17 飲みデート
サキに出された2品目は、キャベツをざく切りにして十分に柔らかくなるまで煮込んだ物に、溶き卵とチーズを入れて塩などで軽く味を整えたスープだった。すっきりとした味わいでキャベツの甘味もよく出ていて胃にも優しい。量は小さなカップ一杯程度。本格的に飲む前のウォーミングアップのような一品となる。
一緒に3品目と4品目も出された。こちらは完全に酒のつまみで、鯖の塩焼きと鶏肉の串焼きとなる。どちらも塩を軽くふっただけのシンプルなものであるが、酒飲みの間で好んで食べられる定番品だ。特に鶏肉の串焼きをクレイはガッツリと持ってきていた。
それらをつまみに、クレイとサキは昔話に花を咲かせながら飲み続けた。
初めて出会った時の話、剣の稽古の時の話、魔物の肉を初めてサキが食べた時の話、一緒に行った旅行の話、クレイが他の討伐者から闇討ちに遭った時の話、そして今いる書庫の話。
「ここって、何かに似てると思ったら、昔のクレイの家によく似てるのよね。本棚だらけで狭いし、薄暗いし」
「ああ……。それに関しては悪かったと思っている。最初は晩餐会用の部屋にするつもりだったんだが、俺はどうもあそこは好きじゃなくてな。気分的に落ち着かないんだ。堅苦しくなりそうだったし、楽しく会話出来る気がしなくて、ここにした。すまないな」
クレイは広い家など不要だと昔から考えていたので、安い小さな家に住んでいた。だだっ広いお洒落な部屋にいるより、狭くて質素な部屋にいる方が落ち着いたのだ。
本も好きなので、クレイの自室には本棚が壁一面にあった。机もあったのだが、本が増えすぎた事によって置くスペースがなくなり、彼は本や本棚ではなく机の方を捨てた。
部屋の隅で壁にもたれながら本を読んでいるクレイを見て、サキが評した事がある。「クレイって猫そっくりね、狭い所が好きだし、隅っこも好きだし」と。それに対してクレイは反論した。「俺が猫に似てるんじゃなくて、猫が俺に似てるんだ、猫は真似をするのが好きだからな」と何の根拠もない謎の反論を。
「ああ、それと、言い忘れていたが、ハヅキとイリスは今、別の部屋で食事をしている。サキの親友だから、最上級のもてなしをするようユリーシャに頼んであるから安心してくれ。今頃、喜んでくれてるといいが」
ブチ切れていた。
「あら、クレイ。二人にも気を遣ってくれて、ありがとうね。私も嬉しいわ」
サキはその事に気付かなかった。普段から二人の事を大事に思っているサキだ。最上級のもてなしを受けていると聞いて、怒るはずなどない。純粋に、嬉しいと思っていた。二人がサキより良い待遇を受けている事で激昂しているなどとは夢にも思わなかった。
それからも話は盛り上がり、サキとクレイが麦酒を2杯ほどおかわりしたところで、クレイは最後のメインディッシュを持ってきた。ハヅキやイリス曰く、サキが好きではない鶏肉のトマト煮込みを。
だが、持ち込まれたそれを見てサキは明らかに目を輝かせた。
「私の一番好きだったもの、クレイ、覚えててくれたのね」
「当たり前だろ。俺が何回これを作ったと思ってる」
そう。それは、サキがこれまでクレイにリクエストした料理の中で、その回数が一番多かった料理となる。
トマトと赤ワインを多目に使い、少し焼いた鶏ももを豪快に塊で入れ、中火で煮込んだものだ。これはクレイの実家でよく作られていたもので、地域差なのか家庭ごとの差なのかは不分明だが、一般的な鶏肉のトマト煮込みとは違って野菜が玉ねぎ以外何も入っておらず、代わりに唐辛子が入れられていて、味が違うものとなっている。
サキはクレイが作る料理の中で、これが一番のお気に入りだった。
少し大き目のスプーンでソースごとパクリと一口。トマトの絶妙な酸味ともも肉のスパイシーな旨味が口中に広がる。
ん〜〜〜〜、美味しい。そう、この味なのよ。これが麦酒と凄く合うの。
ジョッキを傾けて、ぐいっといく。気が付けば、そこらの酒飲みのようにサキはプハーっと息を出していた。ハヅキなどが見たら、はしたないです! あなたは聖女様なのですよ! と慌てて声を上げていたに違いない。
もちろん、クレイはそうは言わなかったし、まるで気にしていなかった。彼女と二人でいる時、彼はサキが聖女だという事も、自分が貴族だという事も完全に忘れる。元からそれを強く意識している訳でもないのだから、サキが幸せそうに寛いでくれているのを見て嬉しく思うだけだ。
「もうね、私、クレイのこのトマト煮込みが好き過ぎて、他の人の作るやつがどうにも好きになれなかったんだから。ハヅキやイリスなんか、きっと私が鶏肉のトマト煮込みを嫌いだって思ってるわよ」
実際、その通りだった。
「それは光栄だな。お世辞だったとしても嬉しく思うよ」
そんな呑気な事を彼は言っているが、この部屋の外では大変な事になっていた。
「ねえ、クレイ。麦酒お代わり。なんかねえ、凄く楽しくなってきちゃった。今日はどんどん飲もう。ね?」
「ああ。いくらでも付き合うからな」
こうして、夜は更けていった。ハヅキとイリスが別の部屋でひたすらムカムカしながら待っているとは露知らず。ユリーシャが、蛇と一緒に籠の中に入れられた鼠のような気持ちで、同じ部屋で微動だにせず待機しているとは微塵も想像せず。
サキとしては、ハヅキとイリスは別の部屋でユリーシャとお喋りでもしながら楽しく食事をしていると疑わなかったし、クレイも同じ様な事を想像していた。例えサキの戻りが多少遅くなったとしても、機転の利くユリーシャがカードゲームやボードゲームを取り出し、三人で楽しく遊びに興じているはずだ、と。
それがまるで違ったという事をクレイが知るのは、この翌日の事であり、つまり、これから2時間以上経つまで、哀れなユリーシャに救いは訪れなかった。その間、二人はずっと楽しく飲み続けていた。時間が経つのも忘れて楽しく。時に盛り上がりながら、時にまったりとしながら。
それは確かに幸せな一時であった。だが、それによって二人の関係が恋人同士に変わる事を意味するものでは決してなかった。




