第十一話:夢が形になる瞬間
私とメリルは沈黙の中、ゼーゼーと呼吸しながら舞台の上で固まっていた。当然、観客の方は見ていない。次にどんな反応が来るか不安だからだ。いくら私でも、曲が終わったのにここまで静かだとさすがに怖い。このテントの中だけ、時間が止まっているようだった。観客の呆然とした視線が、刺すように痛い。
やっぱり…ダメだったか…?
その時、一人の拍手が鳴り響いた。私達は驚いて、同時にバッと顔を上げた。会場の隅っこで、その大きな手を叩いていたのは、メリルの父親だった。彼はフードを外し、赤い髪と尖った耳を晒しながら、少し泣きそうな顔で拍手をしていた。熱く、真っ直ぐな眼差しを、自分の娘に向けていたのだ。
そして追いかけるように拍手をしたのは、私の両親だった。父は今までで一番大きな声を上げながら、力いっぱい手を叩いており、母はすでにボロボロ泣いていた。
三人が先陣を切ると、他の観客も次々と手を叩き始め、拍手喝采の波は次第に会場全体に広がっていった。ヘンデルさんとその弟子、ボス達、町のみんな……彼らの温かい声と笑顔が、私達を包み込んでくれた。
メリルの方を向いてみると、彼女は安堵と達成感に満ちた笑みを浮かべており、父親と同様、泣きそうになっていた。そして私も、溢れる感情に心を動かされ、笑った。こんな感動を、幸福を、この世界で味わえるとは思ってもみなかった。むしろ、前世の自分よりも満たされた気分になっている気がする。私のデスメタ魂に、みんながもう一度火をつけてくれた。私の存在を肯定してくれたのだ。これ以上に嬉しいことがあるだろうか。
私とメリルは互いをぎゅっと抱きしめ、そして深くお辞儀をしながら、観客の拍手と声援を浴び続けた。
ーーー
「父さん!母さん!」
全ての演奏が終わり、空が橙色に染まる頃、私はメリルと共に、テントの外で待っていた父と母の元へ向かった。派手な衣装を着て、ゲテアを持ったまま、声を上げて手を振ると、両親はまるで猫のように同時にこちらを向いた。
「ガル—」
「ガルシャ!」
私の名前を呼ぼうとした父を遮って、母が走り出した。そして私をぎゅっと抱きしめ、ぽろぽろと涙を流した。
「ごめんね…!今まで…あなたの気持ちに気づいてあげられなくて……夢を追わせてあげられなくて…!ずっと…影で頑張ってきたのね…!今日の演奏…本当にすごかったわ!」
「母さん…」
私の全てを認め、抱きしめてくれるようなその言葉に、私も思わず涙を流した。そう、母はいつだって、私の為を思ってくれていた。モルフの使用を禁止していた頃も、ようやく私に夢を追う自由を与えてくれた時も、ずっと。本当に、私なんかにはもったいないくらい、最高の母親だ。
すると、私の頭の上に、大きな手がぽん、と乗っかった。顔を上げると、父がすぐ隣まで来ていた。
「俺も感動したぞ、ガルシャ。いつの間にあんなことができるようになったんだ?」
温かい笑みを浮かべながらそう言うと、父は私の肩をぽんぽんと叩いた。
「お前なら、きっとさらなる高みを目指せる。誰も想像できないくらい、かっこよくて立派な音楽家になれるはずだ。父さんが保証する」
それを聞いた瞬間、胸の内で情熱と希望の炎が灯り、私は喜びと強い意志を込めて微笑んだ。
真後ろに立っていたメリルも、私の背中をぽん、と叩き、ニッと笑った。
「よかったね、ガルシャちゃん!」
「うん…!」
その時、突然近くから別の声が聞こえてきた。毎朝聞いている、優しく逞しい男の声。
「いやぁ、実に素晴らしい演奏だった!俺みたいに平凡な男がこんなにすごいものを見せてもらえるとは思わなかったよ!」
「ヘンデルさん…!」
「お前達の心の音、しっかりと聞かせてもらったぞ!人生で一番感動した!」
そして、彼の隣に立っていた弟子の男性が、少しもじもじしながら、初めて口を開いた。
「す…すごく、かっこよかったです!これからも、お、応援してます!」
私は返事をしようと口を開いたが、突然頭の上にどーん、と乗っかった大きな手によって、うわっ、という声を上げることしかできなかった。
「すげえじゃねえか、お前ら!今回も驚かされたぜ!」
「ボスさん!?」
ボスが笑いながら大きな声で賞賛すると、ミニオンやブヒも口を挟んだ。
「めちゃくちゃかっこよかったぞ!今日の主役は間違いなくお前らだ!」
「ブヒ、ブヒ!」
すると、ヘンデルさんが腕を組み、険しい顔でボスを睨んだ。
「お前…何しに来た?またうちの弟子をいじめるつもりか?」
「あぁ?ンな奴、興味ねえよ。オレ様は嬢ちゃんの演奏を見に来ただけだ」
「信用できんな。ガルシャにまた暴力を振るうようならタダじゃ置かないぞ」
「ンだとコラ…!」
額が触れるくらいの距離で睨み合う二人を、私はまあまあ、と言って落ち着かせようとした。その直後、少し遠くから、さらにもう一つの声が聞こえた。
「メリル!」
全員が一斉に同じ方向を見る。フードを外したままそこに立っていたのは、メリルの父親だった。いつもの鋭い目つきは完全に消えていて、むしろどこか弱々しそうである。
「パパ…!」
