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第二十話:バンドに小競り合いはつきもの

「これはまた…随分と大荷物ねぇ…」


 学校の廊下で、ムジカ先生が目を丸くして見つめていたのは、ゲテアやルドゥと共に、八つの打楽器を運ぶ私達だった。私とメリルが小さめの太鼓と、セングやフィフィットなどの金属板を持っており、一番力持ちなゼトがドゴムを持っている。三人で手分けしても、かなりハードな作業だ。


 すると、九つ目の打楽器であるコトトを持つダイダが、私の後ろからひょこっと顔を出した。


「オイラの荷物だぜ!」


 突然現れたゴブリンに、ムジカ先生はさらに驚き、まあ、という声を発しながら手で口を覆った。


「あっ…紹介します!新しい団員のダイダです!」


 私がそう言うと、ダイダはギロッとこちらを睨んだ。


「おい!まだ仲間になるとは言ってねえぞ!」


 だが私は彼を完全に無視して、ムジカ先生に話し続けた。


「あの…決して怪しい者ではないので、その…」


「かわいいわねぇ〜!」


 ムジカ先生が満面の笑みでそう言った直後、ダイダは私と同時に目を見開き、えっ、と声を漏らした。彼女はしゃがんでダイダと目線を合わせ、彼のザラザラした頭を撫で始めた。


「ちっちゃくてかわいい〜!目も宝石みたい!ゴブリンってこんなに愛くるしいのね!」


 ダイダはカァッと頬を赤らめ、ムジカ先生の手を払った。


「やめろ!気持ち悪りぃ!ナメてんのか、コラ!」


「ふふ、怒った顔もかわいいわ〜!」


 そしてさらにダイダを撫で回そうとするムジカ先生を見て、私は苦笑いをした。そういえばこの人は、昔から爬虫類などの意外な生き物が好きだと言っていたな。


「あの…ムジカ先生……私達、そろそろ…」


 私の声を聞いて、ムジカ先生はハッとし、慌てて立ち上がった。


「あら!ごめんなさいね、重たいのに!」


「いえ…鍵はいつもの場所にありますよね?」


「ええ、もちろん!ゆっくりしていってくださいね!」


 私達は先生に一旦別れを告げ、先へ進んだ。振り返ると、彼女は少し屈んでダイダに手を振っている。


「ったく…あいつ一体何なんだ!オイラのことベタベタ触りやがって…」


「そーいう趣味なんだよ、あの人は」


 メリルがそう返すと、間違った意味で捉えたのか、ダイダは引いているような表情を浮かべてぶるっと震えた。


ーーー


 音楽室に辿り着いてすぐ、私達は重たい打楽器を床に置き、へにゃりと姿勢を崩した。


「はぁ〜、疲れた〜…」


 私はその辺の椅子に倒れ込み、スカートを履いているのにもかかわらず、足を少し広げた。


「おい、コラ!オイラの大事な装備だぞ!もっと丁重に扱え!」


 まるで前世の体育教師のように腕を組んでいたダイダが、尖った声で指摘する。


「しょうがないじゃん、重いんだから…むしろ感謝してほしいよ」


「テメェはなんでさっきからタメ口なんだよ!昨日の敬語はどこ行った!」


「え〜、別によくない?音楽で通じ合った仲なんだしさ。ね?ゼトさん」


 にこりと笑いながらゼトの方を向くと、彼は目を見開き、少し戸惑った。


「いや、見るからに差があるだろ!!そいつだけさん付けはずるくねえか!?」


「ゼトさんとダイダは違うでしょ。こう…年上として尊敬できるっていうか……ダイダは特にそういうオーラ出てないし…」


「何だと!?」


「とにかく!」


 私はそう言ってひょいと立ち上がり、ケースから赤いゲテアを取り出した。


「こないだ作った曲の練習するから、とりあえず打ち合わせ通りにやってみよう。メリル、準備できた?」


「もっちろん!」


 すでに水色のゲテアを取り出していたメリルが、背筋をピンと伸ばして敬礼をする。


「ゼトさん、ルドゥの調子は?」


「ばっちりさ。昨日の夜、改良したばかりなんだ」


 ルドゥのネックに刺さっているネジのような物を回しながら、ゼトは答えた。


「よし!えっと…ダイダはこの曲初めてだし、一回私達の演奏見とこうか。いけそうだと思ったら、自分のタイミングで入ってきていいから」


「うっせぇ!命令すんじゃねえ!」


 ダイダはそう言いながら、雪玉のように太鼓を転がし、一つずつ積み上げていた。


 私はふぅー、と息を吐き、古びたミグモの前に立つ。


「それじゃあ…いっちょやってやりますか」


 最後にもう一度、メリルとゼトとアイコンタクトを取り、踵で床を4回叩いた。四度目の直後に、メリルがゲテアを鳴らす。くねくねと曲がる、蛇のような電流。それが何周か回り、私とゼトの出番が訪れた。少し低めの音を辿る二つ目のゲテアと、その下の土台を作るルドゥ。咆哮と唸りが重なって、まるで獣の巣窟のようだった。


 序盤のデスボの部分で、鉛のように重かった音が、クリーンボイスのサビで少し軽くなる。それでも、私達の心の叫びを、熱く強く体現している。歌わずとも聞こえてくる、それぞれの意思。この楽器こそが、私達の神器…私達の魂そのものだ。ここにドラムが入ったら、さらに燃えるだろうな…


