第093話:休養日
翌朝。
ステラが宿屋の一階で、いつも通り優雅に朝食をとっていると、足音も重たげにリィンが、そして少し遅れてアイラが現れた。
「二人とも、おはよう。昨日は遅くまで楽しんだようね」
ステラがクスリと微笑みながら声をかけると、アイラはバツが悪そうな、なんとも言えない複雑な表情を浮かべながら席についた。その顔色はどこかしら暗く、いつもの威厳はどこへやらといった様子だ。
「……不覚にも、少々飲み過ぎた」
アイラはこめかみを指先で押さえながら、低く呻くように言った。
「あのアリアという神官、おっとりした見た目に反してとんでもない酒豪だった……。底なしとは、まさに奴のような存在を指すのだろうな。キリカと三人、明け方近くまで完全に付き合わされた」
「はい……。アリアさん、本当にお酒が強くて……私は途中で完全に寝てしまいました……。今も、とっても眠いです……」
リィンも青い顔をして、テーブルに突っ伏しそうな勢いでウトウトしている。そんな満身創痍の二人を前に、ステラは悠然とスープを口に運んだ。
「ふふ、お気の毒に。解毒の魔法、必要かしら?」
「いや、身体の酒は抜いたから解毒は大丈夫だ。……ただ単に眠気と疲労が酷いだけだ」
「そう。……それなら良かったわ。ところで私は今日、ちょっとギルドで調べたいことがあるから、一日別行動にするわね。アイラ、リィンのこと、お願いね」
ステラの言葉に、アイラは重い頭を上げ、少しだけ訝しげに目を細めた。
「構わないが……私は見ての通り完全に午前中は潰れているから、宿でリィンと大人しく休んでいるつもりだ。だが、そなたが一人で動くとは、何か気になることでもあるのか?」
「ええ。少しね。何かわかったら、後でちゃんと報告するわ」
「そうか。そう言うなら任せる。今日からせっかくの休養日だ、私はリィンと二人で、今日は宿でのんびり過ごすことにするさ」
アイラが隣で船を漕いでいるリィンを見つめながらそう伝えると、リィンも「はい、私も今日はベッドから出ないでゆっくりしています……」と、眠そうに蚊の鳴くような声で返事をした。
二人の様子に頷きながらも、ステラは窓の外の気配をそっと探る。
(まあ、アイラの影の護衛たちも、彼女の身辺を完璧に見張っているわ。私が一日席を外したところで、何も心配はいらないけれどね)
周囲に潜む密かな気配を確認し、ステラは静かに席を立った。
――――
宿を出たステラは、一人で冒険者ギルドへと向かった。
朝のギルド内は、これから迷宮へと向かう者、昨晩の成果を精算する者たちで、いつも通り活気と熱気に満ちて混み合っていた。
(フェンリルの情報だと、今日から『灰狼の牙』は体制を立て直すために、再び迷宮に向かう予定とのことだったけれど……)
ステラは人だかりの中で、かつての知人の姿を探す。
すると、喧騒の奥に、一際背が高い見覚えのある熊獣人の姿が見えた。
(確か、バルクだったかしら)
人混みをしなやかにかき分けながら進んでいくと、バルクの隣に、見覚えのある兎獣人の斥候ナギや、ドワーフのドク、そして魔術師のフィナの姿も確認できた。一行は掲示板の前で、何やら浮かない顔で相談し合っている。
「――久しぶりね、皆さん」
ステラは、リーダーである狼獣人のボルグの背後に立ち、鈴を転がすような声で話しかけた。
突然声をかけられたボルグは肩を跳ね上がらせ、バルクをはじめとする他のメンバーも一斉にそちらへと顔を向けた。
「……ッ!? 誰かと思えば、『紅蓮の絆』の……確か、ステラだったか!?」
「ええ。覚えていてくれて、ありがとう」
「ステラさん! お元気そうですね! 貴女たちの活躍、ギルドの噂で色々と漏れ聞こえてきていますよ!」
フィナがパッと表情を明るくし、嬉しそうに声をかけてきた。
「あれ? アイラさんやリィンちゃんは一緒じゃないんですか?」
