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第二十一話:次の一歩

 僕の名前はゼト。エルフの隠れ里で生まれ育ったが、成人しても全く魔法が使えないため、追放されてしまった。それから愛用のルドゥと共に世界中を旅して、あらゆる国と地域で音楽を奏でてきた。現在はミューゼという町で、ガルシャ達と一緒に楽団をやっている。


 しかし、そんな楽団も今、解散の危機を迎えている。


「ダイダ!待つんだ、ダイダ!」


 音楽室を出た後、自慢の逃げ足を活用して、学校の廊下を走り抜けていた小柄なゴブリン。僕はそんな彼を一生懸命追いかけながら、大声で呼びかける。


「付いて来んな!どうせまた綺麗事を並べるつもりなんだろ!」


「それでも…もう一度君と話がしたい!君だって、本当はみんなと一緒に演奏したいんだろう!ガルシャと二人で心の音を晒し合った時、すごく楽しそうだったじゃないか!」


 そう言うと、ダイダは足を止め、回廊のど真ん中で固まった。中庭から差し込む陽の光が、彼の小さな背中を寂しく照らしている。僕は少し離れた所で呼吸を整えながら、その姿をじっと見つめた。


「…だとしても……どうしようもねえんだよ。オイラの性格じゃ、仲間なんてできやしねえ。お前もよくわかっただろ。気に入ったものも…大事だと思ったものも…オイラは簡単に壊しちまうんだ」


 ダイダは振り向かずに、肩を縮めてそう語った。手や声が、微かに震えているような気がする。


 僕は深呼吸をして、彼にゆっくりと近づき始めた。


「僕も…最初の頃はそう思っていたよ。僕が厄介者だから、みんな僕から離れていくんだって……友達なんか作っても、結局無駄なんだって。でも、ガルシャは他のみんなとは違う。彼女は外見や性格だけで、人を判断したりしない。ちゃんと本質を理解して、歩み寄ってくれる。本当に…優しい子なんだ」


 真後ろまで辿り着くと、ダイダはようやく振り返り、一度も見せたことのない弱々しい表情で、僕を見上げた。


「それに、メリルもきっと同じさ。彼女はガルシャとよく似ている。少し感情的になることもあるが、とても思慮深くて、心が広いんだ。君のことも、必ず受け入れてくれる。だから…」


 そして僕は微笑みながら、ダイダの肩にそっと手を置いた。


「もう、怖がらなくていい。ゆっくりでいいから…自分を信じて、踏み出してみよう」


 ダイダはその黄色い目を丸くし、しばらくぼーっと僕を見つめた。次第に僕は恥ずかしくなり、頭をかきながら視線を逸らした。


「あっ…これも、ガルシャに教わったことなんだ。さすがに僕一人じゃ、こんなことは言えないよ」


「……お前、あいつに惚れてんのか?」


「えっ!?」


 突然放たれた言葉に、僕は頬をかぁっと赤らめ、今までにないくらい取り乱した。


「いや…!惚れてるとか…そういう話じゃなくて、その……人として、ものすごく尊敬しているというか…!」


 すると、ダイダは声を上げて笑い出し、僕はそれをぽかんとした表情で見つめた。


「…やっぱ面白ぇわ、お前ら」


 彼はそう言って、両手をポケットに突っ込み、いつもの余裕そうな態度を取り戻した。


「いいぜ。もうちょっとだけ付き合ってやるよ。あのオオカミ女にも…ちゃんと謝らねえとな」


「ダイダ…」


「ほら、行くぞ。惚れた女を待たせちゃいけねえだろ?」


 ダイダがそう言って僕を通り過ぎ、来た道を戻り始めると、僕は再び頬を赤らめながら、彼の後を追った。


「だから…!惚れてなんかいないと言っているだろう!」


「へいへい。なんとでも言えばいいさ」


 僕は恥ずかしくて目を伏せたが、思わず笑みがこぼれた。そういえば、こうやって男友達と他愛ない会話をするのも初めてだな。これも全て、ガルシャのおかげだ。


 喜びと希望に満ちた眼差しで、僕は前を向いた。これから仲間達と共に作り上げる、輝かしい未来に期待しながら。


ーーー


 私は音楽室の近くの水飲み場で、カラカラな喉を潤しながら、目を瞑って深呼吸とため息を繰り返した。あの部屋に戻るのが怖い。向き合うことが、怖い。その先で待っているのが、絆の崩壊かもしれないと考えると、一歩も動けなくなる。


 それでも、やはりちゃんと話をしなくては。正直、何て言葉をかけたらいいかわからないが…できる限りのことはしたい。メリルは、私の大事な親友だから。


 私は最後にもう一度だけ深呼吸をして、頬を両手でパンパン、と叩いてから、音楽室の方へ歩き出した。入り口の前で立ち止まり、ゆっくりと扉を開けると、メリルが部屋の隅で、ゲテアを抱きしめたまま縮こまっていた。耳がペタンと垂れていて、目の下が真っ赤に腫れている。以前、父親に外出を禁止された時と似たような状態だ。


