第099話: 鏡面の騎士
「――ミラーナイト!?」
驚愕の声を上げた神官アリアとキリカの前に一歩踏み出し、アイラが鋭い視線を向けたまま声を張る。
「以前、私たちがこの第四層で対峙した迷宮の守護者です。ですが……その時は一体だけだったのです」
「一体でも、アタシたちはギリギリ倒せたの! あいつらは能力を次々にコピーして、最も嫌な形で正確に反撃してくるの!」
キリカが冷や汗を流しながら、愛用の双剣を逆手に構えて極限の警戒姿勢をとる。エルフィラも即座に緑の魔法陣を多層展開し、氷の巨兵『アイス・アイギス』を前線へと呼び戻した。同時に、後衛のアリアからパーティ全体へ、幾重もの神聖な物理・魔法複合防御障壁が滑り込むように展開される。
ガルクが大剣を構え、じりじりと間合いを詰める。
その眼前、白銀の不気味な鏡面装甲を纏った3尊の騎士――『ミラーナイト』は、完璧な正三角形の陣形を敷いたまま、不気味なほど静かに佇んでいた。
「3体か……。ただでさえ物理と魔法をすべて反射し、受けたスキルを即座にコピーする特性持ちだ。あの配置、完全に互いの死角を補い合う連携を意図しているね。極めて厄介だ」
前回の辛勝を踏まえた魔術師ルインの冷静な分析を聞き、エルフィラは即座に鋭い指揮を飛ばした。
「時間をかけるほど、こちらのスキルを学習されて不利になるわ! 正攻法の短期決戦で叩き潰すわよ。まずはアイス・アイギスで中央を足止めする。前衛はそれに続いて!」
「おうよ! やるしかねえんだろ!」
ガルクが大剣を鋭く振り抜く。
アイス・アイギスが中央のミラーナイトに向かって突進すると同時に、ガルクとキリカが右側の一体へ、アイラとリィンが左側の一体へとそれぞれ肉薄した。
「リィン、奴らは相対した者のスキルを強制的にコピーする! 迂闊に『雷撃』などの属性技を放てば、こちらがその属性で迎撃されるわ。極力、純粋な身体能力だけで立ち回りなさい!」
アイラが並走するリィンに向かって鋭く注意を促す。
「はいっ、分かりました!」
リィンは大きく頷き、大剣『メルクリウス』を正眼に構えた。
だが、彼らの想定を遥かに超える速度で、戦況は悪化していく。
「ガハッ……!?」
ガルクが自身の最大防御スキルを発動し、ミラーナイトの重厚な剣撃を大盾で真っ向から受け止めようとした瞬間――その盾ごと、凄まじい衝撃波と共に遥か後方へと吹き飛ばされたのだ。
「ガルク! ――ハッ!」
キリカが神速のステップでその射線に割り込み、ガルクのカバーに回る。だが、キリカが繰り出した双剣の連撃を、ミラーナイトはまるで予見しているかのように完全に捌ききった。そればかりか、キリカ自身の「手癖」と全く同じ軌道のカウンターで大剣を薙ぎ払い、受け止めたキリカをも強引に弾き飛ばす。
「なんでアタシの動きを……!」
「他の個体が相対しているスキルまで、全個体に『共有』されているようね……!」
エルフィラは、アイス・アイギスがアイラやキリカの剣技をコピーしたミラーナイトの猛攻に圧されているのを見ながら、険しい表情で呟いた。
その傍らでは、ルインがいつもとは違う真剣な面持ちで、極大爆裂魔法の詠唱を進めている。その杖先から立ち上る、空間が歪むほどの圧倒的な魔力の高まりを、ステラは肌で敏感に感じ取っていた。
(なるほど……。一点に敵を集めてから、反射の結界が作動するよりも速い速度で、空間ごと一気に爆砕して吹き飛ばす算段かしらね)
アイラとリィンを後方から静かに支援魔法で支えつつ、ステラはルインたちの動向を注意深く窺う。
アイラの洗練された帝国剣技すら完全にコピーされ、最初こそ互角以上に渡り合っていたアイラも、徐々に受けに回る時間が増えていた。リィンも雷撃を封じられ、アイラのフォローに回るのが精一杯だ。
ガルクもまた、自身の攻撃の威力をそのまま鏡面装甲で跳ね返され、膝をつきかけている。
「ガルク、アイラ! こいつらを一ヶ所に集めて!」