斥候のナギが、ステラの背後をきょろきょろと見渡す。
「ええ、今日は私たちのパーティは休養日なの。だから、今は私一人よ」
「そうか……。んで、そんな有名人になったあんたが、一体俺たちに何の用だ?」
ボルグが少し自嘲気味な笑みを浮かべながら、問いかけてきた。火山層を一日で踏破したパーティの核心メンバーが、自分たちのような足踏みしているパーティに声をかけてきたのだ。気後れするのも無理はない。
「私も今日は完全な自由日だから、もし良ければ、久しぶりに貴方たちと一緒に迷宮に行きたいと思ってね。お邪魔かしら?」
「えっ……!? いや、俺たちとしては、あんたみたいな凄腕に入ってもらえるなら、それこそ涙が出るほど助かるが……」
ボルグはそう言いながらも、チラリと仲間たちの顔を見た。先日の『宝箱の強奪』の一件以来、パーティ内の雰囲気は酷く沈んでおり、負傷の癒えきらない体での探索に迷いがあったのだ。
そんなリーダーの背中を押すように、魔術師のフイナが優しく微笑んだ。
「ボルグ、あんな理不尽なことがあって皆どこか気落ちしているけれど、だからこそ、ステラさんに入ってもらって新しい刺激とするのも良いと思うわ」
「うん、そうだね! ステラさんが一緒なら、絶対に刺激的で楽しい探索になると思うよ!」
ナギもぴょんぴょんと跳ねながら同意する。
「わしも大賛成だな。こういう停滞している時こそ、新たな取り組みや風が必要だと思うぞ、リーダー」
ドワーフのドクも髭を撫でながら力強く頷いた。
仲間たちの温かい言葉を受けて、ボルグはしばらく考え込むように視線を落としていたが、やがて吹っ切れたようにガシガシと頭を掻きむしり、顔を上げた。
「……わかった! よし、今日はステラと俺たち『灰狼の牙』の合同パーティということで、迷宮に挑もう! よろしく頼む、ステラ」
「ふふ、こちらこそよろしくね」
ステラは淑やかに微笑みながらも、その胸中では冷静に別の思考を巡らせていた。
実は、ステラにはどうしても確かめたいことがあった。リィンたちと共に3層(火山編)まで進みながらも、道中、彼女たちの前には一度も「宝箱」が出現しなかったのだ。
あの宝箱の出現システムは、世界の『適合者』として内定されているリィンに向けた選別の試練なのか、あるいは、外来の超越者である自身へ向けられた迷宮の意思なのか。知能を持つとされるこのエデルナ迷宮の『意図』を確かめるため、あえてリィンたちから離れて探索を行うという、これはステラ自身の独断による実験であった。
――――
『灰狼の牙』とステラは臨時のパーティ登録手続きを素早く済ませると、すぐに迷宮行きの定期馬車へと乗り込んだ。
揺れる車中、今日の探索方針について話し合う。
「今日は無理をせず、まずは第一階層か第二階層を中心に、宝箱の捜索と軽い魔獣の間引きを主体に動こうと思う。異論はないか?」
ボルグの提案に、ステラも含めて誰も反対はしなかった。
なお、フェンリルから聞いていた『宝箱が横奪された件』については、乗合馬車という公の場であり、他の冒険者たちの耳もあるため、ここでは一切触れられることはなかった。ボルグたちも、あえて口にしたくない暗い話題なのだろう。
やがて馬車は、迷宮の入り口にある広大な待合広場へと到着した。
他の冒険者たちと共に馬車を降り、巨大な迷宮の入り口へと向かう。今回の宝箱捜索は通常の一日単位(日帰り)を想定しているため、大きな野営道具などは持参していない。各々、戦闘に必要な最低限の備品や回復薬品、スクロールなどを袋やポーチに詰めて持ち込んでいる。
「よし、それじゃあリハビリを兼ねて、今日は第二階層からじっくり回るか」
リーダーであるボルグの言葉に一同は頷き、迷宮の転移陣へ。
眩い魔光に包まれた後、一行はひんやりとした空気が肌を刺す、第二階層『鍾乳洞』の淡い青と白に輝く地下世界へと足を踏み入れるのだった。




