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開き続ける箱  作者: tomsugar


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13/18

13.記録が示す異常

ゼミ室の前に現れたのは、失踪した親戚の足取りを追う男子学生。

由里と遥が見せられたのは、一枚の記録――


『昭和三十五年度 高次脳機能研究会活動報告書』


夏のラウンジに、静かに染み込んでくる冷たい気配。


過去は今も、静かに呼吸をしている。


一人で来てはいけない場所だった。


          *


医学部エントランスホールに隣接するラウンジの一角。

そこに、由里、遥、そして篠原淳平の姿があった。


淳平も、由里の“圧”にはだいぶ慣れてきたらしく、以前のような過剰なおどおどしさは、もうあまり見られなかった。




「やばいやばい、黒崎さん、めっちゃ怖かった~!」



由里が、さっき不気味な笑顔で迫ってきた黒崎の話をぶちまけ始める。




「一人で行ったらあかんって言ったのに。来るからやん」

遥が、やれやれといった様子で由里を見る。




「だって、毎回、遥に悪いし…昼間やから大丈夫かと思ったんやって!


てか、今回エレベーターの怪異ちゃうし。黒崎さんやし」

由里が早口で反論する。




「一緒やん。黒崎さん、生きてる人ちゃうし」

遥はお菓子をつまみながら、あっさり言い放った。




「えっ?!」

なぜか淳平まで、びくっと反応する。




その反応を見て、由里はハッと何かを思い出したように口に手を当てた。


「そういえば……倉庫のバイトの時に聞こえた声……あれ、黒崎さんの声やってん」




「由里〜!そういう大事なことは、もっと早よ言って〜」

遥はいつも通り、あっけらかんとした調子で言う。




「いや、その……言うタイミングなくてさ」

由里がバツの悪そうな顔で答えると――




「忘れとっただけやろ」

遥がすかさずツッコむ。




「……バレたか」

由里は笑ってごまかした。




「で、淳平くんはなんで一緒におったん?」

由里が問いかけると、


「ゼミ室の前で、うろうろしてたで」

遥がさらっと言う。




「あ、えっと……お二人に共有したい情報があって……」

淳平はそう言いながら、おそるおそるノートを開いた。




「祖母に、あらためて例の“失踪した女性”のことを聞いたんです。その人――昭和30年に大学に入学したって言ってました」




「名前は?」


「羽村和江さん、だそうです」


「で、失踪したのはいつ?」


「……すみません、それ、僕の勘違いでした。実際は、どこかで療養中らしいです」


淳平が答えた瞬間、遥が首をかしげながら言った。


「羽村さんって、たしか絞間ゼミやったよな?」




その言葉に、由里がはっとしてカバンをごそごそと探り、コピーの束を取り出す。




『昭和三十五年度 高次脳機能研究会活動報告書』


   研究代表:絞間元資(医学部教授)   


   研究分担者:虚埼慎也(講師)、笠井辰郎(助手)

   学部所属学生:

    ・羽村和江(医学部医学科6年)

    ・野田聡(医学部医学科5年)

    ・有科詠人(医学部医学科4年)




「祖母が言うには……羽村和江さんは、大学で廃人にされたって……」

淳平の声は、しだいに小さくなっていった。


言葉が止まる。

重苦しい沈黙が、三人のあいだに落ちた。




――同じゼミから、一人は姿を消し、一人は廃人に。


誰も、それを偶然だとは思えなかった。




夏だというのに、どこからともなく忍び寄るような冷気が、じわりと身体にまとわりつく。

嫌な空気が、肌の内側にまで染みこんでくるようだった。




<第14話へつづく>

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