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開き続ける箱  作者: tomsugar


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10/18

10.声の聞こえる倉庫

新しく研究棟のバイトにやってきた彼は、なぜか最初から妙におどおどしていた。

彼の口からぽろりとこぼれた“ある言葉”が、由里と遥をざわつかせる。


何気ない会話のなかに、ひとつの名前が混じった瞬間、

止まっていた歯車が、音を立てて動き始める。


          *


由里は数日の経過観察を終え、ようやく退院した。

研究棟のバイトはしばらく休むことになり、今日は引き継ぎを申し出てくれた後輩と顔を合わせる日だった。




待ち合わせ場所は、医学部エントランスホール横のラウンジ。丸テーブルとソファがいくつか、ゆったりと配置された静かな空間に、

篠原淳平しのはらじゅんぺいの姿があった。




今年入学したばかりの1年生。成績優秀で礼儀正しいものの、気の弱そうな雰囲気は隠せない。


「まずは、大まかなところから話すね」


由里は、バイトの引き継ぎ用に自作したと思われるファイルを開き、淳平に見せながら説明を始めた。


一方の淳平はというと――斎藤由里先輩を目の前に、完全に緊張で固まっていた。




「由里って、圧あるよなあ。いるだけで威圧感やばいわ」

遥が笑いながら肩をすくめて、場を和ませるように口を挟む。




なぜ遥がここにいるのかといえば――


「また一人で行ったら、どうせ怪異に巻き込まれるんやろ」

そう言って強引についてきたのだった。




「い、いえっ、そ、そんなことないです!」

淳平は慌てて首を振ったが、顔は見事にひきつっている。


「そやんな〜、ほら、そんなことないって」

由里はあくまで軽く、否定した。


「いや、あるやろ実際」

遥は苦笑を浮かべながら、小さく突っ込んだ。




そもそも淳平がこの研究棟のバイトに名乗りを上げたのは、備品倉庫の在庫点検がどうしても嫌だったからだという。




「てかさ、なんで最初からそんな地味なバイト選んだん? 他にも色々あったやろ?」

由里が不思議そうに問いかける。


「えっと、あそこ……もともとD棟って呼ばれてた建物で、昔は手術棟だったらしくて。それで、なにか分かることがあるかなと思って……」

淳平は視線を泳がせながら、おどおどと答える。


「へえ、手術棟に興味あったん? なんか調べてたん?」

今度は遥が首をかしげる。


「……あ、はい。ちょっとだけ……」

淳平の声は、また小さくなった。




彼が片桐大学を選んだのは、ある出来事がきっかけだった。


――昔、彼の親戚の女性がこの大学で消息を絶ったのだ。

両親ですら顔を知らないほど遠い親戚だったが、祖母がぽつりと語ったその話は、子供だった彼の心に不思議なひっかかりを残したという。




「で、その人が在学してた頃に使われてた建物って、今残ってる中ではD棟くらいしかなくて……それで、まずはそこから調べてみようかなって」

話すうちに、淳平の声にも少しずつ柔らかさが戻ってきていた。


「へえ〜、そういう理由やったんや」

遥が身を乗り出しながら、にっと笑う。




「でさ、淳平くん。備品倉庫のバイトの、なにがそんなに嫌やったん?」


「えっ、あ、その……」

また、淳平の口ごもる声が小さくなった。


「幽霊が、出るとか?」


由里がズバリ切り込むと、俊平はビクリと肩を震わせた。






「……で、出るというか……声が、聞こえるというか……」


「ヤバ。こわっ」


由里の目が一瞬、きらりと光った。


「叫び声、とか、物を叩く音とか……それに……会話も……」


「会話? どんな内容?」


遥が真顔になる。




「ひとつだけ、すごくはっきり聞こえたんです。

『それはさすがに手伝えませんよ。僕はプロジェクトから外してください』って……」


部屋の空気が変わった。


「プロジェクト……?」

由里と遥が同時に顔を見合わせる。


「……それと、もうひとつ。『アリシナ』って、聞こえました」


「有科!?」


ふたりが同時に立ち上がり、椅子が音を立てる。

俊平はその気迫に押されて、びくっと体を引き、椅子ごと後ろに倒れかけた。


「ひっ……!?」


「では、淳平くん。本題です」

由里がニヤリと笑う。


「そのバイト、私らに紹介してくれへん?」


「えっ、あっ、はい」


          *


淳平の案内で、三人は資材管理室までやって来た。「じゃ、僕、講義あるんで……」

そう言い残して、淳平はそそくさと足早に立ち去っていった。




残された由里と遥が、無言のままドアの取っ手に手をかける。



ギイ、と控えめな音を立てて扉が開いた。




中は整然としていて、棚にはバインダーと在庫表がぎっしり並んでいた。




「備品倉庫バイトの担当の方、いらっしゃいますか?」


由里はいつも通り、回りくどい言い方をしない。




「はいはい、いらっしゃい。バイト希望の方?」


「はい。あの……在学生じゃなくても大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫ですよ。その場合は、身分証だけ確認させていただきますね」


手続きはあっさりと進んだ。名前と連絡先を記入し、簡単な説明を受けるだけ。

由里と遥は無事に、備品倉庫バイトの登録を済ませた。


          *


ふたりが何に近づこうとしているのか。

その意味を知る者は、まだ、誰もいなかった。




<第11話へつづく>

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