四公会議
すみません。おっさん達の会話、長いです。
王宮の奥深く、王の間のすぐ近くに、四公の間がある。夜会から三日後の朝、四公がそこに集っていた。
シンド家のロドルが、話の口火を切った。
「先日、息子ナシルとプロガムのレティの婚約を、ここで取り決めたと思ったが…」
ロドルはプロガムのマルトとリュネのサイカを、鋭い目で交互に見た。
「王宮のみならず城下でも、プロガムのレティとリュネのアレクスが、夜会の日、夜を共にしていたと話題になっている!」
ロドルは目の前にある机を思いっきり叩いた。
あの夜の話は、あっという間に王都中に広まって、たった3日のうちに、知らないものはなくなっていた。
「何を黙り込んでいる、マルト」
ロドルは、マルトに威圧的な視線を向けた。
外交を担当するロドルと、軍事を担当するマルトは、意見が対立することが多かった。貿易を通して他国と友好的な関係を築きたいシンドと、他国との交流に慎重なプロガムには、それぞれの言い分がある。
穏健なリュネ家のサイカ、取りまとめ役のハクス家のラムカが、うまい具合にとりなしてきたとはいえ、両家の意見の対立は、年々ひどくなっていた。
そこに今度のことだ。シンド家のロドルにしてみれば、プロガムとリュネに馬鹿にされたと怒っても仕方がない。
「お前は娘に婚約の話をしたのか?」
「した」
ロドルは鬼の首を取ったように、マルトを睨みつける。
「ほう…。したのか?ではなぜ、城下でこんな噂が立つんだ?噂なのか、あるいは、事実なのか」
マルトが悔しそうに下を向いて答えた。
「…本当だ」
ロドルは呆れたように、フンと鼻で返事をした。
「サイカ、お前の息子は?」
サイカは、恰幅のいい体を少し縮こまらせた。
「本人に聞いたが、プロガムで目覚める前のことは、何も覚えていないと言っている」
サイカにはいつも紳士的なロドルも、これには流石に鼻白んだ。
「何も覚えていないだと?そんなわけがあるか!王宮と同じぐらい厳重なプロガムの警備をかいくぐり、次期プロガム当主の部屋へ忍んで行く。命が何個あっても足りぬのに、何も覚えてないだと!お前の息子は、生粋の馬鹿なのか?」
四公会議で決まっていたことが、王の決済前とはいえ、反故にされたのだ。しかも内容が、四公家間の縁組に関する問題で、噂は抑えきれないほどに広まってしまっている。シンド家としては大っぴらに恥をかかされた格好で、ロドルの怒りは至極真っ当だ。マルトもサイカも、黙るしかない。
「馬鹿のアレクスが単独で屋敷に忍び込むなど、どだい無理な話だ。レティが引き入れたんだろう。ナシルと婚約し、アレクスとも関係を持つなど、あの娘は、とんだあばずれだ!」
黙っていたマルトがカッとなって反論する。
「娘を愚弄するな。あの子はそんな子じゃない」
サイカも、申し訳なさそうに言い添える。
「アレクスも、確かにできのいい子ではないが、善良な子だ。婚約前の娘の家に忍んでいくなんて、馬鹿なことはしないと私は信じている」
「本人たちがやったことでないというのなら、誰がやったのだ?プロガムに手引きしたものがいるのではないか?例えば、そうだな。プロガムとシンドの婚姻を望まぬ誰か…」
ロドルはマルト一人に視線を落とした。
「双子はアレクスを毛嫌いしてるし、ユルドはまだ子供だ。婚約が気に入らない側近が引き起こしたことだとしても、よもやレティの相手にアレクスは選ばんだろう。なんせ、アレクスは四侯家の『おまけ』なんだから。マルトよ。知らぬと言いつつ、一番怪しいのはお前じゃないか?ナシルではなく、アレクスが婿になった方が、御し易いに違いないからな」
言われて、マルトはさすがに語気を荒げた。
「無礼なことを!私は四公の決定をないがしろにしたことなど、一度もない!今度のことは、私だって、驚いている!」
二人は、激しくにらみ合った。
ハクス家のラムカは、先ほどからのやり取りを黙って聞いていた。
財務や法務など国の根幹をなす部分を一手に担うハクス家は、他の三家に比べて目立たぬ存在だが、代々四公家の筆頭を務めてきた。
ラムカが静かに口を開いた。
「お二人とも、落ち着いてください。この際、犯人探しなど、どうでもいいのです。大事なのは、未来のアズヴェルト軍総裁であり、今現在、四公家の象徴ともいえるレティをどう守るかです。あの子が四公家にもたらす価値は、他の者がもたらすものの比ではない。民は、レティを通して、四公家を、ひいては我が国を見ている。今まではレティが模範的であったが故に問題になりませんでしたが、噂が広まってしまっては、民のレティを見る目、つまりは我々を見る目が変わるでしょう。犯人探しに無駄な時間を割くよりも、具体的な対策を打つべきです」
王家に混乱が起こってから、王に代わりアズヴェルト国の支配体制の象徴となってきたのは、民に人気の高いレティだった。レティは、アズヴェルト国において、王女のような存在なのだ。
「どうしろというのだ?」
ロドルが聞いた。
「レティとナシルの婚約は、世間の噂に登っていたとはいえ、公表前でした。こうなった以上、レティはアレクスと婚約していたということにして、王の認可も受けていたということにすればいい」
ラムカはさらりと言う。
「何を…!」
ロドルが思わず声をあげ、マルトもサイカも承認には程遠い顔をしている。ラムカは色めきだった周りを気にせず続ける。
