27話 蜥蜴男の営む老舗床屋でクラシック散髪、髭剃り、極上シェービング 〜それを見つめるもの〜【5】
【木こり:薬草の翁】
ワシは、夜の通りをススス。
息を潜めて足早にサリーの店の方へ。
そしてクサナギが覗いている窓とは別の、裏口の横に申し訳程度についているA4サイズの小窓から中をチラリ。
角度的にクサナギと向かい合う形になるが、我が娘は相変わらずハート目持続。
こっちに気づく様子もない。
もちろん、そっちの方がワシにとっても好都合。
サリーズバーバーの店内は、相変わらず古びた蝋人形館のような装いだが、清掃が行き届いており不潔感は微塵もない。
その壁際。
店を訪れた客との写真がビッシリと貼り付けてある壁面に鏡が等間隔に三枚ほど貼り付けてあり、その前に椅子三つ。
そのうちの真ん中の椅子の後ろでサリーは、ハサミを動かしておる。
パッと見、ワニが立ち上がったような風体。
ギラリと光る縦に切れ目の入ったような瞳。
耳まで裂けた口。
頭から足先まで緑色の鱗に覆われ、尻尾のところに穴のあいた特注オーバーオールを着て、忙しそうに働いている。
親父から店を引き継いだ二代目。
真面目な性格からか酒もタバコも一切やらず、仕事と家庭ひとすじ。
ボランティア活動にも従事し、住民からの評判もすこぶる良い。
しかしそんな良き夫であり、善良な市民であったサリーの姿はもうない。
今や、クサナギの魅力にグシャグシャになって妻子を捨てるまでになってしもうた。
それに関しては、サリーに同情する。
神である我が娘に目をつけられた以上、天災のようなもので決して逃れることはできず、欲望が赤い布を見たミノタウルスがごとく暴走してしまったのじゃろう。
じゃが、じゃが。
同時にサリーに対する怒りが沸々と湧き上がってきて、思わず目の前の窓に頭突きをかましてぶち破りたくなってくるわい。
だって、そうじゃろ?
本来ならクサナギは皇子と結婚できるほどの器だった。
それが今や街の床屋とは……!
進学校に余裕で入学できるはずがFランに通っているみたいな、なんとも言えない歯痒さを覚えてしまうわい。
そんなワシの気苦労も知らず、サリーの奴め。
全くもって呑気なもんじゃ!
ニコニコしながら髪を切っておるぞい!
そりゃそうか。
なんたってこれから美しいクサナギとデートなのじゃから、自然と広角も上がるというものじゃわ。
くうううう、腹立たしい!
できることならサリーのハサミを奪って、やつを切り刻んでやりたい……って、むむ?
ちょいと待て待て。
冷静に考えるんじゃ。
サリーは髪を切っておる。
はい、リピアフタミ。
サリーは髪を切っておる。
ということは、店内にはサリーの他にもう一人。
つまり髪を切ってもらっている客がいるということで。
ああ、なぜ今まで気づかなかったのじゃ。
その客こそ、クサナギのデート相手!
どれどれ、そのご尊顔は……って、ほがががががが!!
なんということじゃ、驚きのあまり入れ歯が外れてしもうた。
ワンチャン散髪をしてもらってる客が皇子だったら……そう考えていたワシの心は店内の椅子に座っていた男によって粉々に砕かれたああああああ!!
異形。
そう表現するのがピッタリじゃった。
まるで樹齢千年を超える大木がそこに座っているかのよう。
それくらいデカい体つき。
まぁ、それだけならさして驚かない。
男を異形たらしめたるは、シダ植物を何重にも頭から被ったように長くてモジャモジャの髪!
指先でチョンと触っただけで、肘くらいまで絡み付いてくるような圧倒的存在感。
なんじゃ、この髪の毛は!
こんな髪の毛を持っている生物が、この世にいたのか!?
いやはや、長生きしてみるもんじゃわい……って、おいおい!
感心してる場合じゃない!
てことは、てことはじゃぞ!?
クサナギのデート相手は、この髪の毛モジャモジャ巨大男ってことか!?
いや、髪の毛が長すぎて男か女かもわからんが、とにかくだ!
ワシはこんな怪しげなヤツ、決して結婚相手として認めんぞい!
あっ、あっ!
だが悲しきかな。
クサナギの目は炎天下のチョコレートの如き。
トロた視線でモジャ髪を見つめておる。
そうか、これはサリーではなくモジャモジャに向けられたものだったのか!
が、これならまだサリーの方が良かったというか。
なぜならサリーは、まだ話が通じる。
じゃが、椅子に座っているモジャモジャは何を考えているのかわからん。
そりゃ髪の毛で表情が見えないから当然なのじゃが、コチラが何か変なことを言ったら急に髪の毛自体が意思を持ったようにウネウネ動き出して手足に巻き付いたかと思いきや、そのまま車割きの刑のごとく四肢をもぎ取るような不気味さがある。
そんな奴がクサナギの婚約者!?
無理無理無理!
いくら命があっても足らんわい!
【続く】




