11.欠番のロッカー
D棟――かつて手術棟として使われていたその建物は、
今では備品倉庫として、ひっそりと大学の裏手に佇んでいる。
段ボールの山、古びた書類、誰も見向きもしない在庫表。
そこに、特別な意味などあるはずがない――はずだった。
由里と遥は足を踏み入れる。
静かだった空間が、ゆっくりとざわめきはじめた。
*
備品倉庫のバイトは、始業前に資材管理室に声をかけ、終わったら在庫表を提出するだけという、かなりおおざっぱなものだった。
「バイトはいつから始めますか?」と訊かれた瞬間、
「今日からやります!」
最初に簡単な図面を渡されて、1階の備品の在庫を調べるように指示された。
由里と遥は即答し、D棟――備品倉庫の鍵を受け取った。
ギィ……。
古びた鉄の扉を押し開けると、中は明らかに「病院の名残」を感じさせる造りだった。スイッチを押すとパチパチと点滅しながら蛍光灯がつく。
それでも廊下はどこか薄暗く、湿った空気がわずかに肌にまとわりつく。
図面によれば、D棟は地下、1階、2階構造。12室ある手術室はすべて1階に集中していた。
今はその一部が倉庫として使われており、手術台のあった空間には段ボールや棚が乱雑に積み上げられている。
中に保管されていたのは、カルテ用紙、診察札、使いかけのバインダー、文房具、ストレッチャー、白衣、廃棄予定のマニュアル類など。
注射針や薬品など、厳重管理が必要なものは一切見当たらなかった。
由里は一通り部屋を見て回ると、在庫表の記録と照合しながら、倉庫業務の拠点になりそうな部屋に目星をつけた。
その上で、遥のほうを振り返る。
手に持っていたのは、さっきもらったD棟の図面。
「ここだけ、他の部屋より狭いねん。なんの部屋かなと思ってんねん」
図面の一角を指しながら、由里が言うと、
「更衣室とかじゃないん?」
遥が覗き込む。
「ううん、更衣室やったら、シャワーとかも付いてるはずやし。もうちょっと広いはず」
「ふーん……じゃあ、何やろ」
ふたりは図面に記されたその“狭い部屋”へと向かった。
問題の部屋は、細長く、入口付近には古いロッカーのようなもの。そしてその手前には、段ボールがいくつも積み上げられていた。
床面はほとんど埋まり、内部には入れそうにない。
まずは段ボールをひとつずつ引き出し、内容物を確認していく。
由里が中身を調べ、遥が在庫表に記録していく――見事な連携だった。
ほとんどの段ボールを廊下に運び出したあと、ふたりは部屋の全体を見渡した。
ロッカーは壁沿いにずらりと並んでいて、床面は人がようやくすれ違える程度。
「……へんな部屋」
由里がぽつりとつぶやいた、そのときだった。
「ちょ、見て由里!」
遥の声が跳ねる。
床に、小さな鍵が落ちていた。
タグには『D10』の文字。
「これ……」
「このロッカーの鍵かな?」
ロッカーを改めて見てみると、扉の一つひとつに番号がうっすらと書かれていた。
1、2、3……16まで。だが――
「15番が、ない……?」
15だけ、ロッカーの並びから抜け落ちたように、ぽっかりと空いていた。
「……由里が拾った鍵って、D15やったよな?」
「うん……」
由里はゆっくりうなずく。
「試しに、このD10の鍵で開けてみよか」
――その時。
ギィィ……。
廊下の奥から、鉄扉のきしむ音が響いた。
「えっ……誰?」
由里が小さく震えながら振り返る。
「しーっ」
遥は、まるでこの瞬間を待っていたかのように冷静だった。
足音が近づいてくる。
一人分ではない、複数。ゆっくり、だが確実に。
「……患者に鎮静剤を打って。おとなしくさせて」
「はい」
何かが暴れているような、鈍い衝撃音。
そして――沈黙。
「では、手術を開始しようか」
その声に、由里の背筋が凍りついた。
聞き慣れた声だった。
聞き間違えるはずのない――
黒崎の声に、あまりにも、よく似ていた。
<第14話へつづく>