「何も手を打たなければ、民はこう思うでしょう。レティは、婚約間近にも関わらず、閨に幼馴染を引き込んだ淫乱な女。ナシルは、婚約者と幼馴染に閨で馬鹿にされながらも、文句一つ言えない男。アレクスは、四公家の一員なのに、間夫にしかなれない男」
ラムカの遠慮のない物言いに、三公は揃って嫌な顔をした。
ラムカは気にせず、涼しい顔で続ける。
「皆さんもご存知のとおり、民は非常に重要です。我々は常に、民の信頼を失わないようにしなくてはならない。幸か不幸か、プロガムの長子は、子ができるまでは正式に結婚できない。レティが女性であることを鑑みて、妊娠まで婚約の発表を行わない予定であったといえばいい。ナシルとの婚約はただの噂で、レティが婚約していたのは、アレクスだったと。それならば、一緒に寝て過ごそうと、子供を作ろうと、なんの問題もないし、誰の評判にも傷はつかない」
マルトとサイカは、難しい顔をしながらもラムカの意見について考えている。
しかし、ロドルは違った。口を開こうとしたロドルを遮るように、ラムカは続けた。
「ナシルには、そもそも大きな仕事があったのです。シンドが以前から望んでいた東方交易への派遣です。ナシルを中心に東方交易への商隊を組織します。戻るのに何年かかるかわからない役を持ったものが、未来のアズヴェルト軍総裁の婿になるわけはない」
「東方への交易?!」
マルトが声をあげた。
「そうです。ノードリアからハンニス王がいなくなって、もう長い。ハンニス王なきノードリアに、我が国を併合する力はありません。幸い今のノードリア王は内政に力を入れており、加えてここ数年、厳冬による作物不足に苦しめられている。情報筋によると、我が国と和解して交易をしたいと考えているとか。これを機に、ノードリアと新たな関係を模索するのも悪くありません」
東方への交易団の派遣と、ノードリアとの交易再開は、ここ数年シンド家が主張しては、プロガムに反対されてきたことだった。
ラムカは、マルトの反対を押さえつけ、シンドの意見を通すことを条件に、ロドルに身を引くように提案しているのだ。ロドルにとって、ラムカの提案は、息子の破談に対する補償としては、十分すぎる。
商売人のロドルが、その価値を見逃すわけはなかった。
「その条件であれば、私はかまわぬ。だが、交易に出る際には、腕が立つものを派遣してもらわねばならぬ。…プロガムからな」
マルトが口を開きかけたのを、再びラムカが遮った。
「もちろん、マルトは喜んで兵を出すでしょう」
ラムカはロドル、サイカの二人をゆっくりと見た。
「東方へ行くのも、ノードリアとの交易を再開するのも異論はないはずです」
最後に、ラムカは、不服そうな顔をしているマルトに押さえつけるような視線を向けた。
「四公の決定に背くことは、王の意に背くに次ぐ重罪です。慣例では、一族全て処刑となります」
マルトの顔から血の気が引いた。
「提案が気に入らない公が一人でもいらっしゃるのならば、ハクスが徹底的に調べましょう」
マルトは下ろした手をきつく握りしめた。
「ハクスが動くのですか?」
サイカが心配そうに口を挟んだ。
「アレクスの言うことが本当であれば、リュネは一番の被害者です。リュネやシンドにしてみれば、我々が動いて事を明らかにした方が良いのではないですか?」
ハクスが動けば、全ては明らかになる。しかし、誰が犯人であろうとかばうことはできなくなる。四公家であれ例外ではないのだ。サイカは、心配そうにマルトの顔を見た。
ラムカの言葉に、マルトは口まで出かかった自分の意見を飲み込んだ。
元を正せば、自分の屋敷の中で起こった事だ。アレクスは、おそらく、意識のないままレティの部屋に運び込まれている。犯人が、プロガムの中にいることは間違いない。双子やユルド、あるいはレティ自身が関わっていたら、プロガム家の存続にも関わってくる。
話がまとまりかけた時、サイカが控えめに発言した。
「アレクスは?あの子は本当にプロガムに行かねばならんのか?」
ラムカがサイカに残念そうな顔をしてみせた。
「お気持ちはわかります。しかし、あの子には、つねづね、四公家の一員として、責任を持ってもらわなくてはと考えていたのです。あの子が責任ある仕事についていれば、最初からあの子をレティの婚約者にしてもよかった。あの子とレティは大の仲良しですからね。でも、今のあの子が置かれている、リュネの兄弟たちの手伝いや、王の友達という立場は、責任ある立場とは言えますまい。しかし、それにレティの夫という立場が加われば、すべて合わせれば、それなりのものになるのではないでしょうか?」
アレクスが四公家の中で『おまけ』と揶揄されているのは、もちろんサイカも知っている。そこを突かれると、サイカもまた、強く言えない。
「この際、あの子をレティの夫にすれば全てが丸く収まります。ナシルも、今まで通り国外に出られる。こうなった以上、アレクスにとっても、周りにとっても、これが最善です」
サイカに言わせれば、アレクスはアレクスなりに家の中で役に立っているのだが、それはあくまでリュネの内輪でのことだった。今回の件と秤にかけると、四公として何を優先すべきなのかは、はっきりとしている。
ロドルもマルトも同意して、すでに三公の同意があるのだ。アレクスのプロガム行きは、レティが頑として拒否するか、あるいは、もう一度、今度のような事件でも起きない限り、ひっくり返せそうにない。
サイカは、しかたなく首を縦に振った。
お疲れ様でした!




