第十九話:白熱キメラ
「はぁ…はぁ……やっと追いついた〜」
ヘトヘトなメリルと、ゲンズをおぶっていたゼトが、観客の波をかき分けて、ようやく私の元へ辿り着いた。
「こら、ガルシャ!単独行動はよしなさい!もし君に何かあったら、お父さんに合わせる顔が—」
「見つけた…」
そう言ってゲンズを遮った私の視線は、目の前の輝かしい演奏者に釘付けになっていた。まるで心臓の鼓動のようなドゴムのビート…細い木の棒とコトトの接触が発する、素早く軽快な音…それらを繋げ、曲にパンチを加える金属の音……この完璧なコンビネーションに、私の心は完全に奪われていた。こんなにたくさんの音をたった一人で奏でているダイダこそが、私達のバンドにふさわしい。
「私達の…四人目の団員…!」
メリル達もしばらくそこに佇み、ダイダの華麗なるドラムソロを聞いていた。彼がドゴム以外の四つの太鼓を高速で叩くと、メリルが思わず口をあんぐりさせ、速っ、という声を発した。無理もない。正直、プロのドラマーでも難しいテクニックだ。それをあんなに細い腕でやってのけていることが、一番衝撃的だった。目で追えないくらいの速さで、空間全体を巻き込む、怪物のような音を生み出している。
そんな音にぼーっと聞き入っていると、セングがカーン、と大きく鳴り、観客の拍手喝采が響いた。いつ終わったのかもわからないくらい、私はその演奏に引き込まれていたのだ。
メリルは瞳をキラキラと輝かせながら、他の観客と共に拍手をする。
「すごい…!!あんな風に色んな打楽器を扱える人が、本当にいたんだ…!!」
私は笑みを浮かべた。この音を、もっと聞きたい。私達の音と合わせて、もっとすごいものを作り出したい。
その時、ダイダが椅子から立ち上がり、突然、指笛を吹いた。すると、カウンターの裏にいたマスターらしきゴブリンが、彼に向かって小さな袋を投げた。それがダイダの手の中に落ちた瞬間、ジャリ、という音を立てた。硬貨か何かだろうか。
そして、マスターが大きな声で告げる。
「野郎ども!ダイダの公演を記念して、今から3時間、無料飲み放題だぞ〜!」
やべぇ、マジか、などのざわめきが広がり、観客の注意が一斉にカウンターに向けられた。その隙に、ダイダは走り出し、一番近くにあった窓を開けて外に出た。
「あ!逃げた!」
メリルが指を差してそう言うと、私は再び観客をかき分け、扉の方へ全力で走った。体重をかけ、バン、と開けると、ダイダはすでに数十メートル先まで逃げていた。この距離からでは、米粒くらいの大きさにしか見えない。
「はっや…!」
「なるほど…あの逃げ足の速さで、今まで編み目を潜ってきたわけか」
メリルやゼトと共に、なんとか私に追いついてきたゲンズが言った。
「どうしよう…このままじゃ…!」
「僕が行く!」
そう言って動き出したのは、ゼトだった。長い衣服に縛られながらも、ダイダに負けないくらいの速さで走り、あっという間に彼も米粒サイズになった。
「ゼトさん!?」
私が目を丸くして戸惑っていると、メリルがポケットから何かを取り出し、素早く詠唱を唱えた。
「仮初の形よ…創造主の声に従い…ここに顕現せよ!飛べ、ウォーターリリィ!」
そしてメリルが宙に投げたのは、水色の折り紙で作られた、小さな蝶だった。それは四枚の羽を羽ばたかせ、素早くゼトとダイダを追いかけた。
「えっ…!?何、今の?」
「前にネビュラさんにちょっかい出してた奴の術を再現してみたの!」
メリルは笑みを浮かべながらそう言って、懐から木の水筒を取り出した。その蓋を開け、地面に水を垂らす。
「私の魔術の根源は、主に水だから…水を通して、私が命を吹き込んだものと視界を共有できるはず…!」
彼女が指をパチンと鳴らすと、足元にできた水溜まりに、走っているゼトとダイダの映像が映った。あの蝶と視界を共有していたため、上空から見下ろす形になっていた。
「よし、できた!」
「わぁ…すごっ…!!」
