第5話
「……リュア」
カナリアを上位クラスの女子寮の前まで送り届けた後。グレンは静かにその名を小さく呟く。
「――ここに」
物陰から現れたのは、カナリアもよく知っている『リュア』だ。
カナリアには「執事」として紹介していたが、そもそもリュアは「執事」というより「護衛」の方を主にしている。
最初に会った時は「執事」として会った方が何かと都合が良かったために、そうしただけの話だ。
そして、音も立てずに現れるのはいつもの事。
「どうされましたか」
「少し、頼みたい事があります」
ここで「殿下」と呼ばないのは、今の姿がこの国の王子『ゲーテ』の姿ではなく、貴族の『グレン』の姿をしているから……というリュアなりの配慮だろう。
「……」
ただ、いつもであれば自室に戻り、魔法を解いた後で話すのが通常なのだが、こうして外で呼び出すという事に対し、事態は急を要するらしい。
「頼み事……ですか」
それが分かっているのか、リュアも少し驚いた様に答える。
「珍しいですね」
ただ、元々あまり表情が豊かな方ではないので、あくまで「声の調子」で判断するしかない。ただ、正確に彼の感情の起伏が分かる人間は王子くらいである。
「すみません、至急頼みたいモノで」
「了解致しました。それほど切迫している……という事ですね」
「ああ」
リュアの方を見ずに、グレンは小さく……しかし、カナリアも聞いた事がないほど低い声で答える。
ただ、こうした状態になる場合は大抵「怒っている時」だという事を知っている人間はそう多くない。
それこそ、学校で「王子の右腕」と自称している現宰相の息子ですら知らない事実だ。
「なるほど、それで……どういった事を」
「エステルという男爵令嬢を調べて下さい。内密に」
そう呟く様に言うと、リュアは深く理由も聞かずに「了解致しました」と答え、すぐに姿を消した――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……ふぅ」
寮に戻る途中でゲーテは魔法を解き、本来の自分の姿に戻って寮へ戻った。
いくら自分が王族とは言え、この魔法学校での扱いは他の貴族とは何ら変わらない……風に装われている。
しかし、実際はゲーテの思惑に反して教師やクラスの中にはあからさまにこびを売ってきたり、色仕掛けをしてきたり……と「待遇が同じ」とはとても言い難かった。
色仕掛け……と言えば、先程リュアに頼んだ『エステル』という男爵令嬢は特にひどく、入学当初から何かと近づいてきていた。
それこそ「下心」が透けて見えてしまい嫌悪感どころか、むしろ笑いそうになってしまったのを覚えている。
ただ、それを彼女は湾曲して「好意」として捕らえたらしく、他の令嬢以上にアプローチをしてきた。
しかし、ここ最近はそれもなく、多少は安心して学校生活を送っていたのだが……。
「まさか、アンディにまで手を出していたとはな」
それでなくとも、彼女は様々な男性と浮き名を流しており、それを面白くないと思っている令嬢たちから嫌がらせを受けている……と聞いた事はあった。
「それを考えると、カナリアは……真面目だな」
ゲーテは二人を比べて思わず笑いそうになってしまった。
それこそ、二人は同じ『令嬢』と比べるのもおこがましいと思ってしいと思ってしまうほど全然違う。
「……ふっ」
ついさっきまでは『グレン・アシュタルト』として振る舞っていたせいもあってか敬語が抜けずにリュアと話していた事を思い出し、ゲーテは思わず苦笑いを浮かべた。
しかし、彼女。カナリアと会う時は昔から『変身魔法』が必要不可欠で、偽りの姿であるグレンと本来の姿であるゲーテに切り替わる一種の「スイッチ」の様だと思い初め、しかもそれに慣れてきている事に、ここ最近気がついた。
「……」
そしてそのカナリアは色恋にうつつを抜かす事もなく、入学試験ではトップの成績をたたき出し、この間行われたテストでもトップだったと聞いた。
「……」
しかし、本来であればそれが「本来あるべき学生の姿」なのだろう。だが、思い返してみると、カナリアは幼い頃からずっと勉強をしていたと思う。
ただ、カナリアと出会ったのは『グレン』という偽りの姿で参加したお茶会で……だった。
それからずっと交流を続けて来て知った事実だ。
しかし、たまにゲーテは「偽りの姿で会っている」という事に対し、どことなく引け目に感じた事がないと言えば、嘘になる。
だが、カナリアはなぜか「王子には会いたくない」らしいと風の噂で知った。
試しに二回。いや、三回ほどお茶会や夜会に招待状を出した事があったが、それに対し良い回答を得られた事はなった。
ゲーテ本人としては「どうしてそこまで王子に会いたくないのか」と疑問に思っていたが、それをカナリア本人に聞いた事はない。
我ながら女々しいと思ったが、正直。せっかく仲良くなった彼女が、事実を知って離れられてしまう方が……王子にはよっぽど答えたのだ。
「……」
しかし、魔法学校に入学し、「いつかは言わないといけない」と思っていた。そんな矢先に今日の『エステル』と将来。自分の右腕になるであろうアンディの逢瀬には驚きと共に、呆れてしまった。
「いくら人気がなくなっているとは言え、あそこは学校の敷地内なんだが」
誰が来るかも分からないという場所で行う事ではないだろう。それこそ、コレをネタにして揺さぶりをかけられる可能性だって十分に考えられる。
「……」
いずれにしても、ゲーテとしてはいつかあの『エステル』という男爵令嬢と彼女を取り巻く男性たちに話をしなければならないと思っていた。
「しかし……」
ゲーテとしてはカナリアが彼女の事をよく知っている様なリアクションをたまにしていた事が気にかかった。
『やっぱり』
今日、呟く様に言ったカナリアの言葉が最たるモノだろう。
「それならば」
なおのこと「どうにかしなくては」と思った。
彼女たちがどういった「関係」なのかは分からないが、カナリアに何か起きてからでは遅い。
「!」
そこまで考えて、ゲーテは思わず首を左右に振った。
「いや、コレはあくまでより良い学校生活のためだ」
現に、エステルによって今の学校はあまり良い雰囲気ではない。
「だから、決してカナリアの為では……」
そう自分に言い聞かせる様に呟いたが……いつの間にかゲーテにとって『カナリア』が特別な存在になっていた――。




