表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/38

13 一本道ではぐれる二人

 時間にして、およそ8分ほどだろうか。


 二人がお互い一言も話さなかった時間は。


 それがサキには30秒程度の事のように思えたが、クレイには1時間以上の事のように思えた。


 サキは、最初、一種の放心状態にあった。


 結婚してくれ。そう言われるつもりだったのに、付き合ってくれとクレイに言われたからだ。この差はあまりにも大きかった。


 いや、嬉しいは嬉しい。クレイがずっと自分の事を想ってくれていた事も、初めて会った日の事を記念日として大事に思ってくれていた事も、何よりずっと好きだったと言ってくれた事も、そのどれもが確かにスゴく嬉しいものではあった。


 だが、それよりも、これじゃない感の方が遥かに大きかった。嬉しさ全てを消し飛ばしてしまうぐらいには、デカかった。


 サキの眼の前にあるのは、イヤリングと婚約指輪。どちらもスゴく付けたい。クレイからのプレゼントだし、婚約指輪なんてすぐに付けたいに決まってる。なのに、どちらもそれを付けるのを保留にして欲しいとクレイから言われている。


 なんか、違うのよ!! 私の期待してたものと、なんか違うの、クレイ!! やり直して!!


 そんな感情が一気に湧いてきた。


 もう、ホント、色々と叫びたかった。この気持ちをどう表現すればいいのか、それすらもサキにはわからなかった。嬉しいやら、悔しいやら、がっかりやら、もどかしいやら、出来る事なら、クレイに言いたい。是が非でも言いたい。


 私は結婚がしたいのよ! 付き合わずに結婚で、全然構わないの! むしろ、そうして欲しいの! そっちの方がいいのよ!

婚約指輪を今すぐ薬指に嵌めて欲しいの!


 だが、クレイは何故か付き合う事の方を望んでいる。サキには全くわからない謎の理由で。


 堂々とプロポーズ出来るような男じゃないって、どういう事なの、とサキは本気で思う。ガチで思う。もしも思いに力があったとしたなら、この時サキは月ぐらい吹き飛ばせたような気がする。


 クレイほど優しくて、クレイほど頼りになって、クレイほど私の事を想って、クレイほど私の事を守ってくれた人なんかいないわよ! それ以上の存在にまで、なろうとしなくていいわよ! 今のままで十分過ぎるのに、何でそんなに自分のハードルを上げたがってるのよ、クレイは!


 強烈にそう思う。猛烈にそう思う。だが、それを言えない。クレイは卑怯だとすらサキは思った。


 これのどこがタチが悪いかと言えば、好きだと言われ結婚を前提に付き合って欲しいと言われている点である。この事さえなければ、サキは感情に任せて言えたのだ。私はクレイと結婚したいと思ってるのに、どうしてそう言ってくれないの!! と。


 もう、完全に言えた。クレイの方からプロポーズされたいという気持ちよりも、クレイの気持ちがどうこうよりも、悲しみや怒りの方が遥かに大きいからだ。でも、クレイは100点とは言わずとも、75点ぐらいの事を言ってきているから、そうもならない。


 それに、クレイに今すぐ結婚したいと言ったら、クレイがどう答えるかがサキにはわからなかった。気持ちは嬉しいが今はダメだと断られたらどうするのと思う。それでも無理に言い続けたら、話がこじれて、付き合う事まで御破算にされるかもしれないと考えると、あまりに怖くもある。だから言えない。


 仮に、の話のしよう。あくまで、仮に、だ。


 仮にサキが、クレイからプロポーズされると思い込んでいなかったら、結果は全然違ったものになっていたはずだった。


 サキはきっと相当に嬉しかっただろうし、「喜んで」と0コンマ1秒ぐらいの速度できっと返したはずだ。つまり戦犯は、それだけの期待を持たせたクレイという事になる。告白まがいにプロポーズもどき、そして婚約指輪の購入。それさえなければ、全部円満に済み、幸せな結果が生まれたはずだった。


 なので、自業自得とも言うべきか、クレイにはそれ相応の報いが下る事となった。


「…………」


「…………」


 永遠に続くかと思われた沈黙。この間、クレイの表情は氷が溶けるかのように徐々に徐々にと、不安や絶望方面へと変化していった。当たり前の話ではあるが、彼は思い切って告白したにもかかわらず、ひたすら返事が来なかったからだ。


 しかも、告白された側のサキの表情は、くるくると変わっていく。最初は驚き、次に無感情、そして落胆、かと思えば悔しさ、次に不満、かと思えば哀愁、何故か怒り、そして不安、等々……。クレイとしてはサキの考えている事が全く読めない。一体サキは何を考えているのか、それがわからなさ過ぎて、クレイは段々と息をするのが苦しくなってきた。


 クレイの予想では、サキは付き合ってくれるだろうと思っていた。結婚までは駄目だろうが、付き合う事ならオーケーはしてくれると思っていた。だが、今の状態を見る限りでは、断られそうな気配の方が濃厚だった。結婚どころか、俺にはサキと付き合う資格すらなかったのか、と彼は絶望感をバカ長い間味わう事となった。


 地獄の8分間となった。サキにとっても、クレイにとっても、そうなった。通常これは有り得ない事である。お互いに好き合ってる者同士が、告白をした、されたにもかかわらず、どちらも不幸にしかならなかったのだから。禁断の恋に落ちた二人だと言うならともかく、サキとクレイは全くそんな事はない。なのに、こんな地獄になった。


 この二人の恋愛は、常にセルフ地獄になる運命とも言える。


 何故なら、どちらも恋愛音痴だからだ。


 サキは、好きだという気持ちや結婚したいという気持ちをクレイに全く伝えていない。伝えた気になっているだけだった。彼女は、結婚という目的地に向かって歩いているつもりだったが、実は自分からは一歩も動いていない。


 一方で、クレイは、サキの気持ちが全くわかっていない。わかった気になっているだけだった。彼は、進むべき方向が正しいものだと思っていたが、実は見当違いの方へと進んでいた。


 サキが自分の想いをはっきりと伝えていたなら、クレイは道に迷わずに済んだ。一方で、クレイがサキの気持ちを正確に知ろうとしていたら、サキはその場で待っているだけで済んだ。


 これは、どちらが悪いとか、そういう問題ではない。単純に、結婚へと続く恋愛の一本道を、どちらも真っ直ぐに歩けなかっただけの話でしかない。片方は一歩も動かず、片方は迷走をしていた。そして、お互いの距離が離れている事にすら気付かなかった。


 こうなった事は、ある意味、必然だったとすら言えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