私は純粋に感心していた。短時間で変換魔術を習得した時も思ったが、メリルにここまで魔法の才能があったとは…
映像の中で、ダイダが細い路地を通る。彼はヒヒッ、と笑いながら、壁に立てかけてあった木の板を倒した。ゼトはそれを容易に飛び越え、どんどんダイダに接近していく。
しかし、角を曲がったところに、大きな袋が積み上げられた荷馬車があり、ダイダはその馬の尻を思いっきり叩いた。すると、馬が暴れ出し、御者ごと荷物をひっくり返しながら、その場で一周した。
私はそれを見て、応援していたイケメンスケート選手が負けそうだった時くらいの焦りを感じた。
「まずい…!逃げられちゃう!」
ゼトは一度足を止め、状況を観察した。おそらく、この障害物を潜り抜ける方法を探しているのだろう。彼はタイミングを見計らい、再び走り出す。そして、ちょうど馬が横を向いたまま、足の動きを止めている時、彼はアクション俳優並みのスライドで、荷台の下の隙間を通った。
「やった!!」
私とメリルは互いの手を握り、安堵したような表情でそう言った。私達の後ろから観覧していたゲンズも、目を丸くして、おお、という声を発した。
ゼトは先ほどよりも速度を上げ、もう一度ダイダに接近した。動く障害物にまで対応できたゼトに、ダイダも相当驚いている様子だった。
彼は焦りながら、別の路地に入り、その突き当たりにある柵を登ろうとした。だが、ゼトは彼に急接近し、地面に落ちていた小さなボールを蹴り上げた。それは正確にダイダの手元に当たり、彼はその衝撃で地面に尻もちをついた。そしてゼトは彼をうつ伏せにひっくり返し、片手で背中を押さえながら、もう片手で腕を掴んだ。刑事ドラマなどによく出てくる技だが、生で見るのは初めてだ。
「よし、捕まえた!」
私がそう言うと、メリルはパン、と手を合わせて術を解き、走り出す準備をした。
「ゲンズさんはここで待っていてください!」
「勝手に動いてはダメだ、ガルシャ!私も連れて行きなさい!」
「ゼトさんがいないと無理ですよ!」
そして私はゲンズの両肩に手を置き、彼を安心させる為、微笑んで見せた。
「大丈夫ですから…少しの間だけ、待っててもらえませんか?私達三人なら、どんな状況でも切り抜けられるはず。それに、このチャンスを絶対逃したくないんです。私はダイダを、どうしても楽団に引き入れたい」
私のひたむきな眼差しに、ゲンズもそれ以上言い返せず、ため息をついた。
「…10分待とう。それまでに戻ってこなかったら、知り合いのゴブリン達を総動員して君を探し出す。いいね?」
「はい!ありがとうございます!」
私はそう言って、メリルと共にゼトの元へ向かった。
ーーー
「離せ!離せっつってんだろ!」
ゼトに取り押さえられていたダイダが、ザコキャラのようなしゃがれた声で喚いていた。私とメリルは路地の突き当たりへ向かい、彼らに駆け寄った。
「ゼトさん!」
「ガルシャ…!メリル…!」
ゼトはパァッと笑い、ゆっくりとダイダを解放した。しかし、自由になった途端、ゼトを押し除けて再び逃げようとしたため、私とメリルは両腕を広げて、彼の道を塞いだ。
「おっと!もう逃がさないぞ〜!」
メリルは鼠を追い詰めた猫のように、ニヤリと笑った。
「お願いします!少しでいいので、私達の話を聞いてください!」
ダイダは正面に立つ私達から、背後に立つゼトへ視線を行き来させ、汗をダラダラかきながら歯を食いしばった。
「チッ…お前ら何なんだよ!なんでそんなにオイラに構うんだ!」
「ダイダさん…ですよね?」
私は話しながら、彼に近づいた。一歩、また一歩と…怯えている小動物にそっと歩み寄る感じで…
「私はガルシャ。ここにいる二人と一緒に、楽団をやっているんです」
「楽団だと…?」
「さっきのあなたの演奏…本当に素晴らしかった。あんな風に、複数の打楽器を同時に扱える人は初めて見ました。私はずっと、あなたのような人を探していたんです。あなたの音と、私達の音が混ざり合えば、きっと今まで以上に個性的で、かっこいい音楽が生まれるはず…!」
