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開き続ける箱  作者: tomsugar


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15/18

15.彼の“最後の記憶”

病院棟のエレベーターには、


ある条件が揃うと“全階で止まる”という噂がある。

降りていくたびに扉は開き、記憶の断片が、ひとつ、


またひとつと姿を現す。


最下階に残されていたのは、彼の“最後のメッセージ”。

——そして、誰にも届かなかった、“最後の記憶”。


エレベーターに乗った3人は、

静かに、その記憶をたどりはじめる。


          *


「ぜっ、絶対に嫌です! 怖いですよ!」

淳平は両手をぶんぶん振って、全力で拒否の姿勢を見せた。




「大丈夫大丈夫! 三人寄れば文殊の知恵って言うやろ?」

遥があっけらかんと笑ってみせる。




「そのことわざ、意味ぜんっぜん違いますから!」

すかさずツッコむ淳平。




「というかなんで、そんな怖い現象が起こるエレベーターに、わざわざ乗るんですか!?」

腰を引きながら、必死の訴え。




「――そこに、謎を解く鍵があるからやんかぁ」


遥がにやりと笑った。




そのやり取りを黙って見ていた由里が、ふと口を開いた。


「……ここまで来て、最後のクライマックス、見逃してもええのん?」




「うっ、それは……」

淳平の動きがぴたりと止まる。


「でも、なんでまたそんな深夜に……」

口ごもりながら問いかけると、




「んー、それはね。有科さんと“つながりやすい時間帯”やからかな」

さらっと答える遥の口調に、背筋がひやりとした。




――今の、冗談じゃない気がする。




「まぁ、後輩が嫌がってるのを無理に連れてくのも、ちょっとアレやしな」いかにも配慮ある風を装って、由里が言う。

これまで何度も強引に連れ回してきたくせに。




「そうやな。じゃあ、二人でやろか」

遥がすかさず乗ってくる。


「えっ、それは……」



完全に流れに飲まれた淳平は、口を開けたまま固まっていた。


――そして、まんまと“はめられた”のである。


          *


午前2時。

病院棟の15階、人気のないエレベーターホールに、3人の影が並んでいた。


由里は胸元に、遥から借りた数珠袋入りのお守りをそっと下げている。

指先が、ほんのわずかにその布を握りしめた。


「……2時、過ぎたな」

遥が腕時計をちらりと見て、隣の由里に目を向けた。


由里はうなずき、小さく息を吸ってから、エレベーターのボタンを押す。




チーン――。


到着音が静かに響き、ドアが開いた。

3人は何も言わず、その箱の中へと足を踏み入れた。




チーンーー。


14階で扉が開く。




扉の向こうには


1人の男が立っていた。


男は40過ぎたあたりの、やつれた患者着を着た男性だった。




「有科、誤解だ話をしようなっ」おびえた様子の40過ぎの患者着の男性は懇願するように、目の前の誰かの腕をつかんでいるようだった。




ドアが閉まる。




「なにあれっ、虚埼さん、めっちゃ老けてた……」由里がささやく。


「次来るで」遥が制した




13階で扉が開く。




「先生が、奥様とはもうすぐ分かれるとおっしゃっていたんじゃないですか!」白衣を着た若い女性が立っていた。


先生と呼ばれた男性は、恰幅の良い60は超えたように見える白衣の男性だった。


「いや、それは…」


「私、妊娠しています。子供も生まれます。早く離婚して、私と結婚してください!」




ドアが閉まる。




12階で扉が開く。




先ほどの60過ぎの男性と若い虚埼が立っていた。


「虚埼くん、羽村君が結婚を迫って来たんだよ…この件、君に頼めないか」


「承知しました。」




ドアが閉まる。




「えーーー!」由里と淳平は想定外の展開に叫び声をあげた。




11階で扉が開く。




再び、60代の男性と虚埼が立っていた。


「虚埼君……なんてことをしてくれたんだ!」


「私は君に、羽村君と“結婚してもらえないか”と頼んだはずだ!私はもう終わりだよ……」


「私は医療行為を行っただけです。問題はないですよ、絞間先生」


虚埼の笑顔は、静かに歪んでいた。




扉が閉まる。




10階で扉が開く。




有科と白衣の虚埼が並んでいた。


「羽村さん、突然大学を辞めたらしいですね。虚埼さん、なにか事情ご存じですか?」


「いや。縁談でも決まったんじゃないの?」


虚埼が笑って肩をすくめる。




扉が閉まる。




9階で扉が開く




有科と白衣の若い男性が立っていた。


「笠井さん、ちょっと預かってもらいたいものがあるんですよ。ロッカーなんですけど」


「控室の倉庫に置いとけばいいの?いいよ」


「はい。これ、念のために渡しときます」


白いタグのついた鍵が手渡される。




扉が閉まる。




8階で扉が開く。




白衣の虚埼が学生たちに指示を出していた。


「患者が暴れてる。拘束して。僕が鎮静剤を打つから」


「はい!」


白衣の学生たちが患者に群がり、押さえつける。




扉が閉まる。




7階で扉が開く。




患者着を着た虚埼が、一人で白髪を振り乱して暴れていた。


「僕は……僕は何も悪くない!日本の未来のためにやったんだ……!」




扉が閉まる。




扉が閉まった後、エレベーターの中には沈黙が落ちた。

わずかに機械の稼働音が耳に残る。


由里が、胸元の数珠袋に手を当てる。

その動きは、さっきよりもわずかに強くなっていた。


「……あれ、ほんまに虚埼さんやったんかな?


あんなに取り乱して……別人みたいやった」


由里がぽつりとつぶやいた。


「若い時と比べると、だいぶん老け込んでたな」

遥が付け加える。


「……ほんと、怖いです……」

淳平はそう呟いて、そっと足元を見る。靴が、かすかに震えている。


沈黙が落ちる。


チーン――


到着音が、機械のように冷たく響いた。




6階で扉が開く




病院のベッドに横たわる、うつろな表情の有科の姿が見えた。

頭には白い包帯が巻かれている。


その傍らに立つのは、白衣姿の虚埼うろさきだった。

「君も、心の平安を取り戻せたかな?」


白衣の虚埼が、穏やかな口調で語りかけている。




扉が閉まる。




5階で扉が開く




患者着の有科が、薄暗い廊下をひとり歩いている。


非常扉を開けて、外へ出ていく。


数秒後、ドスンという鈍い音とともに、鳥が一斉に飛び立つ。




扉が閉まる。




由里が息をのむ。




4階で扉が開く




絞間が、ぐったりと床に倒れていた。


「先生!しっかりしてください!」


先ほど笠井と呼ばれていた若い男性が必死に声をかけながら、胸骨圧迫を続けている。




扉が閉まる。




3階で扉が開く




研究室の一角で、若き日の絞間と虚埼が並んで笑っている。


「君は天才じゃないか。すごいなぁ」


「いえ、先生のご指導があってこそです」


二人の笑顔は、まるで栄光の始まりだったかのように輝いていた。




扉が閉まる。




2階で扉が開く。




有科がひとり、こちらを見て立っていた。


口元が動く。


「ありがとう」




扉が閉まる。




1階で扉が開く。




風も音もない、静かなエントランス。



外灯の光が差し込み、エレベーターの床をうっすらと照らしている。


誰も、何も言わなかった。



3人はただ、開かれた扉の向こうを見つめたまま、息をのんでいた。


壁の時計は、午前2時半を指している。15階でエレベーターに乗り込んでから30分が過ぎていた。



まるで何事もなかったかのように——ただ、秒針だけが進んでいた。




<第16話へつづく>



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