エルフィラの鋭い声が響く。大傷を負いながらも気迫で大盾を押し出すガルクと、苛烈な連撃でミラーナイトの機動を殺しているアイラが、命懸けで敵の立ち位置をコントロールする。その僅かな隙を見逃さず、キリカの双剣とリィンの大剣がそれぞれのミラーナイトを強引に押し戻し――3体の騎士を中央の一点へと密集させた。
「――今よ、ルイン!」
「あいよっ……! 塵に還りな!」
エルフィラの合図と同時に、ルインが極限まで圧縮した爆裂魔法をその中心点へと解き放った。
ドンッ!!! と空間が爆縮する異音の直後、水晶の広間全体を揺るがす凄まじい轟音が炸裂する。
この高位魔法は、ミラーナイトの「反射結界」を発動させないため、対象の周囲の空気と物質を強引に中心点へと超圧縮し、その圧力の限界で内側から爆裂させる特殊な術式だった。『白銀の聖環』が以前、この迷宮でミラーナイトを突破した際にも使用した、彼らの切り札である。
「……やったか!?」
全身に深い傷を負ったガルクが、白い爆煙に覆われた中心点を凝視する。
しかしその瞬間、戦場全体にゾクリとした強烈な悪寒が走った。
「なっ――!?」
次の瞬間、ガルクの背中から鮮血が噴き出した。死角からの容赦のない剣撃を受け、ガルクの巨体が床へと崩れ落ちる。
「が、ガルク!? ──嘘、どこから!?」
すぐさま駆け寄ろうとしたキリカにも、何もない空間から現れたミラーナイトの刃が容赦なく迫る。
「えっ……!? どういうこと!?」
リィンが悲鳴に似た声を上げる。咄嗟に左を見れば、アイラとリィンの背後からも、完全に無傷のミラーナイトが鋭い斬撃を繰り出していた。
「――全員、動かないで! 彼らは『転移』したわ!」
後衛から戦況のすべてを掌握していたステラが、凛とした声でパーティの面々に鋭い警告を飛ばす。
ルインの爆裂魔法が着弾して炸裂した瞬間、3体のミラーナイトは爆縮の範囲外である広間の角へと、それぞれ同時に位置転移していた。一瞬、魔法の派手な着弾に全員の視線が奪われ、その事実の把握が遅れてしまった。
だが――奇妙なことに、死角からの奇襲で前衛に痛打を与えたにもかかわらず、ミラーナイトたちはそれ以上の追撃を行わず、再び元の正三角形の陣形へと戻り、冷徹にこちらを見つめるだけだった。
(おかしいわね……。さっきから、決定的な勝機の場面になっても、彼らはそれ以上の『致命的な追撃』を仕掛けてこない)
ステラは周囲に展開していた『ドラゴンスケイル』を、一旦手元へと収束させた。そして自身の内にある膨大な魔力を流し込むと、それは瞬く間に、黄金の粒子を散らして激しく輝く一本の『竜槍』へとその姿を変えた。
「エルフィラ。私が少し『実験』をしてみるわ。何かあったらフォローをお願いね」
隣でアイス・アイギスとフローズン・イーグルの召喚獣を巧みに操り、前線の決死の防衛線を維持しているエルフィラに、ステラは涼しい顔で声をかけた。
「……ええ。了解したわ」
深い青色の美しい髪をたなびかせながら、エルフィラは力強く頷いた。
トォン、と軽く床を蹴り、ステラはアイス・アイギスと対峙している正面のミラーナイトへと一瞬で肉薄する。
突如として現れたステラに対し、ミラーナイトは咄嗟にその鏡面の大盾を掲げて「全反射の構え」をとった。普通の冒険者なら、己の威力がそのまま跳ね返って自滅する絶望の盾。
だが――ステラの放った竜槍の刺突は、その概念ごと、ミラーナイトの鏡面大盾を飴細工のように木っ端微塵に粉砕した。
「――なっ!?」
エルフィラが目を見張る。反射すら機能しない圧倒的な格の違い。
そのままステラは美しい軌道で槍を振りかぶり、ミラーナイトの胴体を真横から一閃、豪快に薙ぎ切った。
一切の抵抗も、反射もできず、完全に真っ二つへと両断されたミラーナイト。だが、斬られたその身体は血を流すこともなく、そのままサラサラと霧のように空間へと溶け、姿を消した。
そして数秒後――何事もなかったかのように、広場の中央に再び全く同じミラーナイトが姿を現した。
「……やっぱりね」
ステラは、正面に再び整然と並び立った3体の鏡面の騎士を見つめながら、不敵な笑みを浮かべてそう呟いた。
次回の更新は7月末になる予定です




