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最強で美人な聖女様は結婚がしたい  作者: 30
第一章 理想の結婚相手
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14 怒髪天を衝く

 午後8時。それを少し過ぎたあたりで、サキを迎えに行ったユリーシャが屋敷へと戻ってきた。後ろにはお付きの二人も一緒にいて、その様は王宮での夜会を思い起こさせるものだった。


 サキは、彼女にしては非常に珍しく、濃紺のシンプルなドレスを身に纏っていた。来る途中の都市でイリスとハヅキに揃って勧められたドレスだ。


「明るい色だと、可愛さの方が強くなってしまいますから。大人の女を演出するには濃い色が一番なんです」


 と、イリスなどは力説していたが、サキとしては少し気恥ずかしい。彼女は聖女という事で、これまで長い間、レースが多く入った白色系のドレスしか着てこなかったから、鏡に映る自分の姿に違和感を覚えるし、自信も持てなかったのだ。


「ねえ、これ、本当に似合ってる? 自分じゃよくわからないし、なんか変な感じなんだけど」


「いえ。とてもお綺麗ですよ。クレイ様もきっとそう思うはずです」


「そうですよ。違うサキ様の一面を見て、絶対にぐっと来ますから」


 二人にそう言われ、サキは結構な金額のするそのドレスを決心して買った。勝負服、という訳である。ここぞという時に着ようと決めていたのだが、まさか初日で勝負をかける事になるとは、この時は誰も想像すらしていなかった。


 なのに。


「こちらです」


 ユリーシャに連れられ、サキが案内された場所は、小さくて狭い質素な部屋だった。テーブルクロスも敷かれていない木のテーブルが中に一つ、そこらの店から適当に買ってきましたと言わんばかりの椅子が二つ、壁には本棚がズラリ、それをぼんやりと照らすだけのランプが二つ。


「後で、我が主も参ります。それまでしばし、ここでお待ち下さい」


 そして、扉は閉ざされた。華やかな雰囲気の中、優雅な食事を。そんな事をサキは想像していたのだが、それとは全然違うものだった。


「それでは、ハヅキさんとイリスさんはこちらへ」


 そう言われ、しかもユリーシャが何故か足早に向かうので、後をやや早足で追いつつ、二人は怪訝な顔を見合わせた。


 さっきの部屋って書庫なんじゃないの? いや、でも、まさか……。


 とはいえ、そうとしか思えないような部屋だった。薄暗かったのできちんと確認出来た訳ではなかったが、少なくとも晩餐会を開くような部屋に見えなかったのだけは確かだ。後で別の部屋に移動するのだろうか? それにしたって、あんな淋しい所で待たす必要なんかないだろうに、何で。


 そんな不審感を覚えながら歩いていると、不意にユリーシャの足が止まった。「こちらでございます」と、ユリーシャが目の前の大きな扉を開ける。


 そこは、縦長の広い部屋で、中央にも同じく長い長い縦長のテーブルが置かれてあり、真っ白なテーブルクロスが綺麗に引かれてあった。装飾が施された高価そうな椅子がその下に等間隔で幾つも並び、その上にはキャンドルが一つ一つ置かれてある。天井には高価な魔力灯が二つ設置されていて、キャンドルはただの飾りと言わんばかりに明るく部屋全体を照らしていた。黒色に塗られた壁には幾何学的な金色の模様が美しく散りばめられていて、それはまるで夜空を思い起こさせた。


 その部屋は平民の二人でもすぐにそれとわかるほど、貴族の晩餐会用に作られた部屋だった。


「どうぞ」


 ユリーシャが椅子を引き、二人に着座を求める。生まれて初めてこんな所に案内された二人としては、その椅子に素直に座っていいかもわからない。座ったら、後で罰でも受けそうで、二人は再び不安気にお互いの顔を見合わせた。


「どうぞ。御遠慮なさらずに」


 ユリーシャが重ねて勧めるので、仕方なく二人は座った。それを見届けてから、ユリーシャは二人に向けて丁寧に一礼した。


「今宵は、長旅の疲れを癒して欲しいとの我が主様の希望により、御二人にも御食事を御用意させて頂きました。どうかごゆるりとお寛ぎながら御賞味下さいませ」


「ありがとうございます……」


「頂きます……」


 二人は呆気に取られた様子で、困惑したままそう答えた。常識的な話として、付き人にまで食事を振る舞う事がまず異例なのだ。付き人や侍女というのは、基本、貴族や王族が身に着けている装飾品と同じ様なものであり、飾りに食事を振る舞う人間などいない。そういう扱いだ。


 なのに、こんな豪華な部屋に招待して! 本来ならここに座っているのはサキとクレイのはずで──。


 あれ? じゃあ、聖女様はどこに? とハヅキは思う。晩餐会用の部屋はここのはず。それなら、聖女様は?


「あの……一つ質問しても宜しいでしょうか、ユリーシャさん」


「はい。何でしょうか?」


「聖女様はどこで食事をされるのですか。ここよりも良い部屋があるのですか?」


「…………」


 ハヅキの問いに、ユリーシャは沈黙で答えた。が、少しの間を置いて、目を伏せながらやや小声になって答えた。


「サキ様は……我が主様の希望で、書庫で」


「はい?」


「ですので……書庫で……食事をなさいます」


 恐る恐る、バツが悪そうにそう答えるユリーシャ。彼女だってそれを止めたのだ。だが、クレイがどうしてもと譲らなかったから、結局そうなった。ハヅキとイリスが呆気に取られたように口をしばらく開けていたが、そうなるのも無理からぬ事だとユリーシャはマジで思う。


 やがてハヅキが低い声で尋ねた。


「……どういう事でしょうか」


 そう言われるのも当たり前なのだが、ユリーシャとしては謝るしかない。


「申し訳ございません……。我が主様が、サキ様とそこで食事を取りたいと言って譲らないものですから……」


「……それで、お付きの私達には、こんな豪華な部屋で食事を取れ、と。聖女様は書庫なのに」


 ハヅキの目が大きく開き、突き刺すような視線をユリーシャに向けた。


「聖女様を侮辱しているのでしょうか。私達より下の身分だとでも言いたいのですか。こんな屈辱を受けるような事を聖女様が何かしましたか」


 ハヅキにしては珍しく、彼女は相当に怒っていた。もしこれが違う相手だったとしたら、例え侯爵だろうが王族だろうが、即座に立ち上がって聖女を連れ出し、屋敷から問答無用で立ち去っていただろう。相手がサキの好きな人だから、どうにか我慢しているだけに過ぎない。


「ま、誠に申し訳ございません……。我が主様には、食事が済んだ後、キツく申し上げておきますので……」


 強く、ではなく、キツく、と言ってしまう辺り、ユリーシャも相当に動揺していた事が伺える。それほどまでに、ハヅキの圧は強く、横で一緒に怒りを覚えていたイリスですら、若干彼女に恐怖を覚えて引いていた。


「……とにかく、料理が冷めてしまいますので、すぐにお持ちします。少々お待ち下さい」


 そう言って、そそくさと避難したユリーシャだったが、彼女の受難についてはこれが序章であり、まだ始まりに過ぎない事を彼女は知らなかった。

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