27話 蜥蜴男の営む老舗床屋でクラシック散髪、髭剃り、極上シェービング 〜それを見つめるもの〜【3】
【木こり:薬草の翁】
美しすぎるクサナギ
そんな娘の美貌の噂は、床に飲み物をこぼしたようにあっという間に国中に広がっていき、あらゆる男たちがよってたかって求婚を迫り、家には毎日、一目クサナギの姿を見ようと握手会のような長蛇の列ができた。
その中には、皇帝の御子息。
すなわち皇子もお忍びで紛れていたというのだから驚きじゃ。
しかも、
「あなたの美しい黒髪ロングヘアを思うと、夜もおちおち眠れません。クサナギ氏の髪の毛茹でたい」
みたいな直々のラブレターまで届いたという話で。
これはもう、めっさ喜ばしいこと。
クサナギが皇子の嫁になるのならば、もはや一生安泰どころではない。
未来永劫、ワシの子々孫々まで貴族生活。
そうなればオキナブランドを創設したワシは伝説の人物として祭り上げられ、教科書に名前が載り、銅像なんかも建てられちゃったりして、うひひひひ。
って、笑ってる場合じゃないわい。
というのも、アレじゃ。
せっかく皇子が言い寄ってきているのに、クサナギときたら全く嬉しいそぶりを見せない。
いや、もっと言えばどんなイケメンや金持ちが言い寄ってきても、クサナギはまるで能面のように表情を変えず、塩対応。
そりゃあ、何を隠そう神なわけだし?
その神に向かって人間がいくらラブコールをしても、蟻が反戦ソングを歌ってるようなもので、なんら心に響かないというわけじゃ。
じゃがじゃがじゃが。
それにしたって、皇子からの告白を断るのはあまりにももったいない。
それどころか皇子からの愛を無碍にしたとあれば、あらゆる権力が働いてオキナブランドの薬草の不買運動や規制が始まって、光の薬草の価値は地に落ちる可能性もある。
そうなったら、また地獄のような極貧生活。
買取業者にへつらいながら薬草を売る日々。
そんなの嫌じゃ!
もうあんな惨めな人生には戻りとうない!
今のセレブ生活を手放しとうない!
と、心の底から思っていたワシは、クサナギに皇子との婚約とそれによって生じる利益を営業サラリーマンのように力説したが、当のクサナギはまるで遠い異国のマイナー言語でもリスニングしているように生気のない顔で、ワシの言葉を右から左へと受け流していくだけじゃった。
それならばと皇子の肖像画を屋敷のあちこちに飾って意識させる作戦に出たが、クサナギこれをガン無視。
逆にワシが皇子に対して何やら怪しげな感情を抱いてるのではとメイドたちに勘違いされる始末。
ええい、全くもって上手くいかないものじゃ。
なんて苛立ちを募らせていた矢先。
ふと廊下でメイドがヒソヒソ。
ふん、どうせワシのくだらない噂話でもしているのじゃろう。
物陰に隠れて聞き耳を立てると、どうやらワシのことではなくクサナギのことらしい。
ふむふむ……なに!?
クサナギが?
夜な夜な、どこかへ出かけている!?
◇◆◇◆◇◆◇
ゴゴゴと音がしそうな屋敷の門を開けて、クサナギは外へ出た。
草木も寝静まる夜。
満月の明かりが、ワシの愛しき娘クサナギを照らす。
双眼鏡越しに見たクサナギの顔は、月明かりに照らされて煌々と輝いておった。
いや、月明かりだけのせいではない。
クサナギの表情は生き生きと輝いておったのじゃ。
それは、初めて見る表情じゃった。
次々と言い寄ってくる街の男たちや皇子との結婚メリットをプレゼンするワシに見せる死んだ魔界フィッシュのごとき顔とは全く違う。
まるで、初恋の人とこれからデートを控えている乙女のような……ハッ!!
恋!?
まさかクサナギの奴、好きな奴がおるのか!?
おお、なんということじゃ!
そう考えれば、プロポーズの嵐やらワシの皇子肖像画貼り貼り作戦になびかなかったのも頷ける。
つまりクサナギは思いを寄せる相手がいるから、他の連中のことなど眼中になかったというわけか。
なるほど、なるほど納得いった。
そうとわかれば安心じゃ、さて寝るとしようかの……って、寝れるかぁ!!
クサナギが恋をしているのはわかった。
問題は、その相手じゃ!
仮に、そんなことは毛程の確率もない……ないとは思うが、相手が売れない歌い手みたいなどうしようもないヒモ男だった場合。
パチパチパチ。
って頭の中でソロバンを弾くまでもない。
歌い手ヒモ男は、オキナブランドの売り上げには全く貢献しないじゃろう。
逆に天性の浪費癖かなんかで、ワシがせっかく築き上げた財産を使い込んだり、光の薬草をテーマにした楽曲をリリース。
「この歌でアナタを癒します」みたいなキャッチコピーで聞こえはいいが、肝心のクオリティーは聴いてるだけでHPが削られるようなどうしようもない出来で、レコードの返品が相次ぎ、不良在庫を抱え込んで会社経営が立ち行かなくなり、借金まみれという未来も。
ああああ、なんということじゃ!
クサナギの相手が皇子と歌い手では、今後の人生設計が天国と地獄くらい全く変わってくる!
せっかく、皇族になってウハウハできるはずだったのに!
どこの馬の骨とも知らない歌い手にクサナギを取られてたまるか!
まぁ、相手が歌い手と決まったわけじゃないし、そもそもクサナギに想い人がいるというのも確証がないのだが、それでも!
それでも、ここは育ての親として真偽を確かめる必要があるわい。
【続く】




