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14 10年

「……サキ」


 地獄の8分間。それをどうにか破ったのは、クレイの方だった。彼はありとあらゆる結末を頭の中でシミュレートし、その中でも比較的傷の浅い致命傷を探した。致命傷を受ける事自体は逃れられないと思ったからだ。


 クレイは本当に、一生分の勇気を振り絞って伝えた。真逆の方角に向けられた勇気を。


「……俺と付き合いたくないなら、無理をしなくていいぞ。嫌々、付き合ってもらおうとは俺も思っていないし……本意ではない。……だから……いっその事、はっきりと振ってくれ」


「!!!???」


 サキとしては、相当に焦った。何でそんな事を急にクレイが言い出したのかが、彼女にとっては意味不明なのである。自分が一切返事をしていない事に、彼女はこの時になっても気付いていなかった。


 どうして私が振る事になってるの!? 待って待って待って待って待って待って!! 待ってよ!!


 私、付き合うから! もう付き合うでいいから! 私と付き合って!! 付き合って下さい!! お願いだから! 私を振らないで!!


 そういう趣旨の事を頭の中では叫んでいたのだが、口から出たのは、焦り過ぎて何故かカタコトになった言葉だった。


「違っ! あの、アレ! イヤ! ヤダ! 付き合う! 付き合うから! 私と!! クレイが!! 付き合う!!」


「……別に、無理はしなくていいぞ。……同情で、付き合って欲しい訳じゃない」


「ダメ! 違うの! そうじゃないの! 付き合って! クレイは、私と! そうして! 恋人になるの! それ以外ダメよ!! 絶対にダメ!!」


「……本当にいいのか? ……本当に、サキは俺と付き合ってくれるのか?」


「うん!!」


 かつてないほどの力強さでサキは頷いた。もうプロポーズがどうとか言っている場合ではなくなっていた。


「……それなら、サキ。お前に後悔させないよう、俺は死にものぐるいで頑張るから。こんな俺だが、温かい目で見守ってやってくれ。頼む」


 告白が成功したとは到底思えないような言葉だったが、本人は真面目にそれを述べていた。少しもおかしいとは思わずに。


 サキは何故か男前な言葉を述べた。


「私も、あの、とにかく頑張るから! クレイを幸せにするから! 任せて!」


 それを聞いて、クレイは本当にわずかながらの微笑を見せた。サキらしい、格好良い返事だなと、彼は思ったのだった。


「未熟者の俺だが、これから宜しくな、サキ」


 いつもの柔らかい口調で、そう言うクレイ。サキも同じような事を返そうとして──失敗した。私の方こそ、不束かな女だけど、宜しくね、クレイ。サキはそう返すつもりだったのだが、この時、彼女はテンパった余韻がまだ残っていて言い間違えた。そして、その事に気付かなかった。なので、クレイは数瞬の間、固まる事になった。


「私の方こそ、ふしだらな女だけど、宜しくね、クレイ」


「…………」


 いや、言い間違いだよな。サキがふしだらな訳がない、と思い、クレイは何も言わなかった。わざわざ口にするような事ではない。その辺は、流石に彼は弁えた。


 何にしろ、これでようやく。


 どうにかこうにか。


 紆余曲折はあったにしろ。


 サキとクレイは、彼氏彼女の関係となった。


 10年という長い歳月を費やして、やっと、である。


 ……なお、この後二人はただ見つめ合うだけの素敵な時間を少しの間、過ごした。散文的な事実だけを述べるのであれば、完全に無駄な時間を過ごした。


 キスはされなかった。


 抱きしめもされなかった。


 サキとしては、これもちょっと想像と違った。でも、別にいい、と彼女は思っていた。そういった事は、後からきっと沢山されると思っていたからだ。


 クレイの中では、またぞろ、密かに悩みの種が生まれていた。しかし、この時、彼はその事に気付いていなかった。


 クレイは少々の気恥ずかしさを胸に抱きながら、サキにロマンティックの欠片もない「そろそろ夕食の準備をしてくる」という別れの言葉を告げ、部屋から外に出た。去り際、


「また、会いに行く」


 そんな言葉を残して。


 この時までは、クレイは少々浮かれていた。どうにか告白は成功し、サキと交際する事となったからだ。だが、外に出て、そこで待っていた神殿騎士二人と鉢合わせた事により、彼はその浮かれ気分が全て吹き飛ぶ事となった。


 クレイは当然、この二人にサキとの事を報告した。


「何とか、サキと結婚を前提に付き合う事となった。二人とも、サキの指輪のサイズを教えてくれた事、改めて礼を言う。ありがとう。そのおかげで、サキにも俺の熱意が伝わったんだと思う。サキと付き合える事になったのも二人のおかげだ。感謝する」


「……結婚を前提に」


「……付き合う事に」


 その時の二人の表情は、いかんとも表現しがたい。困惑と疑問と失望と不服を器用に混ぜ合わせた顔をしていた。


 そして、だいぶ遅れてから、二人は返事をした。ハヅキの方は、こうなった以上、もう仕方がないか……といった様相で。イリスの方は、だいぶ不満気な様子で。


「……おめでとうございます」


「……サキ様を、宜しくお願いします」


「…………」


 それを言われた時のクレイの気持ちは、察して然るべきである。俺はこんなにも駄目な男だと二人からも思われていたのかと、彼は再び強い絶望感に襲われた。サキと付き合っていいような男ではないと、二人から言外に言われた気持ちだった。


 しかし、それもこれも全てクレイの自業自得なのである。恋愛面に関して、彼は色々とズレていた。だいぶズレていた。そうなった原因は、まあ、一応あるにはあるのだが、基本的には、クレイは元からこうだったと言った方が恐らく正しい。ハッキリと言うなら、彼は顔と性格と頭と才能と実力だけが凄い男だった。とにかくそうとしか表現出来ない人間なのである。


 こうしてハヅキとイリスが微妙な顔を見せながら、サキのいる部屋へと戻ると、サキは小箱二つをぼんやりと眺めながら、二人と全く同じ微妙な表情をしていた。つい先程までは結構幸せな気分だったのだが、その小箱二つを改めて見た事によって、プロポーズされたかったという気持ちがぶり返したのだった。


「聖女様……。その、なんて言ったらいいのか……」


 ハヅキは言葉を選ぶのにかなり苦労した。おめでとうございますとも言いにくいし、一応付き合う事にはなったのだから、気を落とさないで下さいと言うのもどこか違う。悩んだ末によくわからない言葉になった。


「……準優勝、おめでとうございます」


 イリスもそれに倣った。一番しっくりくるのが、それしかなかったからだ。


「次は優勝を目指しましょう。準優勝でもスゴい事ですから。諦めようとしていた最初の頃の事を思えば、奇跡みたいなものです」


「……?」


 サキは、全く意味がわからなかった。


 かくてサキは、二人から慰められたり、励まされたり、それでも凄い事だと誉められたりする事となった。優勝ではなく、準優勝だったからだ。後にこの出来事は、『準優勝プロポーズ』と、二人の間で隠語みたいな扱いで呼称される事となる。

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