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第十二話:トキメキ重低音

 異様な音楽を奏でる学生二人組は、町中で噂になった。もちろん、学校でも。


「ねえ、聞いた聞いた?あの二人、収穫祭でものすごく話題になったんだって!」


「すごくかっこいい演奏だったらしいよ!うちのお父さんが言ってた!」


「私見に行ったよ!ちょっとうるさかったけど、本当に熱い舞台だった!観客も大盛り上がりだったし!」


 校内の至る所から聞こえる生徒の声に自尊心を膨らまされ、メリルは鼻が高かった。ドヤ顔で廊下を歩く彼女とは裏腹に、私は自信なさげにゲテアケースの紐を握りしめながら縮こまっていた。なぜなら、私の耳には感心や賞賛の声ではなく、批判や拒絶の囁きばかり届いてしまうからだ。


「あの二人が収穫祭で弾いた歌さ、やっぱ変じゃない?」


「そうだよね…なんか、場違いっていうかさ…ああいうのはよそでやってほしいよね」


「近所迷惑以外の何でもないよ、あんなの。ただの爆音じゃん」


 ですよね〜、と私は思った。こっちの反応の方が普通というか、予想通りというか…こうなることは最初からわかっていた。でも実際に言われると傷つくなぁ…


 そう考えながら露骨に落ち込んでいる私の腕を、メリルがぎゅっと抱き寄せた。


「ガルシャちゃん、ガルシャちゃん!私達、もうすっかり有名人だね!」


 太陽のように眩しい笑みを浮かべながら、嬉しそうに話すメリルが、羨ましくて仕方がなかった。


「うん…そうだね…」


 すると、メリルが私の肩に腕を回し、耳元で囁いてきた。


「大丈夫だよ。悪いこと言われても気にしない気にしない。私が付いてるんだから」


 目を丸くして横を向くと、メリルは私を勇気づけるようにニヒッ、と笑った。その言葉と表情に励まされ、私もようやく微笑んだ。


 やっぱりメリルは、私なんかよりずっと強いな。彼女が側にいてくれて、本当によかった。


 そんなこんなで、私達はなんとか教室に辿り着いた。席に着くと同時に、ゲテアケースを椅子の背もたれにかける。誕生日にもらった新しいゲテアを見せびらかしたい気持ちは山々だが、目立ちすぎて面倒なことにならないよう、普段は借り物のゲテアを持ち歩いている。メリルも同じ考えだった。せっかく父親からもらった大切なゲテアを誰かに盗まれたり壊されたりでもしたら、彼女はわん泣きを通り越して、まるで捨てられた子犬のように悲痛な遠吠えを上げ続けるだろう。


 すると、隣の席の生徒が突然顔を近づけてきた。


「ねえ、ガルシャちゃんとメリルちゃんってさ、二人だけで楽団やるつもりなの?」


「えっと…一応、これから団員を増やしていこうと思ってるんだけど…」


 私は自信なさげに答えた。そういえば、今後の計画について、あまり詳しいことは考えていなかった。


「そうなんだ〜!え、じゃあ、どんな演奏者を仲間に入れたいの?」


「それは…これから考えていこうかな〜、と…」


 視線を泳がせながらそう言うと、今度はメリルの隣の生徒が会話に混ざってきた。


「楽団名は?もう決めた?」


「え…っ!?ま…まだ…決めてない…」


 私はハッとして目を見開き、そして俯いた。そうだ。それを忘れていた。いつまでも『ガルシャ&メリル』であるわけにはいかないし、何かデスメタバンドっぽい名前がないと…いや、でもこの世界の言葉でかっこいい名前を作るのは難しそうだ。日本語や英語とは違うところも多いし…


「これから色んな舞台に立つつもりなら、名前くらいは決めておいた方がいいんじゃない?」


「うん…そうだね…」


 私は俯いたまま、自分のスカートの裾をぎゅっと握り、汗をダラダラかきながら、一生懸命頭を働かせた。が、何も出てこない。完全に行き詰まってしまった。


 どうする、この状況。これはもしや、異世界バンド活動の危機なのでは…?


ーーー


 放課後、私はメリルと共に橙色の夕焼け空の下を歩きながら、顎に手を当てて、う〜ん、と深く考えていた。


「ねえ、ガルシャちゃん…そんなに焦らなくてもいいと思うよ?他のみんなが言うことなんて、気にする必要ないのに」


 メリルは心配そうな表情を浮かべていた。


「そうなんだけどさ…調子に乗っちゃって、色々決めておくのを忘れてたのは事実だし。私が始めた楽団なんだから、私が頑張って引っ張っていかないと」


「でも、なんかガルシャちゃん一人に責任を押しつけてる気がして嫌だよ。私に何かできることがあったら言ってね。なんでもするから」


「うん…ありがとう」


 私はメリルに向かって小さく微笑んだ後、再び思考の海に潜った。


 さて…どうしようか。名前は後々辞書でも引いて決めるとして、問題は追加メンバーだな。バンドに欠かせないのは、やはりベースとドラムだ。この世界の楽器で、それらの代わりになるものは何だったか…


 その時、遠くから音が聞こえてきた。私は目を丸くして足を止め、耳を澄ませた。流れてくる。鼓膜を通じて、胸の奥まで入り込んでくる。深く果てしない海のように、心を大きく揺らし、丸ごと飲み込む、美しい低音が。


