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12 沈黙の聖女様

 もう9年も前の事だ。


 クレイと一緒にいるという条件付きで、サキがだいぶ明るくなり、よく喋るようになってからの事となる。


 二人で買い物に出かけていた際、アクセサリー屋の前を通った事があった。そこには綺麗な髪飾りやネックレスなどが飾られていた。


 サキはこれまでお洒落をしてきた事がなかった。過去の体験から、自分が綺麗になりたいとか、自分を可愛く見せたいとか思った事がなかったからだ。人の注目を浴びるのは嫌いだった。


 だが、クレイといる時はそれが気にならなくなっていたし、綺麗な物や可愛い物が好きなのは、他の女の子と変わらない。精神的余裕が出てきた事によって、そういった物に興味が出てきた。なので、クレイを誘って、軽い足取りでアクセサリー屋に入り、そこらの物を手に取りながら見ていた。


「ねえ、クレイ。これ、可愛いって思う?」


 サキは花をモチーフにした髪飾りをつけて、それをクレイに見せた。それはクレイ視点から見て確かに可愛かった。クレイは「ああ」と頷いて見せたが、この事はやはり言うべきだろうなと考え、楽しそうにしているサキに対して、出来れば言いたくない事を言った。


「ただ、サキ。悪いが、そういうのをつけるのは、やめておけ。戦いの時に邪魔になるし、引っ掛けて動きが制限される事もある。些細な事が命取りに繋がるのが、討伐者という職業だ。だから、やめておけ」


「……でも、今は仕事じゃないし」


「魔物や敵が、いつ襲ってくるかを教えてくれる事はない。城郭はあるが、壊される時は簡単に壊される。いつ、どんな時でも、戦えるようにしておくのが、正しい騎士の在り方──もう騎士ではないが──戦士や兵士としては正しい。心構えとして、サキもそうあってほしいと、俺は思っている。自分の命はもちろん、場合によっては、他人の命がかかっている時もあるからな」


「……わかったわ。クレイがそう言うなら」


 少し残念そうな顔を見せながら、サキは持っていた髪飾りを店頭に戻した。そして、それ以降、サキはアクセサリー屋に一切寄らなくなった。寄れば欲しくなると思ったからだ。サキが今でもアクセサリーの類を全く付けないのは、元を辿ればクレイのこの言葉が理由となっている。


 しかし、それでも未練はあったのだろう。他の用事でアクセサリー屋の前を通った時、サキはちらりと毎回見ていたし、宝石店の前を通る時は、そこのショーウインドウに飾られていたサファイアのイヤリングを必ず目の端に入れていた。その事にクレイは気付いていた。だから、サキに言った事もある。


「サキ。どうしても気になるのなら、俺がプレゼントするぞ。それで、いつもとは言わないが、特別な日とかに付けるといい。万が一何かあった時は、すぐに外せばいいから……」


「ううん。大丈夫。やっぱりクレイの言った通りだと思うから。だから、いい。それに高いし、もったいないしだし。気持ちだけありがとうね、クレイ」


「…………」


 そして、その日から、サキは見向きもしなくなった。気を遣わせたのだろうかとクレイは思った。自分が気にする素振りを見せたら、また俺が気にするだろうと思って……。


「覚えているか? そんな事があったのを」


 しかし、クレイと違ってサキはその事を覚えていなかった。クレイに言われてアクセサリー類を買わなくなった事については覚えていたが、クレイがその事を気にしていたのは完全に記憶から抜け落ちていた。サキは純粋に興味を無くしていたのだ。欲しいと思うものが手に入らないのは、それまでの彼女の日常だったので、サキは諦める事に関しては慣れっこだった。


「覚えてないなら、いいんだ」


 クレイはどこか淋しそうにそう言った。それが、サキが覚えてなかった事に対しての事なのか、彼女のそれまでの人生を思い出しての事なのかは、サキにはわからなかった。


「だけど、俺はずっとその事が心の中に残っていたんだ」


 クレイはそう言うのだった。


「俺は、サキからお洒落をする楽しさを奪ったのではないだろうかと、気にしていた。馬鹿みたいに真面目に、いつ戦闘が起こってもいいようにしていろなんて、そんな事をサキに言ったからだ」


 実際、騎士も兵士も討伐者も、仕事中は別として、休暇の時はそれを気にしていない者がほとんどとなる。根が真面目な人間だけが、それらの教えというか教訓を守っているのだった。


「だが、その事については俺は後悔していない。長い人生において、何があるかなんて、誰もわからないからだ。サキと同じだけの強さを持つ魔物がいきなり襲ってくる可能性だって、絶対にないとは言い切れない。限りなくその可能性が低くても、0でない限りは用心するべきだと、今も思っている。だから、それについては後悔していない」


