第十四話:ロックとは何か
午後になると、私達は帰路につき、笑い合いながら来た道を戻った。
「色んなことがわかってよかったね!」
メリルがルンルンとスキップをしながら先頭を行く。私はそんな彼女の微笑ましい姿を後ろから眺めていた。
「うん。これでゼトさんをどうにか説得できればいいんだけど…」
「なんとかなるよ!ガルシャちゃん、案外誰とでも仲良くなれるもん!」
「それはメリルの方でしょ?」
「え〜、そうかなぁ〜」
すると、突然、ぐぎゅるる〜、という音が鳴り、メリルが恥ずかしそうに自分のお腹をさすりながら、歩くペースを落とした。
「えへへ…いっぱい歩いたらお腹空いちゃった〜!」
「そろそろお昼にしよっか。この辺のお店でも試して—」
「やめてください!」
その時、近くから訴えるような声が聞こえたため、私達は同時に足を止め、同じ方向を見た。周りの人々も、何人か立ち止まって見ていた。
全員の視線の先にいたのは、荒い服装の三人組を睨む、ピクシーの女性だった。背はかなり低かったが、顔つきからして、年齢は二十代後半くらいだろう。波状にうねっていた薄い青色の髪を黒いリボンで束ねており、まるで私の世界で言うゴシック衣装のような、フリルやレースがたくさん含まれた黒と紫のドレスを着ていた。そして彼女の背中からは、昆虫のような透き通った羽が4枚生えていた。
「そんな顔すんなよ。楽しく遊ぼうぜ?」
三人組の中心にいた男が女性の手首を掴もうとすると、彼女は不快そうな表情でそれを振り払った。
「触らないで!」
そう言った女性の高く滑らかな声は、低音を意識的に引き上げているように聞こえた。見た目からはわかりづらいが、おそらくは…
「おい、よく見たらコイツ、男じゃねえか」
「本当だ!男のくせにこんなに着飾っちまって、ウケる!」
横の二人が女性を嘲笑いながら、彼女の胸や腰などに手を伸ばした。女性はビクッとしてその手を避け、一人の男を押し返す。
「いい加減にしなさいよ!」
しかし次の瞬間、中心の男が女性の顎をガッと掴み、顔を近づけた。つい先ほどとは違って、冷たい表情を浮かべており、刃物のように鋭い眼差しで女性を見下ろしている。
「そりゃあこっちのセリフだぜ、お嬢ちゃん。俺らがその気になれば、テメェのほっせぇ手足なんか一発で折っちまえるんだぜ?なんならその気持ち悪ぃ羽も捥いでやろうか?」
女性は目を見開いたまま、恐怖により固まっていた。
「優しくしてやってるうちに、大人しく俺らのオモチャになれよな」
中心の男がそう言って、視線で合図をすると、横の二人が女性の両腕を押さえた。彼女は必死で抵抗しようとするが、いくら身をよじっても抜け出せない。
「嫌…やめて!!やめてってば!!」
その時だった。初めて人前でデスメタを披露したあの日のように、私の体が勝手に動き出したのは。何も考えずに前へ進みながら、首から下げていた『群青の火種』の紐をちぎり、それを思いっきり振り上げた。
「お姉さん!ちょっと目瞑っててください!」
女性に向かってそう叫ぶと、四人が一斉に驚いた表情でこちらを向いた。
そして私は、振り上げていた青い石を、彼らの方へ投げた。
「爆ぜろ!!」
青い石は空中でパキンと割れ、強烈な光を放った。女性は反射的に目を瞑っていたが、三人の男はすぐに反応できなかったため、周りで見ていた数人の住民と同様、眩い光に目をやられた。
私はその隙に女性に駆け寄り、彼女の手首を掴んで引っ張った。そして、わっ、という声を上げる彼女を連れて、急いでメリルの元へ戻った。
「メリル!逃げるよ!」
「えぇっ!?」
メリルは私の突然の行動に混乱していたが、とりあえず言われた通りに走り出した。
「あ…あなた達は…!?」
同じく混乱していた女性が言った。私も正直焦っていたため、できるだけ簡潔に答えた。
「えっと…通りすがりの学生です!」
「クソ…っ!!何だ今のは…!!」
背後から男達の声が聞こえる。走りながら振り返ると、中心の男が懐から何かを取り出しているのが見えた。赤い紙を折って作った、手のひらサイズの竜だ。
「仮初の形よ…創造主の声に従い…ここに顕現せよ!飛べ、ファフニール!!」
男がそう言って竜を上へ投げると、それはまるで生きているかのように翼を広げ、私達の後を追ってきた。
(折り紙を使った操術…!?あんなの見たことない…!)
