第98話:白銀のチェイン
水脈から次々と這い出てくる『リフレクト・タートル』の本体と、光を透過させて姿を隠しながら死角から光線攻撃を仕掛けてくる個体。それらは迷宮の地形を熟知しているかのように、完璧な連携でステラたちを追い詰めに掛かっていた。
前衛である重戦士ガルクと双剣士のキリカ、そして息の合ったコンビネーションを見せるアイラとリィンの二つのペアが鋭く前線を維持する。後衛からアリアが神聖な魔法壁を的確に展開してフォローに回り、まずは目視できる個体から確実に叩き伏せていった。
一方、姿を隠して水底から光線を放ってくる個体に対しては、上空を舞うブリザードイーグルの氷の矢と、ステラが手元で操るドラゴンスケイルによる正確無比な遠隔精密射撃が次々と撃ち抜いていく。
なお、パーティの魔術師であるルインは、自身の得意とする直接的な光線や火球魔法がすべて甲羅に反射されて通用しないと見るや、即座に物理的な質量を持つ土や氷の槍を形成し、それを射出することで着実にタートルたちの動きを制限していた。
このまま危なげなく個体数を減らしていける――皆がそう踏んだ、その刹那だった。
空間に不気味な高周波が響き渡り、天井を埋め尽くす多面体の巨大な水晶群から、結晶の身体を持つ美しくも禍々しい怪鳥が次々と剥がれるようにして出現した。
「――『プリズム・レイブン』ね。よりによって、この数なんて……ッ!」
エルフィラがその水晶の鳥の群れを鋭く睨みつけ、小さく舌打ちを漏らす。すかさずもう一つの鮮やかな緑の魔法陣を展開すると、そこから彼女のもう一匹の強力な眷属であるアイス・アイギスの巨体が質量を伴って現れた。
「アイス・アイギス、ガルクたちの防御フォローに回って!」
大盾を持つ氷の巨兵を前線へ走らせると同時に、エルフィラはルインに向かって叫んだ。
「ルイン、上よ! プリズム・レイブンの対処を!」
「了解……。面倒な奴らだね」
ルインはいつもの気だるげな声音とは裏腹に、鋭い手際で杖を掲げ、上空のプリズム・レイブンへと電撃の魔法を放った。
このプリズム・レイブンという魔獣は、自ら直接的な攻撃を行うことは稀だ。その真の恐ろしさは、下方のリフレクト・タートルたちが放つ光線をその結晶の翼で「中継・反射」し、対象者の死角から不規則に鋭角で叩き込むという、最悪の連携ギミックにあった。
一度は完璧に回避したはずの光線が、空中のレイブンを介して全反射し、予測不能な全方位から襲いかかる。
「くっ……!?」
「しまっ――」
どれほど高い技量を持つガルクやアイラであっても、上下左右、果ては背後から襲い狂う全反射の光線を完全に防ぎ切ることは不可能だった。前線は一転して防戦一方となり、彼らの強固な防具や衣服が熱線に焼かれ、じりじりとダメージが蓄積していく。
「エルフィラ。あのプリズム・レイブンという魔獣は、雷撃属性が弱点ということで間違いないかしら?」
上空を高速で飛び交うレイブンの一群を、左手で操るドラゴンスケイルの弾道で的確に叩き落としながら、ステラは隣のエルフィラへと淡々と問いかけた。
「ええ。水晶の身体を持つ奴らには、雷撃のエネルギーであれば反射されずに通るわ。だけど、この数相手では単体魔法じゃラチが明かない……!」
それを聞いたステラは、一度リィンの様子を確認する。
リィンが持つ神聖武器の特性を活かした魔法剣であれば、上空の群れを雷撃で強引に叩き落とすことも可能だろう。だがリィンは今、負傷したアイラと背中を合わせ、足元から押し寄せるリフレクト・タートルの猛攻を凌ぐだけで手一杯の状態だった。
ルインも一撃ごとに確実にレイブンを撃墜してはいるものの、増殖を続ける結晶の鳥たちを一掃するには、あまりにも時間がかかりすぎる。
(……これ以上、ダメージを負わせるわけにはいかないわね。ここは私が一気に片付けましょう)
そう判断したステラは、上空の群れをまとめて消し飛ばすため、広域破壊魔法の行使を決断した。
左手でドラゴンスケイルの防空障壁を維持しながら、ステラは右手を天へと厳かに掲げ、その身に宿る神聖な魔力を一気に解放する。
水晶の迷宮の上部に、あり得ざる漆黒の雷雲が急速に渦を巻き、空間を圧迫していく。その瞳が白銀と薄碧のスパークを散らし、戦場全体に恐ろしい密度の一大魔力が収束した。
「――我が敵を打ち滅ぼせ、白銀の雷霆」
ステラの凛とした言霊が響いた瞬間、天を割る咆哮のような凄まじい稲妻の奔流が、一斉に降り注いだ。
落とされた雷撃は、戦場全体の空間をのたうつように這う、巨大な白銀の稲妻のチェインだ。
