第3話
「……」
「どうされたのですか? お嬢様」
無言のままずっと考え事をしている私に対し、ディーンは夕食前のお茶の準備をしつつ尋ねた。
「えっ、ああ。ごめんなさい。特に何かあったワケじゃ……」
「……」
そう言おうとしたけれど、ディーンは無言のままこちらをジーッと見つめる。
――コレは……バレているわね。
私が一生懸命取り繕ったところで、ディーンには「お見通し」という事なのだろう。
「主人公が……ちょっとね」
「どうかされたのですか?」
ディーンは特に急かす様な言い方はしていなかったものの、そう尋ねているのは「私を心配してくれているから」という事はよく分かった。
「……王子に『クッキー』を渡していたの」
私がそう言うと、ディーンは「クッキー……ですか」と呟く。
「……?」
ディーンはなぜかこの言葉に対し、考え込む様な表情を見せた。
――どうしたのかしら?
いつもであれば、「そうですか」とか「なるほど」とまず言っているはずだ。
「ディーン?」
「! ああ、すみません」
「何か気になる事でもあるの?」
いつもと様子が違うと気になってしまうのは「人間の性」というモノだろう。
「いえ……」
最初でこそ、ディーンは遠慮がちにそう言っていたが、すぐに何やら考え込み……。
「お嬢様」
「ん?」
「その、王子はクッキーを食べられましたか?」
「いいえ? その場では食べていなかったわ。かなり困惑はしていたみたいだけど」
私がそう言うと、ディーンはどことなく安心した様な表情を見せる。
「でもね。ちょっと心配な事があって……」
「? なんでしょう?」
「実は、あの『クッキー』なんだけど……多分。普通の『クッキー』じゃないと思うの」
「――と、言いますと?」
ディーンに問いかけられ、私は思わず言い淀む。
なぜなら、私の懸念は「そのクッキーに含まれているであろうモノ」に対するモノだったからである。
――普通であれば、話す事も出来ない私事……なんだけど。
幸いな事に、ディーンは私の事情をよく知っている。
「えっとね。多分あの『クッキー』には親愛度を引き上げるアイテムが使われているんじゃないか……って思ってね」
「アイテム……ですか」
興味深そうに聞くディーンに対し、私は「ええ」と答える。
「そのアイテムというモノは、そのゲームを知っていれば誰でも使えるモノなのですか?」
「……正直、コレに関しては『誰でも』とは言えないの」
「? と、言いますと?」
私が言い淀むと、ディーンは「と、言いますと?」と言い足そうな表情でこちらを見ている。
「……あのアイテムを使える様になるには、まずあのお店を見つけないといけなくてね。しかも、その店主がかなりのぼったくりで」
「ぼったくりですか」
「ええ、普通のお店で買えばそのお店では半額で手に入る。しかも、その『親愛度を上げるアイテム』を手に入れようと思ったら、そのお店で最低でも五回は買い物をしないと出てこない」
しかも、店内には置かれておらず、プレイヤーが現れた時に店主が「お得意さんには……」と言ってお店の奥から取ってくるため、手に入れるには店主とそれなりに仲良くなっておく必要がある。
――その上「絶対に五回」って決まりがないのよね。
ただ分かっているのは「五回以上」という事だけである。
――本来なら使う必要のないモノだからこそ、こういった設定になっているのでしょうけれど。
そう、わざわざここで買い物をせずとも欲しいモノや必要なモノは手に入り、よほど無理をしなければ、利用する事もない。
――ただ『ハーレムエンド』を目指そうと思ったら、必要になるかも知れないけれど。
思い返してみると、確か友人は「どうしてもクリア出来ないから」とこのお店を利用してしまった……と言っていた。
「そんなお店があるんですね」
「ええ。でも、コレには大きな落とし穴があるのよ」
――でも、コレでハッキリした。このお店を知っているって事は……。
主人公は『転生者』で間違いないだろう。
そもそも、このお店は「ぼったくり」というところもそうだが、販売しているモノはいわくつきのモノばかりで、表立って商売をしていない。
――そんなお店、普通の貴族が知っているはずがないモノ。
「落とし穴……ですか」
「ええ」
ディーンにそう言われ、私は小さく頷いた。
「あのお店の店主はね。元々この国の魔法師。つまり、貴族だった。でも、浪費家でね。それがあまりにもひどくて爵位剥奪になったんだけど、その前に逃げちゃって実はまだ捕まっていないのよ」
「それはつまり」
「そう、その店主は『バレる』という事を極端に怯えている。そして、攻略キャラクターたちは揃いも揃って上位貴族。つまり……」
「ちょっとした拍子でバレてしまった場合。とんでもない事になる……と」
「ええ。ただでさえ、罪人から商品を買って、なおかつそのアイテムを使って自分の感情を操られていたなんて知ったら……怒り狂うわよね」
そして、そうなった場合。
当然「ゲームオーバー」になり、しかも店主は店を畳んですぐに消え。一人残されたプレイヤーは処刑され、攻略キャラクターは実家の後ろ盾を失う事になる。
「なるほど……。そして、今回そのアイテムを使われた可能性が高いと」
「ええ。あのアイテムは使うと七色に光るから」
――あの王子に渡した『クッキー』は七色に光っていたし。
私がアイディアを出して商品化している『クッキー』の見た目は、基本的に素朴なモノが多く、ましてや七色に光はしない。
――だからかなり珍しいだろうし、とっても可愛らしいだけどね。
しかし、その可愛らしい見た目に反して、その効力は言ってしまえば「猛毒」と代わらない。
――親愛度を上げる……なんて、言ってしまえば「送った相手の感情を意図的に変える」って言っている様なモノだしね。
「なるほど。興味深い話をありがとうございました」
「ううん、いいの。ただ」
「殿下が食べてしまうかも……という心配ですか? ですが、毒味はされるはず」
「その毒味役も親愛度を上げられちゃう可能性があるから……」
ゲームでは特に攻略キャラクター以外の親愛度に関しての記述はなかったモノの、何度も困難に対しめげずに立ち向かう主人公に、周囲の人たちの評価も徐々に変わっていったのは、プレイヤーとしてよく分かっているつもりだ。
――それに『周囲の人の評価』っていうパロメーターも攻略キャラクターと同じようにあったし、プレゼントを渡す選択肢の中に「この人に渡す」って言うのもあったし。
私は「特にゲームの流れに必要ない」と思い選んだ事はなかったが、多分。そこで親愛度を上げる事が出来たのだろう。
――多分、親愛度を上げておくとカナリアにイジメられている時に味方になってくれたかも知れないわね。
大きな変化ではないけれど、それによってストーリーも少しの変化はあったのかも知れない。
「……」
私が心配そうに言うと、ディーンは「なるほど。その事ですか」と小さく呟き。
「大丈夫ですよ」
「え?」
なぜかディーンはそう笑顔で答え、その笑顔に困惑している私に、ディーンは「少し急用が出来ました」とだけ言ってそのまま部屋を出て行ってしまった――。




