4 想像力旺盛な侍女でも不可能
話を10日前まで戻そう。
サキにプロポーズもどきの事をクレイが言った翌日にまで。今度は、クレイ視点で。
夕食として出したおでんも、昼食として出したパエリアも三人は気に入ってくれたようで、クレイとしては、その事については嬉しく思っていた。ハヅキとイリスは食器を返しがてら、伝言をユリーシャにお願いしていた。
「とても美味しかったです。ありがとうございます。御馳走様でした」
その一言でクレイは二人が許してくれたのだと理解したし、もう誤解も解けたのだと安心していた。これで後はユリーシャにブルーベリータルトを買ってくれば、それで万事解決だなと思っていたが、どうもユリーシャに関してはそれだけでは済みそうになかったようである。
「我が主様、それで昨日はどうだったんですか? サキ様に告白したんですか? サキ様、酔い潰れてましたけど、それまで何があったんですか? 教えて下さいよ。ねえねえねえ」
そんな風に好奇心150%超えの表情をしたユリーシャから、うざいぐらいにしつこく聞かれる羽目になり、クレイは仕方なく彼女に昨晩の事を語った。相談に乗ってもらった手前、断りきれなかったというのもある。
「ほれで、ほうはったんでふ?」
だが、ユリーシャはあろう事か、それを肴にしてアップルパイを食べていた。これには流石に温厚なクレイと言えども、こいつ本当に一度解雇してやろうか、ぐらいには考えた。
とはいえ、ユリーシャは超能力者ではないので、クレイの思考など読めない。読めたら食べるのをやめただろうが、読めなかったので彼女は全然気にしなかった。恋話聞きながら食べるアップルパイ、うまあ〜〜〜、と思いながら、クレイのプロポーズもどきのくだりを聞いて、大興奮していた。
「えっ! ヤバー! それもう告白じゃなくて、プロポーズみたいなものじゃないですか! メッチャ急展開じゃん! 良い事聞いちゃったー! 今夜、いい夢見れそうですよ、これ!」
マタタビを与えた猫のようになるユリーシャ。しかし、ユリーシャのテンションが上がれば上がる程、クレイは逆に気持ちが下がっていくのだった。他人からすれば面白そうな話なんだろうなと、クレイは皮肉めいた事を思う。当人としては、面白いどころか、新たな悩みの種となって既に芽を生やし始めていた。
「それで、我が主様はこれからどうするんですか? 告白して、正式にプロポーズして、結婚まで一気に行っちゃうんですか? あ、だとしたら、私、結婚式用に新しいドレス買わなきゃだし、今から貯金しとかないとまずいですよねえ。聖女様の結婚式に出席するんだから、よっぽど良いドレス買わないと見栄えがあれですし、私のお給料、ドーンと上げてくれませんか、我が主様」
ドサクサに紛れて賃上げ交渉を始めるユリーシャに向けて、クレイは二重の意味で首を振った。
「いや。そうはならない。……悪いが、しばらく一人で考えたい事がある。だから、当分の間、俺の事は放っておいてくれないか、ユリーシャ」
「え? ああ、はい……。わかりましたけど……」
「すまないな」
「いえ……。じゃあ、あの、私はこれで……」
まだ食べかけのアップルパイごとユリーシャは執務室から出ると、仕方なく自室へと戻る事にした。一体、我が主様は、今度は何で悩んでいるのだろうと思いつつ。後は婚約指輪を買ってきてサキ様に渡すだけなのに何を?
まあでも、結婚とかなると、やっぱり悩むものなのかもなぁ、とユリーシャは考え直した。我が主様は父親から勘当されているという話を噂で聞いた事があるし、実家の事とかで色々あるのかも、と
サキ様はなんたって聖女様だし、その結婚式に我が主様の御家族が出席しないとなったら流石にそれは問題だろうし。その事で悩んでるっぽいなあ。結婚前に、どうにか仲直り出来ないかなって考えてるのかも。
それとも……サキ様の事で悩んでるとか? 多分、我が主様はサキ様との結婚に対して、不安とか心配はないと私は勝手に思ってるんだけど、でもどうなんだろう? 私が知らないだけで、何か心配事があったりするのかな……?
だとしたら、何だろう? サキ様も相当モテるし、もしかしたら浮気されないか心配してるとか?
それか、お金の問題? サキ様はお芝居とかオペラが好きだし、お酒も好きだし、買い物も好きだし、結構お金がかかる事が好きだから、それを心配してるのかなぁ。
あとは、子供が出来た時の事? サキ様が大の子供好きだってのは、我が主様もよく知ってるはずだし、子供が出来たらすっごい甘やかしそうだもんなぁ、サキ様。ちゃんと躾をしてくれるかとか、厳しくしたら逆に自分が怒られるんじゃないかとか、そんな心配はしてそうでもあるけど、流石にこれは考え過ぎかしら?
もしくは、我が主様にはサキ様以外に気になってる人が実はいて、それで結婚を悩んでるとか……。いや、流石にそれはないか。我が主様、サキ様にベタ惚れだし。この5年間、サキ様とずっと遠距離恋愛してたけど、浮気とか一回もなかったもん。何度も女の人からデートに誘われたり告白されたりとかしてたけど、全部断ってたし。そのせいで我が主様が女に興味がない男好きなんじゃないかって噂まで流れてるぐらいだし。
……クレイ本人はその事を知らない。知ったらクレイは勿論のこと、サキも相当焦るだろうが、今のところは両者共に知らないままでいる。
何にしろ、ユリーシャには、クレイが悩む理由がわからないままだった。実家の事かもしれないし、もしかしたらサキ本人の事かもしれない。あるいはもっと別の理由かもしれない。ひょっとして、我が主様には隠し子がいるのかも、みたいな事までユリーシャは考え始めた。
そうやって色々な想像を巡らしつつ、行儀悪くアップルパイを歩きモグモグしながら、ユリーシャは自室へと戻った。まあ、私がどんだけ考えたってわかる訳ないか、と最後には思考を放棄して。お風呂入ってから寝よ、とあっさり寝る準備を始めた。
この時はユリーシャすら想像していなかったのだ。我が主様が、相当ヤバい事をやらかす事を。知っていたらサキに「絶対に期待しないで下さい!」と忠告をしに行っていたのだが、繰り返しになるが彼女は超能力者ではないので、この時は全然気にしなかった。




