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5 釣り合い

「結婚か……」


 クレイは誰もいなくなった執務室で、何をするでもなく、ただ机に座って壁を眺めていた。


 サキに告白し、プロポーズして結婚する。それは、彼が8年間も望んだ事だった。長い長い片想いだったが、それも終わりに近付いてきていた。


 サキも俺の事を恋人にしてもいいぐらいには好きだと思っている、とクレイは感じていた。そして結婚についても、少なくとも真剣に検討はしてくれていると。ユリーシャなどから言わせれば、あの人、恋愛に関しては、相当ダメダメですからね、というものになるのだが。


 クレイ的には、サキとの今の関係は、ようやくスタートラインに立てたものだと思っていた。数多いる結婚相手の候補の中に、ようやく自分も入る事が出来たのだと。そして、試しに付き合ってあげてもいいぐらいの気持ちでサキがいるのだと、彼はそう思っていた。結婚するか、しないかは、その結果次第だと。


 全くもって、クレイ・フェルナートという男とは、そういう男なのだ。恋愛面に関してだけ言うのであれば、前述した通り、クレイは一途で哀れで情けない男だった。


 その原因となっているのが、自分に対しての自信の無さと自己評価の低さだ。他の事ならともかくとして、クレイはサキとの交際について考えた時、何一つ自分に自信が持てなかったのだ。サキの方が遥か高い位置にいて、自分はそれを見上げるだけの存在だと思っていた。サキが手を差し伸べない限り、俺はその位置にまで上がれないのだと。つまり、一言で済ますのなら、高嶺の花だと思っていた。


 もしも、クレイとサキの立場が逆だったら、こんな事にはならなかっただろう。邪神竜を倒したのがクレイであれば、彼は自信を持ってサキに告白し、今頃は結婚して子供まで生まれていたに違いない。


 しかし、現実はそうはならなかった。


 邪神竜を倒したのはサキであり、クレイは邪神竜を発見しただけである。


 サキはそれにより史上最強の聖女となり、クレイはおこぼれで貰った爵位により辺境の貧乏男爵となった。


 字面にしただけでも、その差があり過ぎて、クレイは自分が惨めに思えてくるのだ。これでサキと交際や結婚をするなど、釣り合いがあまりにも取れないと。


 クレイには容易に想像がついた。自分と結婚したら、陰でサキがなんと呼ばれるかを。


『辺境の貧乏男爵に嫁いだ、物好きな女』


『ハズレくじを自分から引いた、見る目のない女』


 それを考えただけで、クレイの心は刃物で突き刺されたような痛みを覚える。自分は人からなんと言われようと構わない、サキと結婚出来るのであれば。しかし、サキがそう言われ馬鹿にされるのは耐えられないのだ。


 きっと優しいサキはそれを聞いた時、言うだろう。私は全然気にしてないからね、クレイ。それがクレイにはより辛い。聖女と結婚するというのは、そういう事だった。サキにそんな我慢をさせる事になるのだ。


 だから、クレイはサキが聖女になってからの5年間、必死で努力し続けた。


 領内を発展させ、王都に匹敵する様な巨大都市にさせたかった。そうすれば、結婚しても、誰からもサキが馬鹿にされる事がないからだ。その為に、私財も投じて、街の発展に尽力した。


 結果、一番最初は野営地程度だったものが、今では小都市と呼ばれるぐらいにまでライザニア地方は発展した。それは確かにクレイの功績だった。


 しかし、それだけだった。


 小都市は小都市であり、田舎は田舎である。聖女の嫁ぎ先に相応しいと思われるような場所とは言えなかった。


 クレイが告白になかなか踏み切れない第二の理由がこれだった。


 サキと俺とでは全く釣り合わない。


 今までは、サキが結婚相手を探しているという事で、クレイには余裕がなかった。しかし、今はサキが付き合ってくれそうだと思っているから、多少の安心感が出来てしまった。なので、急にまたその不安が顔を出してきたのだった。


 このまま結婚したら、サキが可哀想な目に遭うだけだと。


 そして、ロマンスの欠片もない言い方をするのであれば、サキに釣り合う男になるには、富と名誉と地位、つまりは高い収入と高い爵位が必要なのである。


 クレイは本当に心の底から思うのだ。愛さえあれば他には何もいらない、などと、小説や戯曲では散々言うが、それは大きな誤りだと。二人の結婚生活に幸せを求めるのなら、結局のところ、愛の他に、金と社会的地位が必要になるだろうがと。


 それは、必ずしも、絶対的に正しいと呼べるような意見ではないかもしれない。だが、一掴み程度の真実であるのは間違いなかった。


 特にクレイとしては、そうだった。


 好きな女が聖女になった事により、結婚のハードルが爆上がりしてしまった不運な男としては、どうしてもそう思わざるを得ないのだ。


 俺は本当に駄目な男だと、クレイは思う。それはサキが聖女になってから、最も彼が思った事だった。窓に視線を向けると、光の反射で、悲しげな瞳を見せている哀れな男の顔が写る。甲斐性なしで出来損ないの男の顔が。


 サキに相応しい男になれる日がいつか来ると、クレイは最初は信じていた。だが、5年が経過した今、クレイはそれが信じられなくなってきていた。サキは邪神竜討伐以外にも数々の功績を残していたからだ。


 孤児院を困窮から救い、ミュージカルを考案し文化として定着させ、その主演女優として一世を風靡し、人気も名声も有り余るほど持っている。


 対して、俺は何だ。サキのおかげで貴族にだけはなれたが、それ以外は、何一つ昔と変わっていない。人に誇れるような功績など何一つ立てていない。その差が開く一方に、クレイには思えてきてならないのだ。


 サキが願いや夢を叶えられた事については、クレイは嘘偽りなく嬉しいと思っている。だが、サキの横に胸を張って並び立てる未来が、クレイには全く見えなくなってしまったのも事実だった。


 こんな俺がサキに告白していいのだろうか……。俺と結婚したら、逆にサキを不幸にするだけなんじゃないだろうか……。クレイはそう真剣に──サキからすれば有り得ない事で──悩むのだった。


 仮に、クレイが10代の頃にサキと出会っていたなら、勢いのまま、サキに結婚を申し込んだ可能性はあった。しかし、彼は既に34歳であり、結婚ともなれば、お互いの気持ちだけでは片付かないものが無数にある事を彼は知り過ぎていた。

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