 そう思っていた矢先に、木の棒がコトトを叩く音が響いた。振り向くと、ダイダが積み上げられた打楽器の後ろに座り、私達と共に音を奏で始めている。曲のBPMに合わせて、素早く太鼓を叩いている。その間にカーン、と鳴る金属の音が、彼の存在を際立たせる。見事な手さばきで、打楽器から打楽器へ棒を行き来させ、ゲームのラスボスのような雰囲気を醸し出している。


 しかし…早すぎる。最初はある程度私達に合わせていたが、徐々にずれていき、彼だけの音へと変化していく。その結果、メリルやゼトのタイミングもずれ始めた。ドラムだけ勝手に突っ走ってしまうせいで、他のメンバーもリズムに乗れなくなるあの現象だ。


「ちょっと!一旦ストップ!」


 私がそう言うと、全員が演奏を止めた。完全に自分の世界に浸っていたダイダは、2秒ほど遅れて手を止めた。私はそんな彼に、どうやって指摘すればいいのか考えた。


「えっと…ダイダ?入ってきてくれるのは嬉しいんだけど、もーちょいゆっくり叩いてくれるかな?勢いはそのままで、ペースだけ落としてみて」


「注文が多いんだよ!オイラの好きにしていいって言ったろ!」


「うん。だから、その…やり方をちょっと変えるだけでいいの。一応みんなで演奏してるんだからさ。ね?」


 ダイダは舌打ちをして、わぁったよ、とだけ言った。なんとか怒らせずに済んだみたいでよかった。


「よし…じゃあ、今の所からもっかいいってみよう」


 私は全員と目を合わせ、再び踵でカウントを取った。サビから演奏を再開したため、一瞬の乱れはあったが、なんとか持ち直し、音をシンクロさせた。少し後から入ってきたダイダは、言われた通りペースを落とし、弦が弾かれるタイミングに合わせようと努力していた。


 が、なかなかうまくいかず、今度は音がちぐはぐになっていた。早業を見せるべき所で、ただビートを辿っていたり、セングを鳴らすべき所で鳴らさなかったりと、問題は様々だ。要するに、合わせることだけを意識していて、全力を出せていない。


 正直、立て続けに二度も指摘したくはなかったが、これはさすがに正さねばという、リーダーの責任を感じてしまう。


「ストップストップ!」


 皆が手を止め、少し驚いた顔で私の方を向く。自分が失敗したのだろうか、どこがダメだったのだろうか、という目だ。この目を、私はよく知っている。故にとても言いづらく、喉から言葉を無理矢理絞り出す必要があった。


「あの……ダイダ…?」


「またオイラかよ!?今度はちゃんと合わせてただろうが!」


「いや、だからね…合わせるのももちろん大事なんだけど、同時にダイダの実力を発揮してほしいっていうか—」


 するとダイダは、2本の棒を床に投げつけ、椅子から立ち上がった。嫌な予感が的中してしまい、私はビクッとする。


「ふざけんじゃねえ!!何回指摘すれば気が済むんだよ!テメェ、オイラに恨みでもあんのか!?あぁ!?」


 彼が黄色い目をカッと光らせて叫ぶと、メリルがムッとした表情を浮かべ、前に出た。


「ちょっと!そんな言い方はないでしょ!」


「あぁー、もうやめだ!こんなアホくせぇ飯事、やってられるか!やっぱオイラは一人の方が向いてんだよ!」


 そう言って去ろうとするダイダの腕を、メリルはガッと掴んだ。


「待ちなって!」


「離せよ!!」


 そして彼女の手を思いっきり振り払おうとした時、指から生えている鋭い爪が、彼女の水色のゲテアに3本の傷をつけた。二人は同時に目を見開き、石化したかのように固まった。


 メリルに至っては、呼吸すらも止まっていた。まん丸とした両目に、涙が溜まっていくのが見える。


「私のゲテアが…」


 美しい水色の表面にできた新たな傷を呆然と見下ろしながら、彼女がそう呟くと、ダイダは歯を食いしばり、急いで部屋を出た。


「あっ…ダイダ!!」


 私が手を伸ばすと、ゼトが扉の方へ歩き出した。


「僕が話してみる。君はメリルを頼んだ」


 そう言い残して出ていくと、ついさっきまで爆音で満たされていた音楽室が、完全な沈黙に包まれた。


 私は恐る恐るメリルに近づき、彼女の肩にそっと手を置いた。


「メリル…」


 しかし、彼女は無言でそれを振り払い、部屋の隅っこへ向かった。悔しそうに唇を引き結びながら、そこに座り込み、傷ついたゲテアをぎゅっと抱きしめる。父親からもらった、大切なゲテアを。


 私は目を瞑って頭を抱え、震える息を吐いた。まただ。また私のせいでこんなことに…


 前世のトラウマが一気に蘇る。私の軽率な一言で、バンドが崩壊してしまったこと。固く結ばれていたはずの絆の糸が、いとも簡単に切れてしまったこと。リーダーとして正しいことをしたつもりが、結果的に仲間を傷つけてしまった。


 そして、最後は一人になる。


 恐怖に襲われ、私は両手で顔を覆った。もう二度と、あの孤独は経験したくなかったのに。今度こそ、悔いのない人生を生きられると思っていたのに。また何も成し遂げられず、一人で死ぬことになったら、私は…


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