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9 温度差

 7月7日。


 サキがクレイの屋敷に滞在するようになってから12日目の事である。


 クレイはこの日を待っていた。この日に、彼はサキに『告白』をしたかったのだ。この時にはクレイは完全に覚悟を決めていたので、多少の緊張はあったものの、だいぶ落ち着いていた。


 一度覚悟を決めた時、クレイの意志力は強い。振られる可能性も無きにしも非ずというところだが、その場合も含めて彼は覚悟を決めていた。振られた場合は、サキが嫌がらない限りは、兄として一生サキを幸せにしていこうと、そう考えていた。兄の立場なら、一生サキを幸せに出来る自信はクレイにはあった。


 一方で、サキの方は、かなりそわそわしながらクレイが来訪するのを待っていた。とりあえず、彼女は安心を取り戻していたのである。記念日については未だに謎のままだが、クレイに嫌われていなかったというのはわかったし、プロポーズしてくるという意思がクレイにはあるのだから、そこまで不安に思う必要はない。


 サキはクレイと違って、彼との結婚について心配事を素粒子すら見当たらないレベルで抱いていない。クレイは間違いなく最高の夫になると信じ切っていたし、クレイ以上の結婚相手などこの世にいる訳が無いと信じて疑わなかった。


 二人の結婚生活についても、それは同様である。サキは自分のやりたい事全てをやりきっていたので、後の人生はクレイの為に使おうと考えていた。これまではクレイに頼るばかりだったから、今度はクレイを支えたいと思っていた。クレイの仕事も手伝いたかったし、クレイの身の回りの世話とかも全部してあげたかった。それでも、これまでクレイからしてもらった事を考えれば、全然足らないと思っていた。


 しかし、クレイは結婚生活どころか、恋人生活においても不安しかなかった。付き合えたとしても、いつか、サキに言われるのではないだろうか。クレイってお兄さんとしてはいいけど、恋人としては何か違うのよねと、そんな風に。やっぱり付き合おうとしたのが間違いだったのよ、別れましょう。お兄さんと妹の関係でいた方が、私にとってもクレイにとっても良いと思うのよ、と。そんな不安が常に纏わりついていた。


 一方で、サキは経済面についても一切不安を感じていなかった。不自由のない生活を送れるだけの収入をサキは持っているし、クレイもそれは同じはずだ。過度の贅沢をしなければ、二人で楽しく生きていけるだろう。子供を育てる事だって、十分に出来るはずだ。もし足りなくなったとしても、その時は私が魔物や魔獣を適当に狩って稼いでくれば良いんだし、と安心感を持っていた。あれはサキにとって、落ちてる金も同然の害獣だから、まったくもって何一つ問題がない。


 だが、クレイは、そうは思わない。サキには贅沢とまではいかなくとも、豊かな暮らしをさせてやりたいし、そうでなければサキが人から馬鹿にされるだろう。貧乏暮らしの聖女などと言われたら、サキが傷付くのは当たり前の事だ。それに加えて、子供が出来たら尚更である。子供達も人から貧乏だと馬鹿にされないよう、人並み以上の生活をさせてやりたいし、その内、社交界にも出る事になるのだから、貴族の中で見下されないよう、良い服や良いアクセサリー、良い馬や良い馬車を買ってやらねばならない。更には、良い侍女に良い護衛も付けてやりたい。そう考えると、クレイの収入だけでは明らかに少な過ぎる。どうやって金を工面すれば良いかと考えただけで、クレイは血の気が引くのだった。


 つまり、ここまでを一言で要約すると、サキにはマリッジブルーが存在しなかったという事である。


 サキにとって、クレイは完璧な理想の結婚相手だし、そんな相手と巡り会えた上に、自分の願い通りプロポーズまでされるなんて奇跡も同然の事だった。未来に希望や期待なら腐る程あるが、不安や心配なんてものは、一切存在しない。


 だが、クレイは違う。サキが完璧な理想の結婚相手だという事は全く同じなのだが、彼には物凄く大きなマリッジブルーが存在していた。不安や心配事だらけだし、その手前の告白に踏み切るのすらも怖い。だが、それでも、最初の一歩を踏み出さない限りは、サキとは永遠に結婚出来ないのである。諦めるのを諦めたクレイに、逃げ場所というものは存在しない。幸せを掴み取るか、絶望という名の地獄に落ちるか、その二択しか彼にはなかった。


 しかし。


 片方はプロポーズを心待ちにし、片方は告白をしようとしている。この両者の温度差には物凄いものがある。クレイはスタートラインに立ったばかりなのに、サキは遥か遠いゴール付近で待っているのだ。そして、二人がお互いにその事を知らないというのも、大問題だった。


 午後6時過ぎ。


 離れのサキの部屋で呼び鈴が鳴った。


 クレイが遂に来訪したのである。

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