第094話:鍾乳洞での宝箱
青と白の神秘的な光を湛える鍾乳洞へと足を踏み入れたボルグたちとステラは、周囲への警戒を怠ることなく奥へ向かって進んでいく。
道中、岩肌へ完璧に擬態して奇襲を仕掛けてきた『スティール・ラプトル』の群れに遭遇したものの、元より実力のある彼らは難なくこれを撃退し、探索は順調に進んでいた。
その道すがら、ステラはボルグたちとの会話から、迷宮における「宝箱」の具体的な仕組みについて貴重な情報を得ていた。
各階層に出現する宝箱の数は、一日あたり限られていること。出現場所は完全に不定で、何もない空間から突如として目の前に現れる場合すらあること。そして何より、それを得る権利は「先に見つけた者」に絶対的に保証されているわけではないということ。
ギルド側も迷宮内での優先権を正確に確認・保証できないため、宝箱を巡る争いは基本的に冒険者の自己責任となる。
そのため、迷宮内では「宝箱から得た報酬の詳細は他者に語らない」という不文律が存在し、発見した際も周囲への警戒を怠らないよう、ギルドから繰り返し注意喚起が行われていた。
もっとも、良識ある冒険者同士であれば、先に発見し取得した者が優先的に所有するという暗黙の了解は存在している。
だが最近、その最低限のルールすら無視し、力尽くで横取りを行う悪質な集団が現れていた。
そして今回、『灰狼の牙』は、その被害者だった。
「あいつら、俺たちが宝箱を見つけた瞬間に囲んできやがって、ありもしねえ難癖をつけて強奪していったんだ……」
悔しそうに拳を握るボルグ。
同じ獣人である巨漢のバルクと共に抵抗したものの、相手側には恐ろしく腕の立つ剣士と魔術師がおり、まるで歯が立たなかったという。
相手は五人組。
この街のギルドでは見覚えのない顔だったらしい。
(……あまり表の世界に堂々と出られない類の人間たちね)
ステラは、最近エデルナの街でも時折感じていた、あの粘つくような不穏な視線を思い出した。
もし遭遇したなら――徹底的に調べる。
そう静かに決める。
「ちょっと待って」
不意に、ステラが鍾乳石の窪地の手前で足を止めた。
「どうした? 何かいたのか?」
ボルグが鼻を鳴らしながら暗がりへ目を向ける。
「少し先。壁と天井を見て。光を反射して表皮が鏡みたいになっている蛇が潜んでいるわ」
「あ……『ドロップバジリスク』ね! 本当だ、いた!」
先行していたナギが耳を立て、正確に位置を指差した。
「チッ、俺には岩にしか見えねえ」
ボルグが武器を構える。
「ナギとステラが言うなら確実だな」
「ええ。私は後方支援に回るからお願いね」
ステラは前へ出ず、あくまで彼らの力量を見る立場を取った。
「了解だ」
ボルグは素早く指示を飛ばす。
「ハンス、ユージン、先制攻撃。ドクと俺で仕留める。バルクは後衛防衛。フィナは回復。ステラは援護を頼む」
全員が頷く。
ナギが音もなく死角へ回り込み、小石を投げた。
反応した瞬間――
「やれ!」
矢と風刃が放たれた。
鋭い悲鳴が鍾乳洞に響く。
直後、ボルグ、ドク、ナギが飛び出し、一気に距離を詰める。
不意を突かれたドロップバジリスクは体勢を崩し、次々と傷を刻まれていった。
だが、その悲鳴を聞きつけたのか。
奥の暗闇から、新たに二匹の個体がぬらりと現れる。
「ボルグ! 奥から追加!」
ナギが叫ぶ。
前線が混戦へ変わる。
(……悪くないわね。連携も十分)
ステラは荷物を背負ったまま、隣のバルクと共に静観していた。
だが次の瞬間。
戦闘音に引き寄せられた別個体が、後方通路から静かに接近してきた。
「バルク、後ろは私が見るわ。前をお願い」
「あ、ああ!」
ステラは懐から『ドラゴンスケイル』を取り出す。
迫るドロップバジリスクへ向け、詠唱すら伴わない極小の魔力弾を放った。
パシュッ。
乾いた音。
次の瞬間には、魔獣の頭部は跡形もなく消えていた。
光粒となって消滅する。
バルクが気付く暇すらない、一瞬の処理だった。
しばらくして前線も終了する。
ボルグたちは鍾乳石のような美しい魔石を回収していく。
「ふぅ……思ったより硬かったな」
前衛二人は軽傷だったが、すぐにフィナの治癒魔法で回復した。
「少し休もうか」
「ええ、賛成よ」
安全な広場で休憩を取る。
水分を補給し、一息ついた。
その時だった。
「あ……あれ、何?」
ナギが洞窟奥の窪みを指差した。
「魔獣か!?」
全員が立ち上がる。
だが――違った。
「違う……宝箱よ!!」
そこには、神秘的な紋様が刻まれた宝箱が静かに出現していた。
「よっしゃあ!!」
ボルグが歓喜し駆け出す。
この前の不運を取り返せる。
そう確信しながら、蓋へ手を伸ばした――その瞬間。
「――おっと。悪いけれど、それはもう僕たちが手をつけた獲物なんだ」
背後の暗闇から。
鼓膜を不快になぞるような、薄汚れた嘲笑が響いた。




