11 後悔
サキとクレイは向かい合ってテーブルに座った。この時、クレイが待たされた時間は20分少々となる。サキが心の準備に時間がかかった事がその最たる原因だった。彼女は最後の最後、クレイの待つ奥の部屋のドアを開けるまで、10分以上の時間を必要としたのだった。
「遅くなってごめん、クレイ。でも、もう大丈夫だから」
深呼吸を何度もして覚悟を整え、いざという時にテンパらないよう、頭の中で「喜んで」と返事をすると言い聞かせてある。心の準備がすっかり終わっていたサキには何一つ隙はなかった。それが、プロポーズであればの話だが。
「用事はもういいのか? 何か申し訳ない事をしたな。忙しい時に来てしまって」
「ううん。全然申し訳なくなんかない。クレイは全然悪くないから」
まったくもってその通りとなる。
「それで、ハヅキとイリスも、しばらく外に出て行ったから。用事でね。たまたま用事があったから。しばらくは帰ってこないはずよ」
別に嘘をつく必要はないのだが、クレイの為に出て行ったなんて言えば、クレイが気にすると思ったから、サキはそう言った。しかし、あまりにあからさまな嘘だったのでクレイはそれに気付いた。
とはいえ、この時は流石に、二人には悪い事をしたなとはクレイは思わなかった。二人とサキの気遣いに感謝しつつ、クレイは『大事な話』を始めた。
「それなら、サキ。少し長くなるかもしれないが、聞いてほしい。俺にとっては真剣な話だから、サキも出来るだけ真剣に聞いてほしいんだ」
「……うん。わかったわ」
「実は……ずっとサキに渡したいと思っていた物がある。それが、これだ」
そう言って、クレイが懐から取り出したのは、黒色の小箱だった。それをサキに「受け取ってほしい」と差し出す。
きた……。指輪……。
サキは思わず生唾を飲み込んだ。
そして、それを大事にクレイから受け取った。心臓の音がクレイにも聞こえるんじゃないかと思うぐらい、彼女の心は嬉しさで踊っていた。
しかし。
「あと、もう一つ。これを」
……? あと、もう一つ?
クレイはさっきと全く同じ小箱をサキの前に差し出した。「???」となりながらも、サキは受け取る。
こっちは……クレイの分かしら? あれ、でも、婚約指輪って二人分いるものだったっけ……? んん?
軽い混乱をしながらも、サキは二つの黒い小箱を受け取り、テーブルの上に並べて置いた。どういう事なのか説明が欲しかったけど、雰囲気を壊したくなかったのでクレイにも訊けないし、何よりクレイの方が先に言葉を発していた。
「開けてほしい。最初に渡した方を」
「……うん」
恐る恐る一つ目の小箱を開ける。中には光り輝く婚約指輪──ではなくイヤリングだった。サファイアが付いた、ごく短めのイヤリング。
「…………?」
思考がその時点でサキは完全に止まった。例えるなら、部屋のドアを開けたら中で異教徒の怪しげな祭でも開催していたような感覚である。
クレイは、真面目な表情のまま言った。
「それは、もう何年も前に買った物だ。そのイヤリング、覚えているか?」
「…………」
サキは無言のまま、首を振った。思考がだいぶ追いつかない。最近は、婚約指輪じゃなくて、婚約イヤリングとかあるのかしら、みたいな事を考えていた。
「実は、俺はずっと後悔していた事があるんだ。それがこれだ。俺は、サキからお洒落をする楽しみを奪ったんじゃないかと、ずっと後悔していた」
「…………?」
クレイが何を言っているのかが、サキにはよくわからない。ただ、そのイヤリングについては、サキはようやく思い出した。確かに、クレイの言った通り、見た覚えがあった。そして、それを欲しいと思っていたような気がする。確か、宝石店のショーウインドウに飾ってあった物だ。
あれは、いつだったっけ……。私がある程度の余裕が持てるようになってからの事だから、クレイと出会って半年ぐらいの頃……?




