろしくお願いします。