メリルが目を丸くし、駆け寄った。父親は彼女の肩にそっと手を置き、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「メリル……すまなかった。お前の情熱も、苦労も、何もわかってやれなくて。俺は…お前の母親の言葉を建前に、自分勝手な理想をお前に押し付けようとした」
「ママの…?」
そしてメリルの父親は顔を上げ、真っ直ぐな眼差しを娘に向けた。
「だが今日、やっとわかったんだ。あの言葉の意味を。彼女の本当の願いを。その命が尽きる数日前、彼女は俺にこう言った。メリルが幸せに暮らせるよう、側で支えてやってほしい、と」
メリルは自分の服の胸元を握り、涙を流した。こちらから見てもわかる。母親の僅かな記憶が、彼女の中で蘇っているようだった。
「今度こそ、彼女の願いを叶えてみせる。お前を…お前の夢を、全力で応援する」
「パパ…!!」
メリルは父親をぎゅっと抱きしめ、わんわん泣き始めた。父親も彼女を優しく抱きしめ返し、その震える背中をさすってやった。
それを目撃していた全員が、じーんと感動していた。もちろん、私も。
「メリル…よかったね」
私はそう呟き、自分の胸にも手を当てた。メリルの温かい気持ちが、こちらへ流れ込んでくる。私達の魂の共鳴は、まだ続いているのだ。そしてこれからも、ずっと続くだろう。
ーーー
数日後の夜。
「それじゃあ行くわよ?せ〜の!」
母が掛け声を上げると、テーブルを囲んでいた全員がクラッカーをパン、と鳴らした。
「ガルシャ!メリル!お誕生日おめでとう!」
私の父と母、そしてメリルの父親が一斉にそう言って、拍手をした。その中心でメリルと共に座っていた私は、目の前の大きなケーキに刺さっていた蝋燭の明かりに照らされて、嬉しさと恥ずかしさが混じった笑みを浮かべた。メリルはいつも以上に明るく、私の手をぎゅっと握ってニコニコしていた。
説明しよう。私とメリルの誕生日は一日違いであり、いつも私の誕生日の夜、ちょうど日付が変わるタイミングで二人で祝っていたが、今回は収穫祭のお祝いも兼ねて、家族ぐるみでパーティーをすることになったのだ。
「いや〜、うちのガルシャももう18歳か〜…泣けるなぁ…」
父は眼鏡を外し、片手で目を覆いながら、感動しているような口調で言った。
「やめてよ、父さん!恥ずかしいから!」
「今日はとびっきり大きなケーキを焼いたから、みんなたくさん食べてね!あ、ガラクさんも、遠慮なく召し上がってください!」
母がメリルの父親に言う。彼の名前はガラクだそうだ。
「あ、ああ…感謝する…」
照れくさそうにする父親の腕を、隣にいたメリルはポンポンと叩いた。
「もう、パパってば緊張しすぎ!肩の力抜きなよ!」
「いや…別に緊張してるわけじゃ…」
「そうだ!プレゼントは?持ってきた?持ってきた?」
メリルは目をキラキラと輝かせ、尻尾をブンブン振りながら言った。
「ああ、ちゃんとあるぞ」
すると彼女の父親は、自分の椅子にかけていた大きな袋から、青いリボンが結ばれた縦長の箱を取り出した。メリルがそれを見て、きゃ〜、と興奮する。なんだか、誕生日というより、クリスマスって感じだ。
「私達も用意してきたわよ!」
私の母も、いつの間にか赤いリボンが結ばれた箱を持ってきていた。サイズも形もメリルのプレゼントとほぼ同じだ。
「三人で相談して、真剣に選んだつもりだ。受け取ってくれ」
私の父が微笑みながら言う。
メリルは私と額をくっつけ、期待の眼差しで箱を見つめた。
「なんだろなんだろ〜!」
「開けてもいいの?」
私が尋ねると、父はもちろん、と答えた。
私とメリルは一瞬目を合わせた後、同時に箱のリボンを解き、せ〜の、と言って蓋を開けた。そして、同時に目を丸くして息を呑んだ。
「これって…!」
私は驚いた表情で呟いた。今、私の膝の上にあるのは、天井の明かりの下でピカピカと輝きを放つ、美しい赤色のゲテアだ。そしてメリルの膝の上で同様に煌めいているのは、私のものとセットになっている水色のゲテアだ。
「まあ…俺も音楽のことはよくわからないが……これで少しでも、お前の支えになれたら、と思ってな」
その声を聞いて振り向いたメリルの頭を、父親は優しく撫でた。
「誕生日おめでとう、メリル。これからも頑張れよ」
メリルは潤んだ瞳でぱぁ〜っと笑い、父親に抱きついた。
「ありがとう…!!パパ、大好き!!」
私も泣きそうになりながら、両親の方を向いた。
「父さん…母さん…」
二人は微笑んでいる。私の背中を押してくれている。かつての両親が絶対にしてくれなかったことを、いくつもしてくれる。私の存在の全てを、受け入れてくれている。そのことが嬉しくてたまらない。
「俺達も、全力で応援させてもらうぞ」
「おめでとう…私達のかわいいガルシャ。これから先も、あなただけの音で、輝き続けてね」
私は二人の言葉に心をさらに揺さぶられ、涙を流しながら笑った。
「二人とも…ありがとう…!」
すると、同じく感動していたメリルが、私の肩に腕を回した。
「ふふっ、ガルシャちゃん、泣いてる〜!」
「メリルだって…!」
私達は泣きながら笑い、共に抱き合った。新しいゲテアのネックを握りしめ、最愛の家族から受け取った愛を、勇気を、しっかりと噛みしめながら。