 しかし。


「だけど、俺は本当は、こう言いたかったんだ。もし、そんな事態が起こったら、その時は俺が守ってやる。だから、お前は気にせず、好きなだけお洒落をしてくれと。そう言いたかったんだが、サキとの実力差があり過ぎて、そうは言えなかった。今だってそうだ。口が裂けても、そんな事は言えない。サキを守るなんて、そんな、出来もしない事は絶対に」


 クレイは一気にそう言った。サキの目の前にいる彼は悔しそうな顔を見せていた。


「俺は、本当に情けなくて不甲斐ない男だ。お前を守る事なんて、結局、これまで一度だって出来なかった。逆に、お前に守られる事しかなかった。男として、あまりにも惨め過ぎて、正直、辛い」


 どういう事……? とサキは思う。クレイが何でそんな悲しい事を言うのか、サキにはまるで理解出来ない。私は、今も過去もクレイから守られてばかりだった。クレイは優しくて頼りになって格好良かった。クレイが惨めで情けないところなんか、サキは見た事が一度もない。だから、クレイが何を言いたいのか、何を言ってるのかが、サキには全くわからない。


 クレイは言葉を絞り出すかのように、サキに伝えた。


「だから、このイヤリングもずっと渡せなかった。買うだけ買ったが、どうしても言えなかった。サキがこのイヤリングを付けている時は、何があっても、お前を守り切ると、そういう風に言いたかったのに、結局、言えなかった。そのせいで、サキは今もイヤリング一つ付けられない。全部、俺の責任だと思ってる」


 そういう訳じゃない! クレイがそんなの気にする事ない! 私がイヤリングを付けないのはクレイのせいじゃない! それに私は、クレイの言う事が間違ってないと思ったし、そんな風に真面目で誠実で、他の人の心配をするクレイの事が好きになったのよ!


 そう言いたかった。だが、サキは何故か言えなかった。クレイの話はまだ続いていたし、ここで下手に口を挟んだら話が逸れてしまいプロポーズされなくなるのではと思えて怖かった。口を挟めなかった。


「だから、このイヤリングは取っておいて欲しい。お前がこれを付けていても安心出来るような、そんな男に俺は死ぬ気でなってみせる。無理かもしれないとは、もう思わない。必ず、いつかなる。お前から頼られ、お前を守れる男に。お前に相応しい男に。だから、サキ」


 そこでクレイは8年間溜め込んでいた言葉をようやく心の外に出した。


「結婚を前提に、俺と付き合ってくれ」


「…………」


 え? とサキは思った。


「お前の事がずっと好きだった。妹としてではなく、一人の女性として、お前の事がずっと好きだった。俺の恋人になってくれ」


「…………」


 ……恋人? 妻じゃなくて? え?


 しかし、クレイは至って真剣な顔をしていた。


「……今日は、俺とサキが初めて会った日だ。これで、丁度、10年になる。だから、今日この日に言いたかった。こんな事を覚えているなんて、気持ち悪いと思われるかもしれないが、俺にとっては、忘れられない日なんだ。お前と会う事で、俺の人生は変わったんだから」


 サキと共に過ごした十年。言葉にすれば、たった一言で済むのだが、それはクレイにとって天国と地獄を行き来するような日々だった。しかし、それが悪いものだったとはクレイは思わない。仮にここでサキに振られたとしても、だ。サキ・ソレイルという女に出会えた事が、クレイにとっては人生で一番の幸運の様な気がするのだ。


 クレイは、もう一つの小箱を手に取ると、それを開けてサキに見せた。もしもの時の為にと、クレイがずっと貯金しておいた金で買った物だった。


 中に入っていたのは、ダイヤモンド付きの指輪。今度こそ、間違いなく指輪だった。


 それを見た瞬間、サキの目に輝きが戻ってきた。絶対、婚約指輪だと思った。


 だが、しかし。


 クレイがそれについて熱く喋れば喋るほど、サキに失望を与えていく。


「サキ。これは婚約指輪のつもりで買った物だ。結婚を前提にという、俺からの気持ちをお前に伝えたかった。生半可な気持ちで、付き合って欲しいと言っている訳じゃない事を知ってほしかった。本気だ。本気で、最終的にはお前と結婚したいと思っている。だから、これも今すぐ付けなくていい。ただ貰っておいてくれ。これが、今の俺に出来る精一杯のつもりだ。今はこれだけだが、いつかお前に堂々とプロポーズ出来るような男に俺はなってみせる。これを薬指に嵌めてくれと言える男になってみせる。いつかは、必ず。だから、サキ。結婚を前提に俺と付き合ってくれ」


 これで二回目だった。サキに、俺と付き合ってくれ、とクレイが言うのは。


 しかし、サキからの返事はなかった。


「…………」


「…………」


 ここから長い長い沈黙が二人を襲う事となる。

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