雷撃がプリズム・レイブンに直撃した瞬間、第四層の特性である「水晶の全反射」が、今度はステラの味方へと変貌した。放たれた破壊のエネルギーが、迷宮を埋め尽くす水晶群を媒体にして、少しの減衰もなく超高速で伝播していく。
一瞬にして視界のすべてが白銀の光で満たされ、空中のプリズム・レイブンたちは悲鳴を上げる間もなく、その内部の魔力核を過負荷で一斉に破裂させ、文字通り”ガラス細工”のように粉々に爆砕・全滅していった。
桁違いの破壊の光景に、四方八方からの光線に苦慮していたアイラたち前衛は、唖然として動きを止める。
頭上の圧倒的な圧力が完全に消滅したのを見届け、ようやく我に返った彼らは、残された数匹のリフレクト・タートルを各個撃破で瞬く間に掃討していった。
「ふぅ……っ。地形まで完璧に利用した反射連携なんて、流石に反則だろう……」
すべての魔獣を倒し終え、ようやく剣を収めたアイラが、肩で息をしながらステラに話しかけてきた。
「ええ、そうね。ただでさえ周囲の壁がすべて水晶で、方向感覚が狂いやすいエリアなのにね」
「は、はい……。敵の光線が上下左右、どこから襲ってくるのか本当に分からなくて……その、対処がとても大変でした……っ」
額の汗を拭うリィンも、後衛からの治癒魔法で怪我そのものは塞がっているものの、服のあちこちが黒ずんで残っており、どれほど過酷な弾幕を浴びていたかが一目で分かった。
「皆、無事か! 脱落者はいないな!?」
ガルクが大盾を叩きながら、大声でメンバーたちの安否を確認する。
「ええ、すぐに治癒魔法を回したから、全員の怪我は回復しているけれど……」
アリアが息を整えながら答える。
「プリズム・レイブンとタートルの連携なんて、僕も初めての経験だよ。あの四方八方から襲い狂う全反射の嵐、普通のパーティなら初見で確実に全滅しているレベルじゃないかな」
ルインが長杖を肩に担ぎ直し、驚嘆の眼差しをステラに向けながらポツリと呟いた。
「そうね……。前層の火山層と同様に、ここも難易度が跳ね上がっているわ」
エルフィラは険しい表情でそう言うと、静かにリィンの様子を伺い、それからステラと真っ直ぐに視線を交わした。この迷宮が『適合者』を試そうとしている――その確信が、二人の間でさらに深まっていく。
「……少しここで休憩を入れて、息を整えてから先へと進みましょう」
エルフィラの提案で小休止を挟んだ後、一行はさらに水晶に囲まれた神秘的な道を進んでいった。しかし、磨き上げられた鏡のような床面には、視覚の盲点を利用した恐ろしい初見殺しの罠が仕掛けられていた。
「――待って。みんな、ちょっと止まって!」
先頭を歩いていた、猫獣人の抜群の知覚を持つキリカが、ピタリと足を止めてメンバーを制した。
「ここから先、ちょっと床の反射が怪しい」
キリカはそう言うと、足元に落ちていた手頃な大きさの小石を拾い、目の前の「道」に向かって軽く投げた。
すると――カラン、という着地音は響かず、石はそのまま何もない空間へと吸い込まれ、遥か奈落の底へと落ちていった。
正面の壁の水晶が床面に完璧に映り込み、まるで平坦な道がそのまま繋がっているかのように見せかける、極めて悪質な「幻影の割れ目」だったのだ。
「おいおいおい……っ! 相変わらず、ここの迷宮は一歩間違えたら即死だな!」
ガルクが冷や汗を流しながら不平を鳴らす。
「キリカさん、よく見分けがつきましたね……!? 私、すぐ近くで目を凝らして見ても、本当に普通の床にしか見えないです……」
リィンが本気で感心した様子で、キリカの顔を見つめる。
「ふふん、これは長年の冒険者の勘というか……まぁ、アタシたち獣人ならではの『野生の知覚特性』ってやつよ」
キリカは誇らしげに長い尻尾を揺らしながら、リィンにウインクを返した。
キリカの的確な案内によって数々の罠を回避し、さらにしばらく細い通路を進んでいくと、唐突に天井の開けた広大な円形の広場へと出た。
しかし、その中央に足を踏み入れた瞬間、全員の身体が硬直した。
広場の中央には、周囲のいかなる水晶よりも純度が高く、禍々しい輝きを放つ結晶の鎧を全身に纏った「3体」の巨大な騎士が、微動だにせず佇んでいたのだ。
「――あれは……っ!?」
「嘘でしょ……? 『ミラーナイト(鏡面の騎士)』が……しかも、同時に3体なんて……っ!!」
眼前に現れた敵の姿に、『白銀の聖環』の面々は、その顔から一気に血の気を引かせて驚愕の声を上げたのだった。