 私はそんな彼女にそっと近づき、隣に座った。彼女は全く反応せず、こちらを見ようともしない。さて、どうするか…


「…ねえ、メリル。私さ…時々考えるんだ。もし、父さんと母さんに思いを打ち明けられなくて、ずっと心の音を隠して生きていたら、って。そしたら、楽団をやるなんて発想もなかっただろうし、こうやってメリルと一緒に音楽を奏でることもなかっただろうね」


 私はそう言って、メリルに笑いかけながら、彼女の肩に手を置いた。


「ありがとう…メリル。あなたが私の背中を押してくれなかったら、きっと一生あのままだったよ。ほら…私って、結構臆病だからさ。本音を言おうとすると、涙が出てきちゃうし」


 メリルの表情が、徐々に緩んでいく。ゲテアのネックをきつく握りしめていた手から、力が抜けていく。


「メリルのおかげで、親にも認めてもらえて、大切な仲間と一緒に、自由に音を奏でられる。あなたが今抱いてるそのゲテアが、何よりの証拠だよ。だから…もう一度、ダイダと話をしてみよう。きっと彼も、私達と同じで、繋がれる人を探してるだけだから」


 メリルはしばらくぼーっと俯いた後、深呼吸をして、ゲテアの表面に残った3本の傷を撫でた。


「…そうだね。あいつ…前のガルシャちゃんと、同じ目をしてた。道に迷って、助けを求めてるみたいだった。それに…よくよく考えると、この傷も、私達の繋がりの証なのかもしれない」


 静かな声でそう言うと、メリルは小さく微笑んだ。その顔から先ほどの憂鬱は消えていなかったが、それでも、少しだけ希望の光を帯びていた気がする。


 そんな彼女の表情を見て、私も安堵の笑みを浮かべた。


 その時、音楽室の扉が開いて、ゼトとダイダが入ってきた。私達は同時に立ち上がり、仕事から帰ってきた飼い主を見る犬のように、バッと二人の方を向いた。


「話はつけてきたぞ」


 笑顔でそう言った後、ゼトはさあ、というジェスチャーで後ろに下がった。それに応じて、ダイダがもじもじしながら前に出る。


「その…さっきは悪かった。ひでぇこと言って…大事なモンに傷までつけて…」


 ダイダは申し訳なさそうに、メリルのゲテアに残った跡を見つめた。


 しかし、メリルは笑みを浮かべ、柔らかな声で返した。


「いいよ。この傷、よく見たらなんかかっこいいし。私こそ、取り乱してごめん」


 そして彼女は、目を丸くして固まっているダイダに、手を差し出した。


「これからもよろしく、新入り」


 しばらくぼーっとその手を見つめた後、ダイダもフッ、と笑い、彼女と固い握手を交わした。


「オメェより芸歴は長ぇっつーの」


 私とゼトは目を合わせ、そんな微笑ましい光景を共に眺める。彼も私と同様、安心しているのがわかる。やっと見つけた大切な仲間を、失わずに済んでよかったと思っている。引きつっていた心の糸が、ようやく緩んだのだ。


 すると数秒後、外からソプラノのような甲高い声が聞こえた。


「ガルシャさ〜ん!ガルシャさ〜ん!!」


 扉の方を見てみると、ムジカ先生がゼーゼーと呼吸しながらそこに立っていた。


「ムジカ先生!どうしたんですか?」


「あのね…ちょっと外の空気を吸おうと思ったら、興味深い張り紙を見つけて、ガルシャさんに教えなきゃ、って…」


「張り紙?」


「これよ…!」


 そしてムジカ先生は、収穫祭の張り紙に似た、色とりどりの紙を私達に見せた。煌びやかなブルーで彩られたその張り紙には、独特なアレンジが施された真っ赤な古代文字が書かれていた。それは…


「中央都市新人音楽祭…?」


「そう!色んな楽団が参加してるらしいの!ガルシャさん達も、ここに出演してみない?」


 私達は目を丸くし、息を呑みながら、互いに見つめ合った。


「私達が…中央都市で…?」


 そう呟いた私の中には、すでに火が灯っていた。まだ楽団を結成して間もない私達に、まさかこんなチャンスが舞い込んでくるとは……しかも、選りすぐりの音楽家達が集う中央都市で?こんなの…夢みたいだ。


「やろう!」


 勇気に満ちた声でそう言ったのは、メリルだった。


「四人での初舞台にうってつけじゃない!」


「そうだな…僕達の存在を、国の真ん中で証明してやろう!」


「早速本戦か!腕が鳴るぜ!」


「みんな…」


 思った以上に乗り気な三人を見つめ、私も覚悟を決めた。この楽団を背負って、頂点に輝いてみせる。


 鋭い眼差しと逞しい笑みで、私はムジカ先生にファイナルアンサーを伝えた。


「…やります!」


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