15 無礼千万
食前酒として運ばれたのは薄い透明感を持つピンク色のロゼワインだった。「エシュティア・レ・ロッカーナです」とユリーシャは説明したが、それが何なのか二人の神殿騎士にはわからない。ただ、高そうなワインだなというのは何となく思った。ワイン自体が高級品なのに。
「ちなみにですが、聖女様には何を?」
まだ怒気が収まらない様子でハヅキが尋ねた。ユリーシャは心の中で震え上がったが、答えない訳にもいかない。
「……サキ様には、麦酒を」
「はあ?」
もうその声だけで、ハヅキが怒り心頭なのがわかる。普段の声を春の陽光とするなら、今は土砂降りの雷雨を思い出させる。冷や汗を背中に感じながら、ユリーシャは言い訳を述べた。我が主様の代わりに。
「……サキ様が、一番お好きな酒だと我が主からは伺っております」
「だからと言って聖女様に麦酒を? 上流階級の人間なら香りすら嗅がない酒を? 聖女様は庶民と同等ですか? 私達には、高価そうなワインを振る舞っておきながら」
「……申し訳ございません。……返す言葉もございません」
顔面蒼白になりながら、謝るユリーシャ。流石に見かねたのか、イリスが助け舟を出した。ユリーシャ一人分ではあったが。
「ハヅキ、やめなよ。ユリーシャさんが悪い訳じゃないでしょ。言われた通りの事をしてるだけなんだから」
「…………そうね」
それだけ言うと、ハヅキは黙った。瞳には暗い何かが宿ったままだったが。一旦は矛先を彼女は収めた。一旦は、だが。
「1品目の、ほうれん草と牛肉のパイ皮包みでございます。お召し上がり下さい」
「聖女様には、何を?」
「……タコと芋の煮っ転がしを」
「大層、贅沢な料理を出されるんですね。どこの国の王宮で出される料理なんでしょう?」
「…………本当に、申し訳ございません」
「ハヅキ、落ち着こう。やめて」
「2品目の、カボチャのスープでございます」
「聖女様には?」
「……キャベツの煮込み汁に卵を溶か」
「もう結構」
「……ハヅキ」
「3品目の、焼き真鱈の、クリームソース和えでございます」
「聖女様には?」
「……鯖の塩焼きを」
「どこまでコケにすれば気が済むんですか。聖女様をどういう風に思っているのかがよく分かりますね」
「重ね重ね、申し訳ございません!」
「……もういいですよ。ユリーシャさんは謝らなくていいですから」
「4品目の、オレンジの砂糖漬けでございます。お口直しとして、どうぞ」
「聖女様には?」
「……鶏肉の串焼きを」
「そうですか。さぞかし、口の中がすっきりするのでしょうね。これまで一度だって聞いた事がありませんが」
「申し訳ございません! どうかお許しを!」
「ハヅキ、ユリーシャさんが可哀想だから、もうやめなって。私までキツいよ、それ」
そして、極めつけはメインディッシュだった。
「5品目の、牛肉のステーキでございます」
「それで、聖女様には?」
「……鶏肉のトマト煮込みを」
ハヅキは何か言う代わりにテーブルを強く叩いていた。彼女の忍耐力にも限度というものがあり、そろそろ堪忍袋の緒が切れかけていた。
恐怖で何も言えなくなっていたユリーシャに向けて、イリスが何故か申し訳なさそうに説明を加える。
「サキ様は、トマト煮込みがお嫌いなんです。好きになれないそうで。だから、私達はそれを作らないようにしてきました。付き合いが長いクレイ様がそれを知らないはずがないと思うんですよ」
「…………我が主様に代わって、私が何万回でも謝りますので、どうか」
「必要ありません」
ハヅキはそれだけ答え、デザートはもう持ってこなくて結構と告げた。最低限のマナーとして出された料理は全部食べたが、これでもう義務は果たしたと言わんばかりに、すぐに何も言わずに離席した。ユリーシャが慌てて後を追って、空いてる部屋へと案内を試みる。サキ様がお戻りになるまでは、どうかこちらの部屋でお待ち下さい、どうかお願いします、そう我が主様に言われているのです、と懸命に。
「ハヅキ、待たせてもらおう。どうせすぐに戻ってくるだろうから」
いつのまにか後からやって来たイリスのその言葉に、ハヅキは冷たい目をしながらも大人しく従った。それもそうねと思ったからだ。こんな扱いを受けて怒らない人間などいる訳がないのだから。
「イリス。部屋に戻ったら、明日、王都に帰る支度をするわよ」
その短い言葉に、ハヅキの心情全てが詰まっていた。イリスも同じ気持ちだったのだろう、黙って頷いた。こんな無礼な扱いをする人間がサキを幸せに出来るとは到底思えなかったからだ。