「ガルシャちゃん?どうしたの?」


 メリルも共に立ち止まり、固まったままの私の顔を見つめていた。


 そして私は、咄嗟に音がする方向へ走り出した。


「え…っ!?ガルシャちゃん!?」


 メリルが後ろで呼んだが、今は止まれなかった。止まるわけにはいかないのだ。とにかくこの音を追わなければ。正体を突き止めなければ。


 建物の間の細い道を通り抜けているうちに、音がどんどん近くなっていく。あと少しだ。ほんの数メートル先に、あの音が…


 バッと路地を抜け出し、大通りに入ると、向こう側に人だかりができていた。音がすぐ近くにある。私はゆっくりと進み、何かに夢中な人々の後ろで立ち止まり、その隙間から覗いた。そして、目を見開いた。


 人々の視線の先にいたのは、一人の男だった。真っ白な髪と尖った耳を持ち、左目を草色の布で覆っていた、二十代前半くらいの男。灰色と深緑色の布を合わせてできたボロボロな服を纏っていて、見えるのは色白で骨ばった手と、茶色い革のブーツを履いた足だけだった。肌や髪、そして目の色素の薄さからして、おそらく純血に近いエルフだろう。


 彼は木箱に腰掛けた状態で、曲を奏でていた。美しく滑らかな低音が紡ぐ、民族音楽に似た曲を。その音の正体は、ゲテアよりも二回りくらい大きく、下部分が丸い形をしていた弦楽器だった。


(あれは…ルドゥ…?)


 私はその楽器の名前も形も知っていたが、男が弾いているそれは記憶にある物とは少し違った。本来ないはずの、ネジやクリップなどの細かいパーツが、いくつも取り付けられている。男が自ら加工したのだろうか。


 曲は流れ続け、まるで春のそよ風のように、聞いている人々の心を温かく包んでいった。私も、徐々にその音に引き込まれていった。ぼーっと佇んでいる間、私の中で、希望の炎が灯った。


 普通のルドゥでは奏でられない繊細な低音…この男の、クタを使わず、人差し指と中指で弦を弾くようにするスタイル…


 決めた。この男を、必ずバンドに引き入れてみせる。彼こそが、私達のベーシストだ。


 すると、ようやく曲が終わった。周りの人々の拍手で私もハッと我に返り、彼らと共に手を叩いた。


 男の足元にあった小さな容器に、観客が次々と硬貨を入れていく。そして満足そうな顔で去っていく彼らを、男は優しげな笑みで見送った。


「ありがとうございます」


 私もゆっくりと彼に近づき、容器に硬貨を一枚入れた。深呼吸して、勇気を振り絞り、口を開いた。


「あの…!」


 男は少し目を見開き、きょとんとした表情で私に視線を移した。よく見るとものすごく美形だ。さすがエルフ…侮れん…


「す、すごく綺麗な演奏でした!その楽器、ルドゥですよね?どうやってあんな音を出してるんですか?」


「ああ…これは、色んな部品を集めて、試行錯誤を繰り返してるうちに、出来上がってしまった音なんだ。僕が一番納得のいく音になるまで、何度も加工して、修理して…その結果がこれだ」


 男は再び笑みを浮かべ、まるで自分の子供であるかのようにルドゥをそっと撫でながら言った。


「そうなんですか…すごいですね!」


「ありがとう。気に入ってもらえて嬉しいよ」


 そして私は、男に自分のゲテアケースを見せながら、本題に入った。


「あの…私、実は楽団をやってまして…今は私を含めて二人しかいないんですが……よかったら、一緒にやりませんか?ちょっと風変わりな音楽で、良く思わない人もいると思いますけど…でも、お兄さんの音が加われば、もっとすごいものができるはずなんです!だから—」


「誘ってもらえるのは嬉しいが、断らせてもらうよ」


「え…っ?」


 男は少し俯き、どこか心細そうにルドゥを抱きしめた。


「…僕なんかが加わっても、いいことなんてないと思う」


「そんなこと…!」


「すまない。でも、僕は一人が好きなんだ。ルドゥ奏者を探しているなら、他を当たってくれ。僕より上手い人はいくらでもいるはずだから」


 男はそう言いながら立ち上がり、隣に立てかけていたボロボロなケースにルドゥをしまった。そして、容器に入っていた硬貨を、懐から取り出した袋に移した。


「わかり…ました…」


 諦めたくない気持ちは強かったが、この人にもこの人なりの事情があるのだろうと思い、口を閉じることにした。


 男が歩き去っていく音が聞こえる。私は拳を握りしめ、最後にもう一度だけ、声を発した。


「あ…じゃあ、せめて名前だけでも!」


 男は足を止め、ルドゥケースを背負ったまま振り返った。


「あなたの音、ずっと覚えていたいから!」


 自分でも何を言っているのかよくわからなかった。ただ、この素晴らしい演奏者の存在を、脳裏に焼き付けておきたかった。他の人々にとっては一時の娯楽だったのかもしれないが、私にとっては、落ち込んでいた魂を呼び起こすくらいの、奇跡の音だったから。


 すると、男は嬉しそうに微笑みながら、柔らかな声で言った。


「ゼトだ。君は?」


 まさか自分の名前を尋ねられると思わなかった私は、驚いてその場で固まった。


「え…っと……ガルシャ…です…」


「ガルシャ…ありがとう。僕の音を好きだと言ってくれて。よかったら、また聴きに来てくれ。いつも夕方にここで弾いてるから」


「あ…はい…」


 そして、ゼトという男は再び前を向き、歩を進めた。どんどん小さくなっていくその背中を、私はじっと見つめていた。しつこく呼び止めたい気持ちを、一生懸命堪えながら。けど、胸が痛むのは、それだけのせいじゃない。先ほど彼が浮かべた表情が、笑みが、あまりに寂しそうだったから。事情を全く知らない私には、できることなんてないのかもしれない。それでも、本当は歩み寄りたかった。清らかな心を持ち、涙が出そうなくらい優しい音を奏でる彼に。


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