16 5年ぶりの再会
時間を少し遡る。サキが書庫に案内された時まで。
薄暗い部屋の中でサキは不安になっていた。一人取り残され、しかもなかなかクレイは現れない。どうして私、こんな所で待たされているんだろうと当然の疑問を抱いていたし、こんな暗さじゃ折角着てきたドレスもよく見えないんじゃないかと心配にもなっていた。クレイがこのドレスを見てどんな反応を示すのか、それがサキの楽しみだったのに。
やがて、ドアがノックされた。サキはすぐに立ち上がり、出来るだけランプの近くに寄った。可能な限り、クレイからこの姿がよく見えるようにした。それから「どうぞ」と声をかける。
「悪い。遅くなってしまった。すまないな」
そう言いながらクレイはドアを開けた。何故か小さ目の樽を抱えながら。
部屋に入ってサキの立ち姿を見て、クレイは数秒の間、動きを完全に停止させた。だが、何も言わずに樽をテーブルの近くの床に置いた。
それから、言うか言わないか迷った素振りを見せたが、結局、彼は言った。少し、というか、かなり照れた顔で。
「その……今日は凄く綺麗だな、サキ。いや、いつも綺麗なんだが、今日は特に。そんな感じのドレスを着ているのは初めて見たから驚いた。よく似合ってる」
サキは隠そうとしたが隠しきれず、口角を上げっぱなしのまま、心にも無い事を言った。
「あ、あら、そう? これ、普段着みたいなものなんだけど、そんなに似合ってる? まあ、クレイが気に入ったのなら、私としても多少は嬉しいみたいなところあるけど? 多少はね」
サキは極度に照れると何故か自分でもよくわからない言葉が勝手に飛び出す時がある。そのせいでクレイが色々誤解する原因ともなったのだが、サキはその事に全く気付いてない。
「それよりも、クレイ。その樽は何かしら。何が入ってるの?」
「ああ、これか。これは、アレだ。ええと」
照れ臭さがまだ残っていて、それが正常な思考を遮り、クレイはその樽に入っている液体の名称がこの時はなかなか出てこなかった。アレだよ、アレ。ブランデーでも純米酒でもなくて、アレ。
「麦酒だ」
「…………?」
キョトンとした顔を見せるサキには気付かず、クレイはもう一度部屋の外に出て、すぐに帰ってきた。手にはワイングラスではなく木で作られたジョッキが2つ握られている。
その1つをサキに渡し、もう1つはテーブルの上に。そしてまた部屋から出ていき、今度は大皿と一緒に帰ってきた。
中に入っていたのは、タコと芋の煮っ転がし。
あれ? ん? とサキは思いながらも、クレイの勧められるままに、椅子にちょこんと座る。向かい合ってクレイも椅子に座った。
クレイはなんだか、ちょっと楽しそうな顔をしていた。サキは状況がよく飲み込めない。
「ああ、すまない。置いてけぼりにしてしまったな」
それにようやく気付いたのか、クレイが説明した。
「サキは王宮での晩餐会とかよく出てるだろうから、多分、こういうのは久しぶりだろうと思って、用意した。そうじゃなかったら申し訳ないところだが、どっちにしろ他の貴族の晩餐会のような高価な食事は俺には用意出来ないからな。ただ、気持ちは込めて作った。気持ちだけなら、誰にも負けないつもりで」
「……これ、クレイの手作りなの?」
「そうだ。久しぶりだろ? 庶民的過ぎるのでどうかお止め下さいとユリーシャには言われたんだが、俺はこれが一番美味いと思ってる。特に酒のつまみとしては」
そう言いながら、クレイは樽についていた栓を外し、2人分のジョッキに麦酒を注ぐ。片方をサキに手渡し、もう片方はクレイが持った。そして、ジョッキを軽く挙げてサキの前に持ってくる。
目で軽く合図をする。サキも昔の習慣から何の疑問も抱かず、自分の持っていたジョッキを軽く突き出して、お互いのジョッキを合わせた。
「乾杯」
狭い部屋に響くコツンという音。そして、口に運ぶ。懐かしい味がサキの舌に転がり込んできた。5年ぶりの事だった。ワイン以外のお酒を飲むのも、他の人とジョッキを合わせるのも。どちらも上品とは言えないと、ハヅキから止められていたものだった。
だが、サキは高級なワインよりも、この安物の麦酒の方が好きだった。ワインを偉人だとするなら、麦酒は友達だった。今までずっと会う事が出来なくて本当にごめんね、とサキは思う。
美味し〜〜〜い。やっぱこれなのよ。これ。
一口飲んでサキは満面の笑顔を零す。久しぶりの友達との再会に心が躍っていた。そして、同じく久しぶりの再会だったタコと芋の煮っ転がしにも挨拶する。ハヅキやイリスは作ってくれないのだ。そんなものを聖女様が食べていると知れたら大恥だからと。自分で料理すらさせてくれない。こんなに安心出来る味なのに。
「どうだ? 美味いか?」
「うん。美味しい」
サキは本当に美味しそうに食べる。それを見るのがクレイは好きだった。自分が作った料理なら尚の事だ。喜んで食べてもらえるのが純粋に嬉しいし、幸せそうに食べているサキの姿が可愛らしい。今は外見の綺麗さよりも、サキの内面の可愛さの方が遥かに勝っていた。
「クレイ、相変わらず料理上手いわね。味付けも丁度いいわ。私の好きな味」
「なら良かった」
安心したような笑顔を向けるクレイ。
実際、それはサキの好みの味に合わせてクレイが作ってきたものだ。サキといた4年の間に彼は何度も手料理を振る舞っているが、その度にサキの気に入る味を追求してきた。「美味しいけど、ちょっとだけ味付けが物足りないかも」とサキが言えば、「ああ、やっぱりか。少し薄味になってしまったなと俺も思っていたんだ」とさりげなく誤魔化してきた。
クレイは薄味の方が好みだったが、サキはやや濃い味の方を好む。しかし、サキに合わせて濃い味ばかり作ってきたら、いつしかクレイもその味に馴染んで、それが当たり前になっていた。
サキは当然その事を知らない。クレイと私は味の好みも合うと単純に思っている。料理が合う合わないも、結婚生活の上では結構大事だって聞くけど、その辺は全然大丈夫だから心配なしよね、と安心していたりもする。
一口大の芋をタコと一緒に飲み込み、サキは麦酒をもう一口。やっぱり美味しい。水で薄まった安物のやや辛口の麦酒が、サキの口には合うのだ。ワインも美味しいとは思うのだが、好みとしてはやはりこちらとなる。初めて飲んだ酒であり、昔、クレイとよく飲んだ味。
「そういえば、昔もこうやってよく一緒に二人で麦酒を飲んでたわよね。なんか懐かしい」
「あの頃は、俺の家で飲む事も多かったからな。サキが麦酒だけ買ってきてな」
「そうそう。それでクレイがご飯を作って。私はお肉が好きだったのに、野菜も食べろって、野菜多めの料理ばっか出してきて」
「嫌だったか? 今なら遠慮なく言っていいぞ。もう昔の話だからな」
「ううん。嫌じゃなかったわ。どれも美味しかったし」
そして、嬉しかった。私の健康とか体調の事も心配してくれてるんだなって伝わってきて。
それは言葉には出さなかったが。
昔も今も。
言葉にするのは流石に気恥ずかし過ぎたからだ。それは、母親に対して、いつもご飯を作ってくれてありがとうと伝える気持ちに似ていた。家族がいないサキにとっては、クレイは父母の代わりでもあり、兄の代わりでもありと、色々と感情がややこしいのだ。