すると竜は口を開け、路地へと逃げ込む私達に向かって火を吐き出した。
「嘘!?」
私達は速度を上げ、上から放たれる炎を、ジグザグに走ることで避け続けた。
「天空の精霊よ…その息吹で敵を裂き…救いの祈りに応えたまえ!」
その時、ピクシーの女性が竜に視線を向けながら、素早く詠唱した。直後、強い風が吹き、竜は見えない斬撃によってバラバラに切り裂かれた。
(すご…っ!!)
しかし、感心している暇などなかった。散り散りになった赤い紙片は、それぞれ空中に浮かんだまま、眩い光を放った。そして、一斉に爆ぜた。私達は幸い、直接巻き込まれたりはしなかったが、その衝撃で結局バランスを崩し、転んでしまった。
「いった…!」
隣で苦しそうな声が上がる。横に目をやると、メリルの膝に擦り傷ができていた。
「メリル!」
だが、彼女の方へ伸ばした手は、革靴を履いた足に踏みつけられた。
「あ…っ!!」
「テメェ…よくもやってくれたな」
その足は、三人組の中心にいた男の者だった。ポキポキと指の関節を鳴らす彼の後ろから、残りの二人が歩いてくる。三人とも、すでに追いついていたのだ。いくら竜に足止めされたとはいえ、さすがに早すぎないか?
「さっきの不意打ちは高くつくぜ?」
男はそう言って私の髪を掴み、体ごと持ち上げた。
「ガルシャちゃん!!」
メリルは膝の痛みに耐えながら立ち上がろうとしたが、もう一人の男による羽交い締めで抑えられてしまった。ピクシーの女性も、三人目の男にナイフを向けられ、動けずにいた。
「俺達の邪魔をしたこと…ゆっくりじっくり後悔させてやるよ…!」
私の髪を掴んでいた男も、懐からナイフを取り出し、それを指でくるくると回した。
ああ…終わった。私の愚かな行動のせいで、メリルまで危険に晒してしまった。助けようとした女性も、私のせいでさらに恐ろしい目に逢ってしまうかもしれない。
(まずい…完全にしくった…!みんな…ごめん…!!)
私は最悪を覚悟し、目をぎゅっと瞑った。
しかし、拳も刃も、何も届かなかった。代わりに、ゴン、と、打撃のような音が響いた。
そっと開いた目は、一瞬で丸くなった。眼前にいたはずの男が、頭から血を流しながら倒れている。そしてその背後に、木の棒を握る白髪の男性。
「ゼト…さん…?」
そう…左目を布で覆い、大きなルドゥケースを背負うその姿は、紛れもなくゼトのものだ。
「兄貴!!」
「野郎…!よくも兄貴を!!」
残りの二人がメリルと女性を離し、ゼトの方へ突進した。彼は先に辿り着いた男に向かって棒を振り下ろしたが、頭を打てる前に棒を掴まれてしまった。男はニヤリと笑い、ゼトの脇に蹴りを入れようとする。しかし、ゼトは片手を棒から離し、その手で男の足を掴んだ。そして、凄まじい力で男の全体重を振り回し、もう一人の男に向かって放り投げた。その際に二人は頭をごつんとぶつけてしまい、失神した。
その光景を眺めているうちに、足の力が抜けてしまい、ペタンと地面に座った。ルドゥケースを背負っているとは思えない身軽さで男達を倒していくゼトに、私は完全に心を奪われていた。今の私にとって、彼は英雄に等しい。
「やばい…何これ…」
無意識にそう呟いていた私に、メリルは視線を移した。
「ガルシャちゃん?」
私は目をキラキラと輝かせながら、笑っていた。この時は自覚していなかったが、多分頬も少し赤くなっていたと思う。
「最高にロックじゃん…!!」