私はダイダの目の前で立ち止まり、彼に手を差し伸べた。
「ダイダさん…私達の楽団に、入る気はありませんか?」
ダイダは目を丸くしたまま、しばらく私の手をぼーっと見つめた。そして、バシッ、と振り払った。
「ふざけんじゃねえぞ!オイラは誰とも組む気はねえ!とっととどきやがれ!」
彼はそう言って私を思いっきり押し退け、ビュン、と素早く逃げ出した。
「ガルシャちゃん!」
メリルは倒れそうになった私を受け止めた後、あいつ、と唸りながらダイダの背中を睨んだ。
「追いかけるか?」
ゼトがもう一度走る準備をしながらそう尋ねたが、私は真剣な表情で体勢を整え、冷静に返した。
「いいえ…やり方を変えます」
そして私は、ブツブツと呪文を唱えた。私の目の前に、赤く小さな魔法陣が現れる。この前、ズィーグル先生に秘密裏に教えてもらった、拡声魔法というものだ。
私はスゥーッ、と息を吸いながら、遠くなっていくダイダの背中に照準を合わせた。
「ドンガラガッシャーン!!稲妻よ、砕け!!」
魔法陣に向かって放ったデスボは、まるで警報のように周囲に響き、無理矢理ダイダの足を止めた。振り返った彼は、メリルやゼトと同様、目を見開いて固まっていた。
よし…それでいい。本番はまだまだこれからだ。
「破滅は世界を起こし、心の獣を呼び覚まァァァァァす!!
幻覚?そんな甘いモンじゃない!!
己の恐怖に立ち向かえ!!」
楽器も何もない中、私は吠え続けた。意思を、情熱を、ダイダに投げつけながら。デスボの稲妻が、彼の周りに陣を描き、彼をその場に留めていた。徐々に他のゴブリン達も集まってきて、彼の道を塞いでいく。
さあ、もう逃げられないぞ。今だけでいい。私の声を聞いてくれ。
「獄中、退廃、ナンセンス!!
籠に囚われたまま!!
一生を終える気か?
そんなのつまらねえだろォォォォォッッ!!」
すると、高く鋭い指笛が、唸り声の嵐を遮った。一旦黙り、顔を上げると、背後に集まっていたゴブリン達に、ダイダが合図をしていた。彼らは一斉にそれを理解し、ヒソヒソと話しながら、互いの間で何かを回し始めた。後ろから運ばれてきて、最後にはダイダの元へ行き着く。コトト、ドゴム、セングにフィフィット…先ほどダイダが使っていた打楽器の集合体を、ここで再び組み立てていたのだ。
ダイダは一番近くにいたゴブリンから、2本の木の棒を受け取り、積み上げられた打楽器にそれらをかざした。
そして、叩く。
ドン、ドン、ガシャーン、と、まさに稲妻のような音が鳴り響いた。凄まじい手さばきで、棒を端から端まで移動させ、太鼓と金属を交互に叩いた。心を貫く轟音が、連なって、重なって、曲となる。そう…私の曲に。
私はニヤリと笑い、再び息を深く吸った。ダイダの音に合わせて、鋼鉄の言葉を吐く。
「殻を破っていけ!!
不可能を可能にしたいなら!!
その壁はお前が作ったものだ!!
お前にしか壊せなァァァい!!
全てが敵になろうとも!!
歩き出せば勝利を掴める!!
革命の稲妻となれェェェェェッッ!!」
頭突きをするように、剣を交えるように、咆哮と轟音を同時に響かせる。私とダイダの音が、混ざり合って、ひしめき合って、誰も見たことのないキメラを生み出している。
ダイダが連続でコトトを叩いたため、私も最後にとびっきりのデスボを放った。喉ごと焼き尽くすくらいの情熱を、彼にぶつけてやりたい。彼に負けないくらいの音で、互いの心を共鳴させたい。
そしてダイダは、両端の太鼓を同時に三度叩くことで、激しくも完璧なエンディングをもたらした。嵐が止み、恐ろしいほどの沈黙が訪れる。聞こえるのは、私とダイダの浅い呼吸だけ。
私達は汗をダラダラとかきながら見つめ合い、笑い合った。音楽という戦いを経て、私達の心は繋がったのだ。まるで、ボコボコに殴り合った後に、固い握手を交わすライバルのように。




